慶応大学を象徴する図書館旧館で福沢翁ゆかりの珈琲牛乳を : カフェ八角塔(東京・三田)
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赤煉瓦の重要文化財で、特別な時間を
銀杏の巨木が豊かに枝をひろげる慶應義塾大学(以下、慶応大学)三田キャンパス。その一角に、国の重要文化財に指定された図書館旧館がある。赤煉瓦(れんが)の歴史的建築は慶応大学を象徴する存在。足を踏み入れると、「カフェ八角塔」がほのかにコーヒーの香りを漂わせている。ここは一般の人も利用できる、落ち着いた雰囲気のカフェ。歴史に思いを馳せながら特別な時間を過ごしたい。

赤煉瓦と花こう岩が織りなす重厚な質感。設計者は、英国の建築家ジョサイア・コンドルに学んだ曾禰達蔵(そねたつぞう)と中條精一郎(ちゅうじょうせいいちろう)
図書館とステンドグラスの物語
図書館旧館は、創立50年を記念して1912年に建設されたネオ・ゴシック様式の建物だ。空へ向かって伸びる垂直性を特徴とするその姿は、知を探究し高みを目指す図書館にふさわしい。

1階玄関ホール。左の大理石の女性像は彫刻家、北村四海(きたむらしかい)の作品「手古奈(てこな)」(1909年頃)。戦火で両腕が失われている
玄関ホールの奥には、2階の福澤諭吉記念慶應義塾史展示館へと通じる階段がある。その踊り場を飾るのが壮麗なステンドグラスである。日本のステンドグラス工芸の先駆者である小川三知(おがわさんち)の遺作となった作品だが、1945年5月の東京山の手大空襲で、図書館旧館は激しい火災に見舞われてほぼ全壊。ステンドグラスも粉々に砕け散ってしまった。
復興のシンボルとして
慶応大学にとって重要な精神的シンボルだった図書館旧館。そのため、戦後すぐに復旧が進められた。蘇りゆく大学図書館の姿は、焼け跡から再起しようとする人々の心の支えにもなったのだろう。だが、ステンドグラスには透明なガラスがはめられたまま、30年もの歳月が流れた。
大作の復元に立ち上がったのは、小川三知の弟子にあたる大竹龍蔵だった。77歳で復元を決意し、数年がかりで作業に没頭。しかし、完成を目前にして大竹は他界してしまう。除幕式が行われ、鮮やかなステンドグラスが再び人々の前に姿を現したのは、そのわずか2カ月後、1974年10月のことだった。

原画は和田英作。小川・大竹師弟の並々ならぬ想いが込められている
ステンドグラスの下部には、ラテン語で「ペンは剣よりも強し」と刻まれている。図柄は封建社会を象徴する鎧(よろい)姿の武将が馬から降り、塾章でもあるペンのマークを手にした文明の女神を迎える場面だ。これは創立者・福澤諭吉の、古いしきたりや慣習にとらわれない建学の精神を象徴しているという。
カフェには福澤諭吉ゆかりのメニューも
2021年、図書館旧館は再改修を経て、2階に福澤諭吉記念慶應義塾史展示館が、1階の玄関ホールを入り右手にカフェがオープンした。
クラシカルな空間には、八角塔にちなんだ八角形のテーブルとドイツ・トーネット社の椅子が並んでお客さまを迎える。高い天井や寄木細工の床にも八角形のモチーフが美しく繰り返されている。

