文化が外交と経済に重要な役割を果たすとき

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ポップカルチャーを入り口として世界で広く受け入れられる日本文化。日本の国際的なイメージを高め、今後の日本経済を牽引する一つの柱になり得る。それには、文化外交のコンセプトと発信のための体制づくりが重要だ。

昨年11月初めのG20(カンヌ)開催のころパリに滞在していた。ギリシアの財政破綻と世界的な金融危機の中で、EU統合の牽引車である独仏がいかにかじ取りをしていくのか、サルコジ仏大統領が統合の立て直しの牽引車となりうるのか、マスコミのトーンは上がっていた。欧州諸国の期待は裏切られた形となったが、昨年も金融危機に財政支援を行った中国に期待が集まっていた。中国がその存在感をヨーロッパでも大きくし始めていることが明白な一方で、日本の影は全くない。グローバル・プレイヤーとしての見識と行動を発揮してこそ、真の意味での国際社会における日本外交の活路はあると思う。

他方で、世界各地で開催される文化行事で日本文化の人気は高い。日本がグローバルな見識を育成し、世界に発信していくのと並行して、日本からのメッセージを受け入れてもらう地盤をつくっていく努力は不可欠である。すなわち広報文化外交とは、政策を理解してもらうための基礎をつくっていくことにある。それには今、日本は有利な立場にある。

J-POPから伝統文化まで —— 欧州で受容される日本文化

なかでもポップカルチャーの人気は高い。

昨年10月末にはイタリア、トスカーナ地方の中世都市ルッカで恒例のマンガ・DVD・ゲーム見本市が開催された。今年はこの城塞都市の一番奥にある建物が「日本の王宮」と銘打たれ、マンガ・アニメやその関連グッズ、玩具、若者のファッション・アイテムのスタンドはもちろん、金魚すくいや焼きそばの屋台まで並び、日本の夏祭りの雰囲気を醸し出していた。

2011年で17回を数えるバルセロナの大規模なマンガ祭「サロン・デル・マンガ」が10月末から11月初めにかけて開催され、6万人を集めた。ここでは日本の存在はもっと大きかった。『NARUTO』や『ONE PIECE』など日本マンガ・アニメのスタンドが大多数を占め、そのキャラクターを真似たコスプレの若者が大勢いた。会場の隅でキャラクターになりきった中高生たちがカップ麺をすする光景はこれが外国であることを忘れさせるほどだった。

ジャパン・エキスポ会場で日本のお菓子を売るスタンド

日本のポップカルチャー関連で欧州最大のイベントは毎年夏にパリ郊外で開催される「ジャパン・エキスポ」である。12回目の昨年は19万人を集めた。マンガ・アニメ関連のスタンド出展だけでなく、コスプレショーやJ-POPのライブ、伝統芸能や武道のデモンストレーションといったプログラムがある。アジアの伝統芸術部門で欧州一を誇るギメ美術館がスタンドを出すまでに至っている。

ジャパン・エキスポが欧州他国の同種イベントよりも規模が拡大した理由は、やはりフランスでマンガ・アニメの人気が最も高いという点であるが、同時に主催者がきっちりとしたコンセプトを持って企画を運営している点がある。イベントの位置づけは、「日本文化とエンターテインメントのフェスティバル」であり、マンガカルチャー、現代文化、ポップカルチャー、伝統文化の4つのコンセプトを軸に、その交流の場として企画が進められている。また最近では、主催者がビジネス・リサーチ、商談の場としての役割を意識している。

2010年夏にはモナコの広大な展示会場「グリマルディ・フォーラム」において、開館10周年を記念した大規模な日本展「京都─東京 サムライからマンガまで」が開催された。世界的な高級観光地で毎年この時期に開催される展覧会は質量ともに世界の富豪たちを瞠目させるもので、その年の日本展も例外ではない。東京と京都の国立博物館などが出展した仏像、屏風、陶器、着物、浮世絵、鎧兜から、水木しげるの原画、現代建築、アニメ・マンガ、ロボットに至るまでの展示を見れば、伝統から現代日本文化の全貌を伝えたいという主催者の意図は明らかだった。

この種の展示方式はフランス各地で行われる見本市などでの日本紹介のパターンになっている。ポップカルチャーと伝統文化では切り口が違うように見えるが、結局は日本文化の多様性をトータルな形で理解しようという点で共通の性格を持っている。

