『市中繁栄七夕祭』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第10回

歌川広重「名所江戸百景」では第73景となる『市中繁栄七夕祭(しちゅうはんえいたなばたまつり)』。描かれた場所が題名にない、希少な作品である。

夏の青空にたなびく七夕飾りが江戸の繁栄を伝える

広重の「名所江戸百景」の中で、全く場所の記載がない題箋(だいせん)を持つ、珍しい1枚である。一般的には、広重が住んでいた日本橋大鋸町(おがちょう)辺りからの眺めだろうと言われている。

七夕は、彦星(ひこぼし)が織女(おりひめ)に天の川を渡って年に1度だけ会える日だという伝説にまつわる祭りだが、本来はアルタイルとベガ、天の川、月が織りなす天体ショーなのである。旧暦7月7日は月の形が半月となり、舟に見立てられるので伝説が成り立つ。そのことを考えると、旧暦で祝うのが正しいのではないだろうか。

写真は2016年に旧暦7月7日(新暦8月9日)まで行われた、阿佐谷パールセンターの「七夕まつり」で撮影した。この商店街はほとんどの場所がアーケードになっており、青空はほとんど見えない。アーケードから出た商店街の外れで、広重の絵に見られるような青空と笹竹の飾りが風になびいているの見つけた。富士山こそ見えなかったが、広重が描いたような残暑の蒸し暑い風が感じられたので、そこで撮影したというわけである。

●関連情報

七夕祭り

奈良時代に中国から日本へ伝わったという七夕は、旧暦の7月7日もしくはその前夜の行事だった。1873(明治6)年から新暦が施行されたことで、現在は旧暦より約1カ月早い新暦7月7日に行われることが多くなっている。

日本を代表する七夕祭り「仙台七夕まつり」や上の作品の撮影現場「阿佐谷七夕まつり」は、今でも旧暦に近い8月7日前後に開催される。しかし、東京の神田明神や増上寺、東京大神宮などでは例年7月に七夕祭りを行っているので、観光する際には日時を確認してほしい。新暦では梅雨時期にあたるため、天の川などを見ることができない場合も多い。

浮世写真家 喜千也「名所江戸百景」――広重目線で眺めた東京の今
「名所江戸百景」は、ゴッホやモネなどに影響を与たことで知られる浮世絵師・歌川広重(うたがわ・ひろしげ)の傑作シリーズ。 安政3年(1856年)から5年にかけて、最晩年の広重が四季折々の江戸の風景を描いた。大胆な構図、高所からの見下ろしたような鳥瞰(ちょうかん)、鮮やかな色彩などを用いて生み出された独創的な絵は、世界的に高い評価を得ている。その名所の数々を、浮世絵と同じ場所、同じ季節、同じアングルで、現代の東京として切り取ろうと試みているのが、浮世写真家を名乗る喜千也氏。この連載では、彼のアート作品と古地図の知識、江戸雑学によって、東京と江戸の名所を巡って行く。

『亀戸天神境内』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第1回
『日本橋江戸ばし』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第2回

『王子音無川堰棣世俗大瀧ト唱』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第3回
『上野清水堂不忍ノ池』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第4回
『蒲田の梅園』:浮世写真家喜千也の「名所江戸百景」第5回
『水道橋駿河臺』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第6回
『綾瀬川鐘か渕』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第7回
『堀切の花菖蒲』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第8回
『赤坂桐畑』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第9回
『両国花火』:浮世写真家 喜千也の「名所江戸百景」第11回

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