水産資源管理が左右する日本漁業の未来

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かつて世界一の漁獲量を誇っていた日本漁業の衰退ぶりが著しい。その原因は乱獲だが、適切な漁獲規制が行われるかどうかが復活の鍵を握る。

激減する日本の水産資源

クロマグロ、ウナギ、サンマなどの不漁が社会問題になっている。不漁という言葉からは、たまたま今年は獲(と)れなかったという印象を受けるが、そうではない。日本の漁獲量(海面漁獲量・遠洋漁業は除く)は20年以上も直線的に減少し、2050年にはゼロになるペースである。偶発的な事象ではなく、構造的な問題なのだ。

かつて、日本は世界で最も競争力のある漁業国だった。1972年から91年までの20年もの間、日本の漁獲量は世界第1位であった。90年代に入って、日本の漁獲量が激減していくのだが、その要因の一つはマイワシの激減である。72年から爆発的に増加したマイワシは、卵の生き残り率が悪くなったことから89年から減少し、90年代後半には漁獲がほぼゼロまで落ち込んでしまった。マイワシの減少については、自然現象であるとの見方が研究者の間では主流である。最近はマイワシの資源もやや回復して、漁獲も増加傾向にある。にもかかわらず、日本の漁業生産が減少を続けているのは、マイワシ以外の資源も総じて減少しているからである。

水産庁の研究機関である水産研究・教育機構の調査では、日本の水産資源の多くが低水準にとどまっている。農水省が漁業者に実施したアンケートでは、漁業者の9割が資源の減少を実感する一方で、資源が増加していると答えた漁業者は0.6%しかいなかった。漁獲を増やそうにも、日本の排他的経済水域(EEZ)には魚がいないのである。結果として、漁獲量が落ち込み、漁業就業者が減少し、漁村の過疎高齢化が進行している。

乱獲のつけ:日本だけが漁獲量減らす

下の図は、日本と世界の漁獲量(天然)の推移である。日本および世界の生産量は1970年代までは、同じようなペースで増加していたが、90年以降は日本のみが減少に転じている。

世界の天然魚の漁業生産は、高位水準で安定的に推移している。また、養殖の生産量も日本では減少しているが、世界では年6%のペースで急増している。国連食糧農業機関(FAO)が、主要漁業国の漁業生産の将来予測をしたところ、先進国途上国を問わず、ほとんどの国が生産を伸ばす中で、日本のみが大幅に減少するという結果であった。かつては、最強の漁業国だった日本がなぜ苦戦しているのか。戦後の漁業の歴史を振り返って、その理由を考察してみよう。

日本は戦後の食糧難の解消を目的として、国策として漁業を拡大した。当時はEEZが存在せず、他国の沿岸3~5マイル(約5~8キロメートル)まで入り込んで、好きなだけ魚を獲ることができた。漁業が盛んでない国(主に途上国)の沿岸には手つかずの水産資源が無数にあった。日本漁業は「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」をスローガンに、海外漁場の開発を進めていった。

当時の日本漁業は持続可能性についてあまり考慮をしていなかった。魚を獲れるだけ獲って、いなくなれば、別の漁場で別の魚を獲れば良かったからである。そのために、未利用資源と新魚場の開発に国を挙げて取り組んで、最盛期には、南米、アラスカ、ニュージーランド、アフリカなど世界中の好漁場に進出した。日本は国際的な早獲り競争のチャンピオンだったのだ。

1970年代後半から、沿岸諸国が200カイリ(約370キロメートル)のEEZを設定したことで他国の漁場を積極的に開発する日本のやり方は成立しなくなった。その後も日本は場当たり的に魚を獲るスタイルで、自国のEEZの資源を減少させて、漁業を衰退させている。

持続性を無視して魚を獲れば、魚が減って、漁業が成り立たなくなるのは時間の問題だ。水産資源を持続的に利用するには、十分な産卵親魚を維持するための漁獲規制が必要になる。漁獲量を増やさずに利益を確保するには、魚の価値を高めなければならない。自由競争時代には「より早く、より多くの魚を獲る漁業」が合理的であったが、EEZ時代には「十分な親魚を残した上で利益が出せる漁業」が合理的である。

