精進料理は修行―禅の殿堂・建長寺に伝わる「もったいない」の精神

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肉や魚介類を使わない「精進料理」は、禅僧の食事がルーツ。古都・鎌倉(神奈川県)の建長寺は創建以来773年、食べる行為そのものを重要な修行としてきた。「けんちん汁」のルーツであり、日本人の食文化にも影響を与えた精進料理に込められた禅の精神とは?

調理し、食すことも禅の修行

近年、「ヴィーガン和食」として注目されている精進料理。しかしながら、動物性食材を使わない料理というのは本義ではない。雑念を払い修行に専心する「精進」という仏教用語そのままに、食を通じた精神修養なのである。

そもそも日本の食文化は仏教と密接なもの。近代まで食卓に肉が並ばなかったのは、農耕社会だったことや魚食の習慣が主な要因ではあるものの、仏教が戒める「不殺生」の影響も大きい。たんぱく源として重宝された大豆加工品のみそ豆腐は、奈良・平安時代に中国へ渡った僧侶が持ち帰ったとされる。和食に欠かせないしょうゆはみそづくりから派生したもので、鎌倉時代に和歌山の禅寺が醸造したという。

13世紀中頃には日本曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖・道元が、中国から精進料理を持ち帰った。不殺生戒に基づく食材を丹精に調理し、作法にのっとって食す仏道修行を確立した。一方、発展と普及に貢献したのが、鎌倉幕府により禅寺の最高位に格付けられた建長寺。中国から渡来した名僧・蘭渓道隆(らんけい・どうりゅう)が、1253(建長5)年に開山した臨済宗建長寺派の大本山である。

蘭渓の教えは「教典に頼らず、己の心の仏性を見詰めて悟りを開く」というもので、坐禅(座禅)や公案(禅問答)を重んじた。禅の根本道場である建長寺はさながら“国立禅大学”で、数百人の僧侶が住み込み、炊事や掃除、農作業など日常の作業も「作務(さむ)」と呼ぶ修行だった。

僧侶が精進する建長寺僧堂。立ち入り禁止の聖域である(原田寛撮影)
僧侶が精進する建長寺僧堂。立ち入り禁止の聖域である(原田寛撮影)

「命に感謝を」建長寺の食事作法

昼夜を問わずつとめに励む伝統は、700年以上にわたって脈々と受け継がれている。食事はとりわけ重要な修行であり、しきたりは厳格だ。食堂(じきどう)では私語はもちろん、雑音を立てることも一切禁止。食材は自給自足、献立は質素極まりない一汁一菜を基本とする。漬物などで日々飯台に上る大根は、毎年1月に三浦半島で托鉢(たくはつ)している。

食前には数粒の米を飯台の前方に置く。境内の魚や小鳥などに分け与えるためで「生飯(さば)」という。給仕を受ける時は合掌して「五観之偈(ごかんのげ)」を唱える。「この食事に関わった人の労をおもんばかり、それに値する徳を積めたかを自問し、心正しく欲をかかず、良薬とし、仏道を成し遂げるためにいただきます」といった内容の経文である。

食べ終わった飯椀(めしわん)に米粒を残さないよう、たくあん漬けで拭い集めて一緒に口にする所作もある。最後は椀に湯を注いで他の器と箸を洗い、残った湯は飲み干す。一切を無駄にせず、糧を与えてくれた全てに感謝を示す食事作法は、まさに五観之偈の精神を体現している。

白粥(しろがゆ)、たくあん漬けと梅干しの粥座(朝食)。食堂へは自前の食器を持参する(原田寛撮影)
白粥(しろがゆ)、たくあん漬けと梅干しの粥座(朝食)。食堂へは自前の食器を持参する(原田寛撮影)

米と麦のご飯、揚げなす、大根のみそ汁に漬物の斎座(さいざ=昼食)(原田寛撮影)
米と麦のご飯、揚げなす、大根のみそ汁に漬物の斎座(さいざ=昼食)(原田寛撮影)