「クール・ジャパン」をめぐる議論

小泉政権時代に隆盛となった「クール・ジャパン」は、ポップカルチャーの多くを対象とした日本の文化外交戦略であった。

もともとこの言葉は、ダグラス・マックグレイが2002年に発表した論文『Japan’s Gross National Cool』の中で、日本の文化的潜在力について論じたときに使った表現である。バブル崩壊以降後退する日本経済とは裏腹に、ポップカルチャーの面で日本は世界に大きな影響力を及ぼし始めた、と論じたのである。日本文化の海外進出を評価し、「クール・ジャパン」を主張したマックグレイが強調したのは、マンガ、アニメ、ゲームなどの分野であった。

伝統文化に比べて、芸術的価値や思索的な味わい深さの少ないポップカルチャーについては、「真の日本文化」ではないという批判がある。また、日本ポップカルチャーのファンが必ずしも日本の文化や歴史、社会に興味を持っているとは限らないことも指摘される。さらには、この分野での活動を支えているのはコンテンツ産業であり、これは商売であって文化普及活動ではない、という批判もある。つまり「文化は売り物ではない」という文化絶対主義、文化活動原理主義の立場である。

しかし歴史的に見れば、多くの芸術的活動は権威に対抗して登場し、その時点では亜流であり、その芸術的・文化的価値は疑問視されてきたではないか。また、文化的価値を商業活動と切り離すのも、現実には極端な考えである。

毀誉褒貶はあるが、マンガ・アニメなどのポップカルチャーを入り口として海外における総合的な日本理解を進めることは決して間違ったことではない。上に述べた海外のいずれの企画においても、今の日本がアニメだけ、あるいは伝統文化だけで語れるとは思われていないからこそ、総合的な日本文化展示に収斂していく方向にあるのだと思う。日本文化の多様性と歴史的奥深さが次第に国際社会で市民権を得るようになったのは確かである。

対外経済戦略の一環としての文化外交

このような状況を見れば、文化外交が日本外交の底辺となりうることは明らかだ。しかし外交を考える際の文化に対する姿勢については、立ち位置が定まっていないという現実がある。広報文化外交論については、まだ権威づけられた定義というものはないと言ってよい。一口に広報文化外交といっても、漠然と外交に果たす文化の役割が重要であるという見方(広報外交と文化外交、文化交流などの概念が混然と考えられている)から、もっぱら政府(外務省や国際交流基金)の活動を意味するものまで、その意味する内容は人によってさまざまだ。いずれの場合でも、広報とは何か、文化外交とは何か、交流活動とは何か、これらはどのように関連して考えられるべきなのか、ということについての定義やコンセンサスはない。

近年多く語られるのが、対外経済戦略の一環としての文化外交である。これは日本の場合、伝統工芸やコンテンツ産業分野の海外展開を指す。「クール・ジャパン」に代表されるポップカルチャー戦略はここに含まれる。

経済産業省は、2010年6月に発表した報告書(※1)で、今後「文化産業がこれからの日本経済を牽引する可能性が大きい」、「文化産業はソフトパワーとして日本産業全体の大きな力となると考えられる」という見通しを描いた。文化産業は自動車・エレクトロニクス産業と並ぶ日本経済の柱となる期待を担っているのである。その中心部門としては衣食住や観光が考えられ、新たな内需創造や雇用創出の可能性に結びつく。アジア各国での日本製品に対する評価の高さは改めて言うまでもないが、今後はアメリカやヨーロッパに対してもこうした事業展開が必要である。

こうした中で、ヨーロッパの基点となる国はフランスであろう。マンガの人気の高さはすでに述べたが、フランスワインの蘊蓄本とも言える『神の雫』がフランス語に訳され、これを読んでフランス人が自国のワインについて学んでいるほどだという例がある。日本食は健康食ブームに乗って大好評で、パリだけで日本料理店は300軒以上あるとも言われている。オペラ界隈のラーメン屋は終日行列ができるほどの人気だ。

新しいジャポニズムの輸出 —— 文化外交のコンセプトと発信のための体制づくり

19世紀後半から1920年代までヨーロッパではフランスを中心にジャポニズムの時代と呼ばれた時代があった。フランスでは美術を出発点に日本の社会生活全般に高い関心が集まり、『Le Japon artistique(芸術の日本)』という雑誌も刊行された。とはいうもののジャポニズムの中心はやはり美術の分野であり、愛好者は一部のインテリが主で、その基礎には東洋異国趣味があった。19世紀前半に流行したオリエンタリズムの延長だった。

