SNS

最新記事

ニュース

More

シリーズ 日本の刑事司法を問う
「裁判員裁判」「取り調べの可視化」「司法取引」の評価は?
対談 村井敏邦・一橋大学名誉教授×村岡啓一・白鴎大学教授(中)

村井 敏邦【Profile】/村岡 啓一【Profile】

[2018.08.10]

21世紀に入ると、日本の刑事司法は新たな局面を迎えた。2009年に導入され、刑事裁判の様相を一変させた「裁判員裁判」。19年6月までに義務化される「取り調べの可視化」。さらに今年6月から始まった「司法取引」。これらをどう評価すべきなのか。前回に続き、一橋大学名誉教授の村井敏邦氏と白鴎大学教授の村岡啓一氏に話を聞いた。

妥協の産物としてできた「裁判員裁判」

——「裁判員裁判」は、裁判の迅速化や国民にわかりやすい裁判などを目的に、有権者から選ばれた裁判員が殺人罪などの重大事件の裁判に参加していく制度です。2009年5月にスタートしてから10年目に入りましたが、どう評価していますか。

村井 私はもともと陪審論者で、裁判員制度という中途半端なものについては疑問を感じつつも、陪審制に向かう一つのプロセスとして良いのではないかという立場で賛成しました。私が陪審制を推す理由は、法律家は法の解釈についての専門家ではあっても、事実認定については必ずしも一般の人との差があるわけではなく、むしろ多様な経験をした人の目で事実を見るほうが良いと思うからです。

そもそも裁判員裁判は、妥協の産物としてできたものです。戦前の日本に陪審制はありましたが、非常におかしなシステムだったのでそのまま復活させるわけにはいかず、戦後の司法改革の中でも陪審制は取り残されていました。一方で、学者や一部の裁判官からは、日本の刑事裁判が99.9%の有罪率で無罪推定の原則が機能していないとの懸念があり、陪審制を復活させるべきだという声は根強くありました。

そんな中、刑法学の権威で東京大学総長も務めた平野龍一さんが1985年に、日本の刑事裁判はかなり絶望的だから、参審制か陪審制でも採用しなければならないという趣旨の論文を書きました。実は、平野さんは参審制や陪審制に対して批判的だったのですが、当時オピニオンリーダーだった平野さんがそう主張したことにより陪審制復活の議論は勢いづきました。でも結局は、陪審制まではいかなくてもいいだろうということで参審制との折衷案が出てきて、裁判員と裁判官が一緒になって判決を出す裁判員裁判となったのです。

裁判員制度・陪審制・参審制の比較

裁判員制度 陪審制 参審制
採用国 日本 米国、英国など ドイツ、フランスなど
裁判官の関与 裁判官と共同 陪審員のみ 裁判官と共同
有罪・無罪 判断する 判断する 判断する
量刑 判断する 判断しない 判断する
任期 事件ごと 事件ごと 任期制
選任 無作為 無作為 団体の推薦など

(最高裁の資料を基にPOWER NEWSが作成)

死刑判決増は裁判員裁判の拙速主義の弊害か

村岡 弁護士の中にもずっと陪審制を支持する潮流はありました。1999年から始まった司法制度改革審議会で国民の司法参加というテーマが出て来て、そこから参審制、陪審制をめぐる議論や綱引きがあって、結果的には両方のいいとこ取りしたのが裁判員裁判でした。

私はもともと裁判員裁判には賛成でした。市民の常識を事実認定に反映させることは必要だと考えていたからです。ただ最近は非常に疑問を感じています。特に死刑事件を見たときに、かつての裁判官による判断のときよりも、裁判員裁判での検察官の求刑に対する死刑言渡し件数の率の方が約20%高い。この原因について「死刑を求める国民が多いから、その意識の反映である」という見方もありますが、その見解には非常に疑問を持っています。

むしろ、裁判員裁判を迅速化するために導入された「公判前整理手続き」で、あまりにも争点を絞りすぎた結果、死刑にすべきかどうかという十分な資料が裁判員に与えられていない。いわば、裁判員裁判の拙速主義的な一番の弊害が死刑事件に表れているのではないかと思います。最近では反対論にくら替えしようかと思っているぐらいです。

村井 私は反対とまでは言いませんが、改善の余地があると思っています。改善すべきは、まずは死刑制度を廃止することです。死刑事件があるために裁判員の辞退者が増えるのだろうし、また本来、死刑事件は長期化するのは当たり前なのです。きちんとした審理を避けると拙速主義になり、事件の外側だけを見てしまうことになる。

今の制度だと、動機、成育歴などを含めて被告人に焦点を合わせて見ていく時間も資料もない。ですから「残虐な事件だから」とか「何人殺したから」といった外形的なところで死刑判決が出されてしまい、上級審で死刑判決が破棄されるケースもある。そのあたりが最大の問題です。

裁判員裁判対象事件第1審における判決(2016年)

総数 無罪 死刑 無期懲役 懲役20年超 20年以下 15年以下 10年以下 ほか
総数 1104 12 3 24 28 39 110 205 683
殺人 292 2 1 8 13 22 55 44 147
強盗致傷 197 1 2 8 39 147
現住建造物等放火 135 1 1 4 6 9 114
傷害致死 102 2 2 5 32 61
強制わいせつ致死傷 96 1 1 4 90
強姦致死傷 72 1 1 3 11 22 34
麻薬特例法 36 2 14 20
強盗致死 33 2 15 5 4 6 1
覚せい剤取締法 31 5 1 6 16 3
その他 110 1 5 2 11 24 67

(最高裁の資料を基にnippon.com編集部が作成)

裁判員の辞退率6割は危険な兆候

村岡 適切な刑罰を大きく超えてしまうことを「量刑誤判」と言いますが、その最たるものが死刑です。その誤判が裁判員裁判の中に究極的な形で出て来ているのではないかと思います。たぶん、死刑判決にかかわった裁判員も、もっと資料や時間があれば、死刑を回避する判断もできたのではないかと考えているのではないでしょうか。

村井 実際、多くの裁判員がもっと時間が欲しかったという趣旨の発言をしていますよね。裁判員の負担を軽減するなどの理由で、実質的に時間が限られてしまう。それでは死刑のような犯罪を判断することは難しいのです。

村岡 もう一つの問題は、裁判員候補者の辞退率が6割を超えていることです。これは危険な兆候です。日本の裁判員は、世界に誇れるほど非常に質が高いと思いますが、基本となる構成員の母数が6割も辞退してしまう。これで本当に国民各層の代表と言えるのかという深刻な疑問が出てきています。

この記事につけられたタグ:
  • [2018.08.10]

一橋大学名誉教授、龍谷大学名誉教授。専門は刑事法。1941年生まれ。一橋大学商学部・法学部卒業。一橋大学法学部教授、龍谷大学法学部教授などを経て現職。2000年5月から03年5月まで日本刑法学会理事長を務めた。09年に弁護士登録。著書に『裁判員のための刑事法ガイド』(法律文化社、2008年)など。

白鴎大学法学部教授。専門は刑事訴訟法、刑事実務。1950年生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了(法学博士)。76年4月弁護士登録。一橋大学法学研究科教授を経て現職。主な著作に『日本の刑事司法:平成刑事訴訟法の下での現状評価』(CrimeInfo、2018年)など。

関連記事
このシリーズの他の記事

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • ニッポンドットコム・メディア塾 —ジャーナリストを志す皆さんに
  • シンポジウム報告