「セイコーミュージアム銀座」で時の旅:精巧な時計を追求し続ける“ものづくり精神”に触れる

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国際的時計メーカー「セイコーグループ」は140年余り、伝統ある本場スイスに学びながら、独自のものづくりで世界をけん引してきた。同社の技術革新の軌跡を知り、時計の歴史も学べる「セイコーミュージアム銀座」(東京都中央区)が外国人に人気だ。

セイコーのブティックが集まる銀座

日本屈指の繁華街・銀座は、インバウンドが集まる観光名所でもある。世界中の高級ブランドの洗練されたショップが立ち並ぶ一方で、歌舞伎座をはじめ古美術商や老舗飲食店も充実し、最新トレンドと伝統が混在する街並みが魅力だ。

“和光ビル”の通称でおなじみの「セイコーハウス」。西隣(左)に「銀座・和光アネックス ティーサロン」、さらに隣に腕時計のショールーム「セイコードリームスクエア」が軒を連ねる
“和光ビル”の通称でおなじみの「セイコーハウス」。西隣(左)に「銀座・和光アネックス ティーサロン」、その隣に腕時計のショールーム「セイコードリームスクエア」が軒を連ねる

銀座のランドマークといえば、4丁目交差点を見下ろす時計塔が目印の「セイコーハウス銀座」である。セイコーグループの創業者・服部金太郎が前身の服部時計店本社ビルとして1894(明治27)年に完成した。現在の建物は1932(昭和7)年完成の2代目で、戦後から同社の小売り部門「和光」の本店として親しまれてきた。

また近隣には、最高級腕時計ブランド「グランドセイコー」の旗艦店など複数のショップが点在する。まさに銀座は、セイコーファンの聖地ともいえる場所なのだ。

「グランドセイコーフラッグシップブティック銀座並木通り」
「グランドセイコーフラッグシップブティック銀座並木通り」

そんな街に2020年、満を持して誕生したのが「セイコーミュージアム銀座」である。企業博物館の枠を超え、海外や江戸時代の時計、関連資料など650点を展示し、「人と時の関係」に思いをはせられると人気だ。その評判は口コミで広がり、25年度の来館者は6万3000人を超え、うち半数以上を外国人が占めている。

「セイコーミュージアム銀座」エントランス
「セイコーミュージアム銀座」エントランス

前身は1981年、墨田区にあった工場「精工舎」の一角に設けられた資料館である。銀座に移転した理由は「創業地であり創業者の生誕地。セイコーグループの歴史の発信拠点に最適だった」と、同館主査の中原雄毅さんは説明。「グランドセイコーの愛好者が買い物のついでに来館したり、展示で購入意欲を高めた方が店舗を訪ねたり」といった好循環も生まれているという。

グランドセイコーの展示室を案内する中原さん
グランドセイコーの展示室を案内する中原さん

江戸期の和時計は必見

セイコーミュージアムが面する並木通りは、世界の高級時計の専門店が集まることから「時計通り」とも呼ばれる。入り口に立つ高さ5.8メートルの大型振り子時計が目印だ。

開館中ならいつでも無料で入館できるが、混雑時には人数を制限するのでネット予約しておくのがおすすめ。1階には受付の他、服部金太郎の生涯を描いた映像が流れ、特製グッズも買うことができて、ファンなら見逃せない。

2階から6階、地下1階はフロアごとにテーマが異なる展示室。ここでは時代順に巡り、見どころを紹介していく。

日時計(展示は1700年代のもの)や初期の振り子式塔時計などを展示
日時計(展示は1700年代のもの)や初期の振り子式塔時計などを展示

まずは約7000年前に登場した日時計に始まり、世界各地のさまざまな時計が集まる3階へ。目玉は16世紀に欧州伝来の機械式時計を参考に生み出された「和時計」で、世界有数のコレクションを誇る。

欧州では14世紀初頭に機械式時計が登場し、普及と共に定時法へと移行したが、日本は明治初期まで不定時法のままだった。昼夜をそれぞれ6等分した1単位を一刻とし、その長さが日々変化する複雑な時刻制度のため、これに対応する独自機構の和時計が使われ続けたのだ。

展示には国宝・犬山城天守に設置されていたという台時計や、目盛りが縦に並ぶ尺時計、指針が自動的に伸び縮みして季節に応じた時刻を指し示す掛け時計などもある。

江戸時代の和時計。文字盤と鐘の音で時刻を知らせた
江戸時代の和時計。文字盤と鐘の音で時刻を知らせた

左:2.18メートルの台時計 右:おもりを指針にした尺時計
左:2.18メートルの台時計 右:おもりを指針にした尺時計

良品と信頼を基に「時計王」となる

2階は服部金太郎による創業期を紹介する。1860(万延元)年に銀座で生まれた服部は、明治維新を機に西暦や定時法に変わった世情に商機を見いだし、時計商を志す。時計修理店で奉公した後に独立し、1881(明治14)年、銀座に服部時計店を構えた。外国商館の信頼を積み重ね、洋時計を主軸に事業規模を拡大していった。