今日の日本文化ブームはそれとは違う。若者を中心としたポップカルチャーの浸透を反映して、先ず底辺が拡大している。一部の人間の異国趣味を超えている。日本文化は世界でその普遍性を認められつつある文化である。ポップカルチャー愛好家の青年が真顔で、「日本にも伝統的な歴史と文化があることを最近改めて認識しました。勉強しようと思っています」と小生に言ったことがある。違う入り口で日本文化に親しむ人々がいて、確実に日本の理解者となっている。

2008年から2011年にかけて、経産省の感性価値創造イニシアティブの一環として、海外主要都市で「日本デザイン展」が開かれた。パリではルーブル宮内の国立装飾博物館で開催され、大好評であった。漆、白磁醤油さし、土瓶、和風照明、筆ペン、箒、牛刀、扇子、座布団、トースター、ガラス、空気清浄器、西陣織クッションカバー、液晶テレビ、加湿器などが展示された。これらの日常生活品には機能性を兼ね備えた商品デザインの美しさがあった。いわば「用の美」と呼ぶにふさわしく、民芸に代表されるような日本的な美的感覚の特徴が一目瞭然としていたのである。

ジャパン・エキスポ会場に展示された『NARUTO』のキャラクター

すべての展示品は、「かげろう」「にしき」「たたずまい」「きめ」、「もったい」「かろやか」「もてなし」「むすび」、「おる」「しつらえる」「しなる」「はぶく」といった表情、心、動作を表す和言葉の具体的表現によって分類され配置されていた。コンセプトの説明と商品のデザインが見事に結びついて日本文化のコンセプトが容易にイメージできた。それらは日本的な「やさしさ」「柔軟さ」「自然との調和」「慎ましやかさ」「平穏」を伝えていた。実はこれらは伝統文化だけに表れているものではない。マンガの中でもそうしたイメージを十分に伝えているものがある。人気マンガ『NARUTO』には少年忍者がさまざまな青春期の経験を通じて成長していく様子が描かれているが、そこには友情や連帯などがきわめて日本的な情緒の中で伝えられている。これは普遍の中に日本の精神的風土が見事に溶け込んだ成功例と言える。こうしたコンセプトづくりは今後の日本の文化外交の方向性の重要なひとつである。

文化を外交に生かすには

しかし文化的評価が高いからといって、それがすぐに外交に生かされるわけではない。そのためには準備が不可欠である。

第一に、活動の有効な結合が必要だ。現地では、文化事業を実施するための日ごろからの組織・ネットワークづくりが十分であるとは言い難い(文化活動における人的資源・予算の不足、国際業務を行う独立行政法人の統合計画については、以前にコラム欄で述べた)。

第二に、知的交流と日本語普及の十分な位置づけ。著名人を講演やシンポジウムに派遣すればよいという傾向は依然としてある。知的交流には専門領域での地味で継続的な知識人の交流が不可欠であり、日本語教育の浸透には日本からの教育体制への支援と現地政府の日本語教育活性化のための交渉を一体化させた活動が不可欠であろう。いずれも専門的知識とスキルをもち、行政にも通じている人材の育成が急務である。

第三に、こうした中で日本の外交戦略・外交見識を海外に伝えていくことであるが、この部分が一番弱い。主体性と普遍性のある発言が日本に求められているのである。そのためにはお題目ではない、真のグローバルな視野からの見識をもって提言を行なうべきである(拙稿「日本外交の活路はグローバル・プレイヤーをめざすことにある」、「金融危機より怖い日本人の意識構造の危機」——中央公論2012年1月号を参照されたい)。平和的文化大国としての日本のイメージはそのための基礎として十分である。手段と方法は育っているので、あとは外交見識の育成をどう進めていくのかにかかる。その意味では外交論壇の枯渇的状況の改善も不可欠である。

最後に、ハコモノ行政に対する厳しい批判はあるが、戦略的な優先順位と予算の重点配分は再検討したほうがよい。パリ日本文化会館はフランスにおける日本のシンボルのひとつである。最近では中国や韓国がパリでの文化活動に積極的になっている。パリで評価されることがヨーロッパ全体、そしてアメリカと世界に大きな影響力をもつことを考えてみれば、その意図は明白であろう。

撮影=樋野ハト

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