熊野信仰の原点「ゴトビキ岩」:大坂寛「神のあるところへ」 石の章(17)
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熊野の神々の降臨地
和歌山県新宮市にある神倉(かみくら)神社は、権現山(神倉山)中腹の天磐盾(あまのいわたて)という崖の上にある。御神体は「ゴトビキ岩」で、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社に祀(まつ)られる神々が最初に降臨した磐座と伝わり、三山の創建以前から聖地だった。神武天皇は天の神の遣いである八咫烏(やたがらす)に導かれ、大和への道中で天磐盾を登ったという。熊野三山の聖地巡礼路は、ユネスコの世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている。
ゴトビキ岩は100メートルほどの断崖の上にあり、麓の大鳥居から源頼朝が寄進したと伝わる石段が延び、たどり着くには538段の急勾配を登らなくてはならない。不揃いな自然石が積み上げられただけで手すりもなく、踏み外して落ちないように足元を確かめながら進む。登り切ると、朱塗りの社殿と重なり合ってそびえ立つゴトビキ岩が現れる。ゴトビキとはこの地方の方言でヒキガエルを意味するそうだ。確かに、どっしりと構えた巨大なヒキガエルが座しているようにも見えた。崖にぐいとせり出して今にも転がり落ちそうな巨岩を目の前にすると、拝まずにはいられない迫力がある。古来、人々はこの岩を仰ぎ見ることで神を感じてきたのだろう。
神倉神社の眼下には新宮の市街地と、その向こうに青く輝く熊野灘のパノラマが広がり、絶景スポットとしても知られている。毎年2月6日の夜に執り行われる「御燈祭り」は、急峻な石段を数千人の男たちが松明(たいまつ)を手に駆け下りる光景が圧巻だ。その雄壮な火祭りには、往古のゴトビキ岩への信仰が息づいている。

社殿が造営される以前、祭祀場だったと推定されている岩の隙間 撮影=大坂寛
神倉神社
- 御祭神:高倉下命(たかくらじのみこと)、天照大神(あまてらすおおみかみ)
- 住所:和歌山県新宮市神倉1-13-8
熊野川河口に近い権現山中腹に鎮座する古社。現在は熊野速玉大社の飛地境内摂社だが、熊野三山の神々(熊野権現)が最初に降臨した場所として敬われている。社殿横にそびえるゴトビキ岩が御神体で、高さは約10メートル。周辺からは弥生時代の祭具が出土しており、自然信仰の崇拝対象だったことがうかがえる。
熊野は記紀において、神武天皇の建国の足掛かりとなった地。高倉下から神剣を献上された後、八咫烏の導きによって大和へと向かったという。中近世には修験者が盛んに巡礼した霊場となった。神倉神社の御燈祭りの起源は、高倉下による神武天皇の出迎えを再現したとも、修験道の火の行にあるともいわれている。
取材・文・編集=北崎 二郎
バナー写真:神倉神社の御神体・ゴトビキ岩 撮影=大坂寛