早獲り競争を抑制する漁獲枠設定を

ではどうすればよいのか。資源の持続性のために、漁獲枠(漁獲上限)を設定するのだが、それだけでは不十分だ。初期の漁獲枠管理は漁獲上限を決めただけで、漁獲量が漁獲枠に達した時点で終漁になる仕組みだった。終漁になるまでにより多くの魚を獲るために早獲り競争が激化して、漁業の生産性の低下を招く。ライバルよりもより早く、より多く獲るために、エンジンを強化して、魚を探す魚群探知機やソナーなどの機器に投資をする。大きな魚が見当たらないと、価値が出る前の稚魚でも、「燃油代のたしになれば」と漁獲してしまう。こんなことを繰り返していれば経費ばかりかさんで、漁業から利益を出すのが困難になる。

この問題を解決するには、漁獲枠を個別配分しておくIQ(Individual Quota)方式が有効である。漁獲枠を個別の漁業者にあらかじめ配分しておくことで、早獲り競争を抑制するのだ。ライバルよりも早く獲る必要がなくなるので、魚の価値が一番高くなる時期に操業することができるし、価値が低い稚魚の漁獲はむしろ避けるようになる。結果として水産物の単価が上がり、漁業経営の改善に貢献する。

ニュージーランド、アイスランド、ノルウェーなどの漁業国が80年代から個別漁獲枠方式を導入し、漁業の成長産業化に成功している。現在では、米国、欧州連合(EU)、ペルーをはじめとする多くの国で採用されている。国としてIQ方式を採用していないのは日本ぐらいであり、日本が一人負けの理由は漁獲規制の不備として説明が可能である。

ようやく改正された漁業法

2018年12月の臨時国会で漁業法が改正された。漁業法が改正されたのは、実に70年ぶりのことである。これにより、日本でも国家による漁獲規制が始まろうとしている。

現行の漁業法の第1条(この法律の目的)には、以下のように記されている。

「この法律は、漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者および漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によって水面を総合的に利用し、もって漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とする」

現在の漁業法が施行されたのは、戦後の食糧難の時代。食糧増産が急務であった時代背景を反映し、漁業法は漁業生産力を発展させることに主眼が置かれ、持続可能性に関する記述は皆無である。当時はそれで良かったのである。

1982年の国連海洋法条約では、沿岸国に200カイリのEEZを設定する権利が認められると同時に、EEZ内の水産資源を国家が責任を持って管理する義務が規定されている。多くの漁業国は漁業法の改正を行い、国による規制の枠組みを強化している。

今回の法改正では、法律の目的に「水産資源の持続的な利用を確保する」という文言が盛り込まれた。そして、第6条には行政が水産資源の保存および管理の責務を有することが明記されている。

「国および都道府県は、漁業生産力を発展させるため、水産資源の保存および管理を適切に行うとともに、漁場の使用に関する紛争の防止および解決を図るために必要な措置を講ずる責務を有する」

さらに、現在は8魚種にしか設定されていない漁獲枠を拡大し、IQ方式を国主導で全面的に導入することになっている。日本が重い腰を上げて、先進漁業国が漁業を成長産業にした仕組みを取り入れようとしているのだ。

日本は世界第6位の面積の広大なEEZを持っている。その中に世界屈指の好漁場がある。資源の持続的な有効利用を行えば、世界有数の漁業国に返り咲くことも可能だろう。漁業法の改正はそのために必要なステップと言えるが、前途は多難である。先行して漁獲枠が導入されたクロマグロでは、一部の漁業者が漁獲枠を無視して大量に漁獲したために、与えられた漁獲枠を守っていた漁業者まで今後6年間の禁漁を強いられることになり、反発した漁業者が国を訴える事態に進展している。今回の法改正は漁業再生のスタートラインに立ったと捉えるべきで、運用について今後も注視していく必要がある。

バナー写真=北海道根室市の花咲港で水揚げされるサンマ(2018年8月28日、読売新聞/アフロ)

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