ニッポンの三大祭り

【日本三大提灯祭り】秋田「秋田竿燈まつり」・愛知「尾張津島天王祭」・福島「二本松の提灯祭り」:おびただしい灯火が夜空を照らす光の祭典

イベント 文化 地域

日本全国に数ある祭りの中から、ジャンル別の御三家を取り上げるシリーズ企画。今回は、数千から1万もの提灯(ちょうちん)が輝く夜祭りを紹介する。

提灯は祭りの必需品

日暮れと共に祭り囃子(ばやし)が鳴り始め、あちこちでポツポツと提灯がともる。一つ一つは小さなろうそくの火だが、何百と飾られて櫓(やぐら)や山車(だし)をこうこうと照らし出す──風情のある日本の祭りの風景だ。

ろうそくを竹や木の枠と和紙で囲んだ提灯は、昔から祭礼の必需品だった。平安末期ごろに原型となる照明器具が大陸から伝来すると、宮中や寺院などで使われた。江戸時代に入り、燃焼時間が長くなるよう芯と木蝋を改良した和ろうそくが広く流通するに伴い、提灯は庶民にまで普及。折り畳み式や軽くて持ち運べるタイプも登場し、日用品となった。

そして電球式が主流となった現代でも、提灯は盆行事などに欠かせない。単なる夜間照明ではなく、先祖が迷わずに帰ってくるための道しるべとなる。祭りで並ぶ町や氏子の名前入りのものは、神仏に感謝を示すための奉納品である。

ゆらめく炎には魂が宿っているように感じられる。今でもろうそくの提灯にこだわる壮麗な夜祭りを紹介したい。

ろうそくの提灯1万個を用いる「秋田竿燈(かんとう)まつり」
ろうそくの提灯1万個を用いる「秋田竿燈(かんとう)まつり」

秋田「秋田竿燈まつり」

(秋田市、8月3~6日)

全長800メートル超の大通りを提灯が埋め尽くす
全長800メートル超の大通りを提灯が埋め尽くす

東北の三大夏祭りと呼ばれる「仙台七夕まつり」(8月6~8日)、「青森ねぶた祭」(8月2~7日)、「秋田竿燈まつり」は、規模が大きいほかにも共通点がある。いずれもルーツは夏の厄よけ行事で、紙の飾り物や灯籠(とうろう)に心身の穢(けが)れを移し、川や海に流していたのだ。

七夕行事で願いを託す短冊は、かつては災厄を乗り移らせる形代(かたしろ)でもあり、飾り物と一緒に川へ流した。「ねぶた」は「眠たい」が転訛したもので、夏の繁忙期に朝から晩まで働く農民の睡魔を灯籠山車に吸い付けて海に放った。そして秋田竿燈では今も、御幣と提灯を取り付けた竹竿(たけざお)で芸を奉納した後、穢れや災厄を集めた御幣を川に流している。

いずれも派手で威勢が良く、いかにも疫病神が逃げ出しそうな夏の風物詩だ。中でも秋田竿燈まつりは日本最大の提灯祭りでもある。闇に浮かぶ竿燈は黄金色に光る。その色から秋に実った稲穂に見立てられ、無病息災と共に、豊作の願いを込める行事となった。

竿燈の先には八幡秋田神社の御幣を垂らす
竿燈の先には八幡秋田神社の御幣を垂らす

竿燈は4種類あり、全長5~12メートル・重量5~50キロ。子どもも演技をする
竿燈は4種類あり、全長5~12メートル・重量5~50キロ。子どもも演技をする

秋田駅至近の大通りは日が暮れる頃、地面に横倒しに置かれた約280本もの竿燈と、演技を見せる差し手、見物人で埋め尽くされる。竿燈は大きいもので全長12メートル、46個の提灯を付けて重さは約50キロに及ぶ。それが「どっこいしょ」の掛け声とお囃子に合わせ、一斉に起き上がる。1万以上の提灯が頭上を舞う迫力に誰もが大興奮だ。

ここからの演技がまた素晴らしい。平手に載せた巨大な竿燈を額、肩、腰へと次々に移動させていく。「腰差し」は最も難易度が高いが、猛者ともなるとバランスを保ちながら、扇をあおいで余裕を見せる。

ベテランは大きな提灯46個を付けた竿燈で妙技を連発!
ベテランは大きな提灯46個を付けた竿燈で妙技を連発!

演技も半ばになると、複数の差し手が竿燈をぴったりと寄せ合う。倒れないかとハラハラするのも、この祭りの魅力。もし倒れても、すぐろうそく1本1本に火をつけ直して、再び夜空を舞うのだ。

2日目からは日中に妙技大会を繰り広げる
2日目からは日中に妙技大会を繰り広げる

愛知「尾張津島天王祭」

(津島市、7月第4土・日曜日)

川船を2000以上もの提灯が飾り、幻想的な雰囲気に包まれる
川船を2000以上もの提灯が飾り、幻想的な雰囲気に包まれる

日本神話の荒ぶる神・スサノオノミコトは、インド伝来の疫神である牛頭天王(ごずてんのう)と習合し、あがめて鎮めることで厄災よけのご利益があると信奉されてきた。この神を祀(まつ)る津島神社や天王社は全国に約3000もあり、疫病がはやる夏に無病息災の加護を得ようと、威勢の良い祭りを繰り広げる。