カフェ店内。テーブルは三越製作所が制作(2020年)。三越製作所は荻窪の旧近衛文麿邸「荻外荘」の家具も手がけている
カフェの奥に続く部屋が、八角塔にあたるスペースだ。建築当初は新聞や雑誌の閲覧室として使われ、戦後は図書館事務室、その後、1982年の大規模改修で展示室となった。改修を手がけたのは建築家の槇文彦。
現在は1階のみアートスペースとなっており、自由に見学できる。八角塔の2階以上は立ち入れないが、かつて最上階の閲覧室は「月波楼(げっぱろう)」と呼ばれ、窓からは月に照らされる品川の海が見渡せたらしい。往年の塾生たちは、眼下の風景を眺めて何を思っただろうか。
福澤諭吉にちなんだ「珈琲牛乳」
カフェのメニューには、図書館旧館が歩んできた歴史が息づいている。「この唯一無二の空間の魅力を伝えたい」。そんな思いから、歴史のエッセンスと現代の季節の魅力が融合した品々が用意されている。
この日いただいたのは、自家焙煎珈琲店・蕪木(東京都台東区)の豆を使った「八角塔珈琲牛乳」と、旬の素材を月替りでとり入れる「カヌレ」、そして「季節のクリームソーダ」。
福澤諭吉は37歳の時に発疹チフスを患って以降、滋養強壮のために牛乳を愛飲していたという。さらに牛乳の効用を説いた文章のなかで、牛乳と濃く煎じたコーヒーを混ぜて飲めば「味甚だ香し(あじはなはだかんばし)」と記している。
そんな逸話から生まれたのが「八角塔珈琲牛乳」だ。牛乳とコーヒーの二層に分かれており、懐かしいたたずまいの牛乳瓶を使った姿も愛らしい。福澤諭吉の言葉通り、「味甚だ香し」な一品だ。

牛乳瓶は大川硝子工業所に依頼したオリジナル。ロゴは「八」の漢字と、本をひろげた姿をモチーフに。富士山のようにも見える
一方、季節感あふれるカヌレやクリームソーダには、その時季ならではの素材が使われる。この日は、旬を迎えた桃が主役だった。カヌレの監修は京都市の人気カフェ here Kyotoの山口淳一氏。ひと口ほおばると、もっちりした生地からラム酒やバニラの香りがふわりとひろがる。
お皿に添えられているのは桃だけではない。ディル、バジル、ミントのハーブ3種に、アールグレイの茶葉、藻塩、ブラックペッパー、それにオリーブオイル。カヌレの上でとろけるバニラアイスも加えて、自由自在に表情を変化させて楽しめる。まるで万華鏡のようなスイーツだ。

(左)図書カードをイメージしたメニュー(右)カフェ入口の目印は、積み重ねた書物
カフェのスタッフは物腰やわらかに語る。
「教職員や卒業生、一般の方など、さまざまな方にご利用いただいています。高校生が『必ずここに入学したい』とおっしゃったり、卒業生がお子さんやご両親を連れて来られたり。大切なひとときのために、記憶に残るメニューを心がけています」
重要文化財の建物ゆえに、厨房の設備には制限がある。もしお目当ての一品があるなら、事前に電話で予約しておきたい。そのうえで、時間に余裕をもって訪れよう。ここは急ぎ足の似合わない空間だ。
9月、10月と、旬の食材を追ってクリームソーダもカヌレも装いを変えていく。晩秋になれば、窓辺の風景は銀杏の金色に彩られる。落ち葉が散り敷くころの風情は格別だという。
カフェを出た後は、2階の福澤諭吉記念慶應義塾史展示館を見学するのもお忘れなく。また図書館旧館の裏手は「文学の丘」と呼ばれ、佐藤春夫や久保田万太郎ら、慶応にゆかりの文学者の詩碑や句碑が建っている。歴史と文学の香りに包まれた特別な場所で、小さな非日常の時間を楽しみたい。
「図書館の前に沈丁花咲くころは
恋も試験も苦しかりにき」
(吉野秀雄歌碑)
カフェ八角塔
- 住所:東京都港区三田2-15-45 慶応大学三田キャンパス 図書館旧館 1F
- 電話:03-5443-0377
- 営業時間:午前10時~午後2時(LO 午後1時30分)、午後3時~6時(LO 午後5時30分)
- 定休日:日曜日・祝日・大学指定休
- アクセス:JR山手線「田町」駅、都営三田線・都営浅草線「三田」駅、都営大江戸線「赤羽橋」駅より各徒歩8分
- 公式サイト:https://www.instagram.com/cafehakkakuto/
取材・文・写真=川口葉子
バナー写真:カフェ八角塔が入る、慶応大学図書館旧館

