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中国で日本語教師16年、「クンクン達との出会い」—中村紀子(下)

中村 紀子【Profile】

[2018.10.19]

日本語を楽しんでいるようには見えない一流大学の真面目な学生たち。何とかしなくちゃ!行動を開始した中村紀子が取り組んだのは…。

<上から続く>

無いなら作ってしまおう! 社歌・社訓からサロン・大忘年会まで

日本語学科内サークル「南風社」のロゴ

当時、中南財経政法大学(以下財大)に学生が参加できる日本語関係のイベントは年に一つしかありませんでした。「よし、無いのなら、自分たちで作ってしまおう!」

日本語学科の正式なイベントとなれば、さまざまな申請が必要となってきますから、あくまでもサークル活動の一環ということで、まず「南風社」という日本語学科内サークルを立ち上げました。南風社の南は、中南財経政法大学の南と大学の目の前にある南湖から、風は、風のように何ものにもとらわれず、自由であれとの願いを込めて名付けました。

クンクン達との出会い

運が良かったのは、1年目に出会った三年生のうちの数人が、私の考えに賛同し、積極的に動いてくれたことです。彼らがいなければ、その後の一切がありませんでした。自分たちの授業がある日はもちろん、無い日でも、私の授業が終わるのを待ち、一緒に食事をしてから、私の部屋で、これから何をしようか、どうしようか、夜遅くまで話し合いました。それまで部活動などの経験がほとんど無い彼らでしたが、小さいながらも組織を立ち上げ、運営していくことに大変興味をおぼえたようです。

その中で、最も南風社の活動に貢献してくれたのが、張君恵さん(愛称:クンクン)です。第一印象は静か。いつも隣でニコニコ笑ってはいますが、自分からはほとんど話し掛けない子でした。そのクンクンには特技があって、ビデオ編集や画像処理が得意。私は南風社の活動を大きくするには、日本語学科の学生にとどまらず、世の中に広めて行く必要があると思っていました。それにはロゴマークや紹介ビデオなど、旗印が不可欠で、クンクンと二人三脚で作って行きました。クンクンは当時、大学の寮に住んでいましたから、門限ぎりぎりに寮に戻り、それからは中国のSNSである新浪微博でチャットしながら、話を進めて行きます。その深夜のやり取りは一年間でなんと300ページにもなり、ここから南風社のさまざまな企画のアイデアが生まれて行きました。

ロゴマークの他にも社訓「結束・結果・継承」を作り、社歌「南之風」を作ってレコーディング、イベントは新入生歓迎会、朗読大会、スピーチ大会、演劇大会、作文大会、文化祭、日本語学科を紹介するCMコンテストなどを月に1回のペース行いました。運営費用は学生から集める会費(一人年間40元)と、日本語学科の学生たちが週末、他学科の学生に教える「南風日語」の利益で賄いました。設立1年目の年末に、日本語学科の学生と教師総勢130人で大忘年会を開いた時は達成感がありました。そして、これらのイベントとともに、力を注いだのが、毎週1回の日本語サロンです。

大学が住居として私に提供してくれた部屋は140平方メートルの広さがあり、リビングには50人ぐらいが入ります。日本語学科の授業には会話もありますが、授業だけではとても実践練習が足りません。そこで毎週金曜日の夜、自室を開放して、日本語学科の学生を中心に日本語サロンを開きました。同僚の日本人教師や近くに住む日本人、中国の日本語愛好家の皆さんが快く協力してくれたおかげで、初めは数人で始まったサロンが毎週40人ぐらい集まるようになりました。

そのサロンでの様子やイベントを写真に撮って、SNSの新浪微博にアップすることが、私とインターネットの世界を結び付けるきっかけとなりました。当時の内容はイベントの紹介や学生の笑顔の写真ばかりでしたが、継続は力なり。3年ぐらいで微博のフォロワー数が4000人を超えました。名前も顔も知らない中国各地の方々とメッセージの交換をすることは、好奇心が強い私には刺激的で、新しい世界がどんどん広がっていきました。

財大の大忘年会

日本語学科盛り上げから新世界に、中村Radio誕生!