服部の生涯をたどる2階
服部の生涯をたどる2階

創業から11年後には時計製造工場「精工舎」を設立し、柱時計や目覚まし時計の生産を開始。その後も国産初の懐中時計や腕時計を開発するなど、小型化と高精度化を追求していく。特に目覚まし時計は安価で品質が良いと海外で評価が高まり、大量に輸出された。

展示では初期製品のほか浮世絵や古写真を通じて、服部が「東洋の時計王」と呼ばれるに至った足跡をたどる。また、西洋から「時間にルーズ」と評されていた日本人が意識を変化させた背景もうかがえる。

左:創業期には輸入懐中時計の販売で事業を軌道に乗せた 右:1913(大正2)年に製造した国産初の腕時計「ローレル」
左:創業期には輸入懐中時計の販売で事業を軌道に乗せた 右:1913(大正2)年に製造した国産初の腕時計「ローレル」

あくなき精度の追求が時計の歴史を変えた

4階はセイコーの精度向上の歩みをたどる。1968年には時計の精度を競うスイスのジュネーブ天文台コンクールにおいて、機械式時計で4位から10位までを独占した。スイス製クオーツ時計に次ぐ高い評価で、セイコーの技術が世界と肩を並べた瞬間といえる。

開発の歴史をたどる4階
開発の歴史をたどる4階

左:1960年発売の「初代グランドセイコー」。国産腕時計で初めてスイス・クロノメーター検査基準優秀級と同等の精度を実現した 右:69年の「クオーツアストロン」
左:1960年発売の「初代グランドセイコー」。国産腕時計で初めてスイス・クロノメーター検査基準優秀級と同等の精度を実現した 右:69年の「クオーツアストロン」

一方で、電圧によって発生する水晶の振動を利用したクオーツ式時計にも取り組み、1969年に腕時計では世界初となる「クオーツアストロン」を発表。精度は機械式の100倍以上だった。

さらに、元々はドアほどの大きさだった機構を腕時計に収めることに10年越しで成功しながら、セイコーはその特許技術を公開。これによりクオーツ式腕時計は世界中に広まった。

世界に先駆け1982年にテレビ付(上)、84年にはコンピューター付腕時計も発売
世界に先駆け1982年にテレビ付(上)、84年にはコンピューター付腕時計も発売

中央は1953年、日本初のテレビCMに登場した目覚まし時計
中央は1953年、日本初のテレビCMに登場した目覚まし時計

5階ではファッションウオッチや衛星電波時計など、多様化した近年の製品が紹介される。特に注目なのが、電池が不要な機械式でありながらクオーツ式の精度を持つ「スプリングドライブ」だ。唯一無二の機構は精度の追求の結晶といえる。

6階は歴代のグランドセイコーがずらりと並ぶ。ここを目当てに来館するファンも多いそうだ。

スプリングドライブ式グランドセイコー「9R」シリーズ
スプリングドライブ式グランドセイコー「9R」シリーズ

国際スポーツ大会にも技術で貢献

地下1階では、深海や宇宙など特殊な環境に対応した専用ウオッチと、スポーツ計時機器を展示する。セイコーが初めて国際スポーツ大会の計時を担当したのは、1964年東京五輪。五輪や世界陸上といった大型大会では、競技ごとの計時・計測機器に加えて、画像解析システムやオペレーションチームなどが必須になる。これらをトータルで提供できる企業は、世界でも数社しかないという。

左下のスターティングブロックは、2009年の世界陸上で100メートル走の世界新記録9秒58を樹立したウサイン・ボルトが使用したもの
左下のスターティングブロックは、2009年の世界陸上で100メートル走の世界新記録9秒58を樹立したウサイン・ボルトが使用したもの

中原さんは「海外でもセイコーの認知度は高いものの、世界を目指して技術を磨いた歴史まで知られているわけではない。訪れた方に、信頼されるブランドへと成長した背景が分かったと言われることが喜びです」と意義を感じている。品質にこだわりながら、社会の発展に貢献する日本の“ものづくり精神”に触れてみてはどうだろう。

気密性・耐久性を極めた腕時計はダイバーや登山家、宇宙飛行士に愛用されている
気密性・耐久性を極めた腕時計はダイバーや登山家、宇宙飛行士に愛用されている

セイコーミュージアム銀座

  • 住所:東京都中央区銀座4丁目3-13
  • 開館時間:午前10時30分~午後6時
  • 休館日:月曜日、年末年始
  • 料金:無料
    *詳細・予約は公式サイトを参照

取材・文=加藤まどみ(技術系ライター・編集者)

撮影=ニッポンドットコム編集部

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