総本社である愛知・津島神社の「尾張津島天王祭」は、提灯を満載した川船による優雅な宵祭を受け継ぐ。会場は近くの天王川公園で、江戸時代から明治時代にかけてせき止められた川が大きな丸池として残っている。宵祭前夜には、5歳から7歳の稚児らが船上で奏楽を披露した後、神社で祭りの無事を祈念する。

2日目の朝祭で、お供に担がれる稚児。花烏帽子をかぶり色鮮やかな装束を着て、雅楽器の羯鼓(かっこ)を首に下げる
2日目の朝祭で、お供に担がれる稚児。花烏帽子をかぶり色鮮やかな装束を着て、雅楽器の羯鼓(かっこ)を首に下げる

宵祭の主役は屋台を乗せた巻藁船(まきわらぶね)5艘(そう)。骨組みに藁を巻いた屋根には、提灯を下げた竹棒を差し込んでいる。提灯は屋根に365個、中央に立つ高さ17メートルの真柱(まばしら)には12個が並ぶ。1年の月数と日数に合わせる習わしだが、屋台の周りなども含めると実際は約500個が飾られる。

日が暮れると長唄三味線や神楽太鼓がにぎやかに鳴り響き、提灯に次々と点火される。水上でまばゆい光を放つ場面は、見ほれるばかりに幻想的だ。1艘ずつ岸を離れて北岸の御旅所に向かい、神輿(みこし)で観覧に来た天王さまに参拝する。

5~6時間は燃焼する大きな「二十匁(もんめ)ろうそく」の提灯で、船を半球状に飾る
5~6時間は燃焼する大きな「二十匁(もんめ)ろうそく」の提灯で、船を半球状に飾る

宵祭の後は夜を徹しての作業が待つ。巻藁船5艘は提灯を外し、絢爛(けんらん)豪華な幕と彫刻、能人形を飾った車楽船(だんじりぶね)へと衣替え。翌日午前の朝祭を迎える。もう1艘を加えた船団が丸池の中之島までこぎ出すと、先頭の船から布鉾(ぬのぼこ)を担いだ男衆10人が次々と水に飛び込む。御旅所前まで泳ぎ着くと神輿に拝礼し、津島神社まで走って布鉾を奉納する。

およそ600年続く祭りは戦国時代、尾張出身の天下人・織田信長や豊臣秀吉も見物したそうだ。壮麗な一大絵巻を前にすれば、その時代にタイムスリップしたように感じるだろう。

一夜明けると、船は王朝絵巻を思わせる姿に
一夜明けると、船は王朝絵巻を思わせる姿に

朝祭のハイライトとなる布鉾の奉納
朝祭のハイライトとなる布鉾の奉納

福島「二本松の提灯祭り」

(二本松市、10月第1土・日・月曜日)

7町の太鼓台が街を練る
7町の太鼓台が街を練る

福島県北部にある二本松神社の秋季例大祭では、氏子が山車に乗ってシャンギリという囃子太鼓を演奏する。威勢の良いシャンギリは町の誇りで、大人も子どもも1年中練習し、太鼓代わりにタイヤでバチさばきを磨くほど祭りに情熱を注ぐ。

山車には大太鼓1人、小太鼓3人、笛3~5人、鉦(かね)1人が乗る
山車には大太鼓1人、小太鼓3人、笛3~5人、鉦(かね)1人が乗る

昼間の曳き廻し(ひきまわし)では、鮮やかな彩色と絢爛豪華な彫刻も見もの
昼間の曳き廻し(ひきまわし)では、鮮やかな彩色と絢爛豪華な彫刻も見もの

祭りは江戸初期に始まり、後期ごろから太鼓台と呼ばれる山車を多数の提灯で飾るようになった。現在は7町から1台ずつ繰り出し、合計2000個以上に点灯する日本有数の「提灯祭り」である。

最大の見せ場は初日の夜、7台が勢ぞろいする「出発式」だ。安達太良山に日が沈む頃、町内より選ばれた男たちが神社で御神火をたいまつに移し、市街地で待ち構える太鼓台を目指して一斉に駆け出す。到着すると競い合うように、それぞれの提灯に点火。てっぺんに8個を掲げる長い竹は「スギナリ」という神の依代で、立てると地上11メートルにもなる。

スタートを待つ御神火走者
スタートを待つ御神火走者

お囃子に乗って太鼓台が曳かれる
お囃子に乗って太鼓台が曳かれる

次の見どころは7台そろっての市街曳き廻し。上りの竹田坂と下りの亀谷坂ではシャンギリの調子も変わり、町の威信をかけた必死の演奏が響きわたる。

日付が変わる頃、太鼓台はJR二本松駅前の広場に到着して1日目が終わるが、残り2日の祭りの間、お囃子が頭の中で鳴り響き続ける。音と光に心震わせられる壮大な祭りだ。

提灯が夜空を紅に染める
提灯が夜空を紅に染める

※祭りの日程は例年の予定日を表記した

写真=芳賀ライブラリー

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