転機が訪れたのは今から4年前の夏、南風社をともに設立し、運営に尽力してくれたクンクンの一言でした。

「最近、インターネットでラジオアプリっていうのが流行っているんですよ」

と、ある朗読番組を見せてくれました。朗読!私も授業のために朗読素材をインターネット上で探すことがよくあるのですが、なかなか良いのが見つからなくて困っていたんです。

「よし、無いのなら、自分たちで作ってしまおう!」またもや、私の闘志をかきたてる存在が現れたのです。2014年8月8日、「中村Radio」の誕生です。番組の編集を担当してくれるクンクンとの二人三脚・第2弾の日々が始まりました。

ごく普通の日本人の朗読なんて、それほど興味を持たれないだろうと思っていましたが、スタートしてわずか76日目にフォロワー数が1000人を超えた時には正直びっくりし、リスナーの皆さんが日々送ってくださる温かい応援メッセージに大変感動しました。それまでも教師として、目の前の教え子に対してできる限りのことをしようと頑張ってきましたが、インターネットという新しい舞台は、私に新しい可能性と挑戦を与えてくれました。

おかげさまで、中村Radioは現在5年目を迎え、リスナー総数10万人、総再生回数約800万回を数えました。改めて数字を集計してみて、その数の大きさに驚き、感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして、リスナーの皆さんからのリクエストで始めたのがインターネット日本語教室、「中村日語」です。

試験会場での日本語能力試験応援活動(写真右から3人目が中村、4人目がクンクン、2017年夏、上海外国語大学で)

リスナー10万人、ネット授業の新たな挑戦にワクワク

インターネット授業は教育の世界における革命的な新展開です。私自身は従来の教育方法で授業を受け、その後20年以上、日本と中国で対面式の授業を行ってきました。大人数でのネット授業を始める前はずいぶん考えました。私はもともと学生とのやり取りを授業に組み込んでいくタイプの教師です。相手の顔が見えない状況で、それまで通りの授業ができるのだろうかと1年間、あれこれ考えました。

他の先生方のネット授業を見たり、無料のビデオ番組を作って、動画サイトにアップしたり…。「技術的にはなんとかなるだろう」とは思い始めていましたが、まだ心では決心がつかない時、武漢から3000キロ以上離れた中国西北部に住むリスナーの方に「中村先生の授業を受けたいのに、こんなに離れていては会うこともできない」というメッセージをもらいました。ネット授業なら、物理的な距離の問題が解決できます。私は決めました。直接会えないのなら、授業はもちろん、授業外の時間もできる限り学習者に寄り添って行こう。こうして、私の新しい教壇が出来上がりました。

そうなると、大学での勤務は難しくなります。今の自分は何をすべきか、何がしたいか考えた末、私は7年間勤務した中南財経政法大学に別れを告げ、14年間暮らした武漢を離れることにしました。

中村Radioを共に運営しているクンクンもちょうど今年6月で財大大学院を卒業しました。彼女が私との出会いや共に過ごした時間について書いた作文は、中国最大の日本語作文コンクールで2年連続一等賞を受賞しました。北京の日本大使館での表彰式で、にこやかに受賞スピーチする姿を見て感無量でした。あの内気な子は、いつの間にか堂々と自分の意見が言える頼もしい女性に成長していたのです。

クンクンは3年前、日本人に中国語を教えるアルバイトをしていましたが、アルバイト先の運営があまりにずさんなことに憤慨していました。私は、それなら自分で起業して、良心的な教室運営をすればいいじゃないかと提案しました。実は私は中国に来る前、日本で学習塾に勤めていて、教室長を6年間していたので、その経験が生かせるのではと思ったのです。

そこで作った会社が現在の「中村日語」へと形を変えていき、若き社長となったクンクンは見事に経営しています。社員もすでに4人雇い、小さいながらも将来性が大いにある会社になりました。

振り返ってみれば、クンクンとは8年の付き合い。南風社を立ち上げるところから二人三脚でいろいろと作ってきました。私が年を取って働けなくなったらどうするかと聞くと、「先生のことを本に書いて、印税で暮らすから、それまで安心して頑張ってください」とのこと、まだまだ当分走り続けなければならないようです(笑)。

中村Radioのリスナー交流会(18年10月、長沙中日文化交流会館)

2018年7月、私は大きな一歩を踏み出し、新天地、湖南省長沙に引っ越しました。仲間はクンクンとスタッフの総勢6人です。長沙はもともと私が大好きな街、名物の湘菜(湖南料理)を食べるためだけに中国新幹線の高速鉄道で毎月通っていた街です。何度も訪れるうちに友人や応援してくれる方々が増え、何か新しいことを始める時はこの街でやろうとずっと思っていました。

この長沙で地元に密着した日中文化交流を行い、同時にインターネット上でも模範となるべき良質で良心的な日本語の授業をお届けしていきます。これからが私の中国・日本語教師生活のクライマックス!いったいどんな展開が待ち受けているのでしょう?誰よりも今、自分がワクワクしています。皆さん、どうぞご期待ください!

写真:筆者提供

バナー写真:中村Radioリスナー交流会(2018年夏、大連)

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  • [2018.10.19]

日本語教師。2003年3月、中国湖北省で日本語教師をスタート。14年、インターネットで「中村Radio」を開始(現在リスナー10万人)。18年勤務先の大学を退職、湖南省長沙市で日本語・日本文化の普及活動を行う。

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