昼の残り物を使ったおじや、きんぴら、漬物の薬石(夕食)(原田寛撮影)
昼の残り物を使ったおじや、きんぴら、漬物の薬石(やくせき=夕食)(原田寛撮影)

建長寺は食堂をはじめ修行場の立ち入りを禁じているが、大法要「開山忌」の日には、伝統の食事作法を見学できる。蘭渓の命日である7月24日とその前日に開催されてきた行事だが、2025年から猛暑を避けるために5月に変更となった。2日目の24日には建長寺派の住職らによる法要に続き、4人の長老をはじめ一同が仏と共に食事をいただくのだ。

「四ツ頭」というこの儀式は、赤飯、汁物、漬物、あえ物、豆腐、ゆばなどが盛り付けられた本膳に始まり、茶礼(されい)で締めくくる。誰一人として一切の音を立てず、米一粒たりとも残すことはない。静ひつなお斎(とき)は禅の精神を感じさせる。

四ツ頭のお膳。冷製の汁物が添えられる(原田寛撮影)
四ツ頭のお膳。冷製の汁物が添えられる(原田寛撮影)

食材を無駄にしない精進料理「建長汁」

蘭渓は精進料理の心構えを説くだけでなく、油炒めなど本場の調理技術を生かしたメニューも伝えている。代表例は寺の名を冠して「建長汁」と書くけんちん汁。建長寺で学んだ僧侶が広めたため、今では全国的に家庭料理として定着している。

大根やにんじん、ごぼうなど具材を刻み、炒めてから煮込み、しょうゆまたはみそで味付けしたら豆腐、青菜を投入する。豆腐は崩しながら入れるのが建長寺流だ。由来として、学僧が調理中に落とした豆腐を蘭渓が「もったいない」と拾い集め、汁料理に生かしたとの逸話が残る。

中国から伝わった精進料理の一種「巻繊(けんちん)」を語源とする説もある。細切りの豆腐と野菜をゆばで巻いた揚げ物で、それを汁物にアレンジしたとも考えられる。いずれにせよ、野菜の切れ端まで残さず有効活用してフードロスを減らす料理として考案されたのであろう。

気になるのがその味だ。建長寺内に参拝者向けの食事施設はないが、隣接する茶寮「点心庵(てんしんあん)」では、吉田正道(しょうどう)老師直伝レシピの建長汁を賞味できる。植物性素材だけとはいえ、しいたけだしとごま油が効いて滋味深い。セットの塩むすびとも相性抜群で、最後の一滴まで飲み干してしまう。

参拝で心を満たし、建長汁で腹も満たせば、自ずと食への感謝が湧いてくるはず。五観之偈の精神にのっとって「いただきます」「ごちそうさまでした」と手を合わせよう。

建長寺門前にある点心庵の名物「伝承 建長汁」。漆器の椀には吉田老師の書が彫られている(原田寛撮影)
建長寺門前にある点心庵の名物「伝承 建長汁」。漆器の椀には吉田老師の書が彫られている(原田寛撮影)

円相から坪庭がのぞく「坐禅堂」。店内のしつらえも見ごたえ充分だ(原田寛撮影)
円窓から坪庭がのぞく「坐禅堂」。店内のしつらえも見ごたえ充分だ(原田寛撮影)

地元食材にこだわったカレーやスイーツも楽しめる。参拝の折に立ち寄りたい(原田寛撮影)
地元食材にこだわったカレーやスイーツも楽しめる。参拝の折に立ち寄りたい(原田寛撮影)

【参考資料】

  • 大本山建長寺監修『建長寺と鎌倉の精進料理』(学研)

写真・監修=原田 寛
文=ニッポンドットコム編集部

バナー写真:大根鉢に行脚する建長寺の修行僧。その姿は「食は修行」と感じさせる(原田寛撮影)

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