和食文化の基本「箸遣い」:タブーが多いのは「食事=神事」だから?
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和食のカトラリーは箸一膳のみ
日常の大切な作法と言えば、テーブルマナーを思い浮かべる人が多いのではないか。とりわけ幼児期からしっかりしつけられるのが箸遣いだが、正しい使い方をしているのは日本人の約半数という統計もある。それだけ身につけるのが難しい作法であり、育ちの良し悪しのバロメーターという見方も根強い。

幼児にはトレーニング箸を使って身につけさせることが多い(PIXTA)
箸は中国の発祥で、日本に伝来したのは3世紀ごろ。当初はトングのようなV字形をしていて、神様に配膳するために用いられた。7世紀初めごろ、中国への使節が二本箸で食事する習慣を持ち帰り、平安時代には宮廷の食具として定着したという。
大皿料理を取り分ける習慣がある中国では箸は長めだったが、日本は同じメニューを一人ひとりに配膳する「銘々膳」が主流のため短めに発展。素材は木製が一般的で、主菜である魚の身をほぐしやすいよう、先端が細めになっていった。つまむ、割く、混ぜるなど多機能にカスタマイズされたことで、和食であれば何でも箸一膳でいただくことができる。

弁当箱は箸箱とセットになったものが定番。箸一膳あれば、ご飯もおかずも食べられる(PIXTA)
江戸時代初期には、漆でコーティングした塗り箸が誕生。現代では、合成樹脂塗料やプラスチック製品も使われ、耐久性や衛生面を高めている。また、近代から飲食店を中心に普及した割り箸は、今やコンビニエンスストアのサービス品として欠かせなくなっている。

割り箸は間伐材や端材を活用して大量生産されている(PIXTA)
祭器の名残を感じる慣習
神様に用いたという起源のためか、日本の箸食文化には儀礼的な側面がある。顕著な例が「柳箸」で、正月をはじめハレの日に使うことから「祝い箸」とも呼ばれる。
両端を削り、どちら側も箸先にした形が特徴。神霊に宿ってもらい、一緒に食事する「神人共食」の意味が込められているとされる。そのため、おせちや大皿料理を取り分ける際、自分が口をつけていない側に持ち替えて使うのは、神様の食事を妨げることになる。さらには「返し箸(逆さ箸)」というマナー違反なので、ちゃんと取り箸を用意しよう。

清浄とされる柳を素木で用いた「柳箸」。その形状から「両口箸」ともいう(PIXTA)
「箸に魂が宿る」というアニミズム的な考え方は、家族それぞれが専用の箸を使う習慣にも垣間見える。これは銘々膳の名残といえる。歯ブラシを共用しないような衛生観念というより、祝儀にケガレのない未使用紙幣を使うのと同じ“魂の清浄思想”が根っこにある。
レストランのカトラリーを「誰が使ったのか」と気にすることなどなく、洗えば清潔なのは頭で理解しつつも、“他人の箸”は心理的なハードルが高い。自宅に客を招いて手料理をふるまう際、割り箸をあてがうのも心遣いである。

近代までの食卓で主流だった銘々膳。今でもそれぞれ決まった箸や茶碗(ちゃわん)を使う家庭は少なくない。『日ごとの心得』1833年(国立国会図書館所蔵)
人生の必須アイテム
日々の食事はもちろん、人生儀礼にも欠かせないことから、日本人は「箸に始まり箸に終わる」と言われる。新生児の「箸初め」でお膳料理を口元に運ぶことに始まり、亡くなった人のお骨を拾う時にも利用する。

生後100日目を祝う箸初め(お食い初め)。乳児に食事のまねをさせて、一生食べることに困らないようにと願う(PIXTA)

火葬後の「お骨上げ」では長い箸を使い、2人1組で遺骨をつぼに納める(PIXTA)

故人にお供えする「枕飯」では、茶碗に盛った白米に箸を立てる(PIXTA)
遺骨を箸で拾う儀式では、1本の骨を2人でつまみ上げていく。そのため、料理を2人で同時につまんだり、受け渡したりする行為は葬儀のようで縁起が悪いと忌避される。同様に、ご飯に箸を突き立てる「立て箸」も、死者へのお供えを連想させる禁忌である。
「嫌い箸」や「忌み箸」と呼ばれる箸遣いのNG事項は何十とある。そこまで“取り扱い要注意”な暮らしの道具は他になく、いかに箸が生活文化で重視されてきたかが分かる。
嫌い箸の例
- 探り箸:器の中身を探るように、箸で混ぜかえす
- 刺し箸(突き箸):箸で食べ物を突き刺す
- 涙箸:箸先からしずくを垂らす
- 箸渡し(合わせ箸、拾い箸):2人で食べ物を箸から箸へと受け渡す
- 横箸:箸で料理をすくい上げる
- 渡し箸(橋箸):橋を渡すように、箸を器の上に置く

箸に米粒が付いたままでは見苦しいが、唇でしごき取るのは「ねぶり箸」というマナー違反。再びご飯に箸を付けて口に運ぶといい(ニッポンドットコム編集部)
よく飲食店で食器を箸置き代わりにする人を見かける。目くじらを立てるほどのマナー違反ではないが、もし転がり落ちれば周りの迷惑。そんな粗相を減らす工夫として、箸を取り上げたり置いたりする際の作法もある。箸の持ち方ほど知られてはいないが、フォーマルな会食では心にとどめておきたい。
【箸の取り上げ方】
- 箸の中心を右手で上からつかみ、持ち上げる
- 下から左手で受ける
- 右手を箸頭へ滑らせるようにして、箸の下側へと移動させる
- 右手で箸を持ち替える
- 左手を離す
※箸を置く時は逆の手順
日本の箸食文化の背景にあるのは、食事を単なる栄養摂取にとどまらず、儀礼的に捉える精神性。それは、食前食後に「いただきます」「ごちそうさま」と、手を合わせる習慣にも通底する。実りをくれた自然とそこに宿る神霊、食材になってくれた命、育てた人や調理した人──その全てに私たちは感謝をささげる。食べ物を粗末に扱わないため、皆で食事を楽しむために作法はあるのだ。
監修:柴崎直人(SHIBAZAKI Naoto)
岐阜大学大学院准教授。心理学の視点で捉えたマナー教育体系の研究を専門とし、礼儀作法教育者への指導にも努める。小笠原流礼法総師範として講師育成にも従事。
イラスト=さとう ただし
文=ニッポンドットコム編集部
バナー写真:PIXTA



