水越武が捉えた北海道の大自然

【Photos】自然の恵みをもたらす海

環境・自然・生物 美術・アート 地域 旅と暮らし

北海道は3つの海に囲まれている。太平洋、日本海、そしてオホーツク海だ。写真家・水越武はオホーツク海から30キロほど離れた内陸部の屈斜路湖畔に暮らし、北海道の自然と向き合ってきた。85歳を迎えた今も、道内各地に足を運び、シャッターを切る。シリーズ第1回は、四季折々の海の表情を紹介する。

北海道が位置するユーラシア大陸北東の沿岸は、地球上で最後まで未知のままでとり残された海域であった。パタゴニアから南極大陸にかけての海域とともに、世界地図への正確な記載が最も遅れた地域である。

世界地図に初めて北海道を記載したのはイタリア生まれの神父アンジェリスで、江戸時代初期の1621年のことであった。その地図には本州よりも3倍以上も大きく「エゾ国」と描かれている。

本州と北海道は津軽海峡によって隔てられている。下北半島あるいは津軽半島から最も近い北海道の沿岸部までは、わずか20キロほどしか離れていないが、夏は濃霧にはばまれることが多く、冬は大陸からの北西の季節風によって波が荒くなるため、往来は困難を極めた。そのために北海道の地形の概略が知られるようになるのは、幕末の探検家・松浦武四郎の6回にわたる踏査まで待たなければならなかった。

対馬海流、流氷、親潮が育んだ北海道の海

北海道は日本海、オホーツク海、太平洋の3つの大きく特徴の異なる海に囲まれている。

日本海は北上してくる対馬海流が冬の季節風に影響を与え、沿岸から山間部にかけて豪雪をもたらす。オホーツク海は、冬から春にかけて流氷がやってきて氷海となる。太平洋はプランクトンで真っ黒に染まった寒流・親潮が南下するため、サケやサンマ、イワシなどの魚が大量に集まってくる。

3つの海の中で最も北海道らしいのはオホーツク海だろう。私が暮らすのはオホーツク海から30キロほど内陸の屈斜路湖の湖岸で、日頃はその存在を身近に感じることはほとんどない。しかし年に1度流氷が接岸する時期になると、一気に冷え込みが厳しくなる。カルデラ湖のために水深があり本来なら凍りにくい屈斜路湖が結氷を始め、白い湖へと変化していく。

流氷が強風によって寄せられたオホーツク海の海岸

流氷が強風によって寄せられたオホーツク海の海岸

最近は温暖化のせいか流氷がオホーツク海全体を覆うような勢いは失せ、その面積も激減し、接岸期間も短くなりつつある。私はこの地に移り住んで35年になるが、かつて厳冬期には氷点下30度にもなった過酷な冷え込みがこの頃は緩んできて日々の生活は楽になってきた。しかし、その一方で北海道の過酷な自然が失われていくようで一抹の寂寞感(せきばくかん)を覚えてしまう。

アムール川がもたらす自然の恵み

北半球の海で北緯43度まで押し寄せる流氷は世界的にも珍しい。北緯43度といえば地中海の北部、北大西洋ではボストンの沖合の緯度だ。このオホーツク海の流氷のメカニズムも近年は科学調査が進み、衛星写真も使い、ロシアなどを加えた国際共同研究で少しずつ解明されてきた。興味深いその辺りをもう少し詳しく記したい。

オホーツク海は南半球を含めても、最も低緯度で流氷が分布する特異な地域となっている。その理由はオホーツク海の地形とシベリアのアムール川にあると考えられる。アムール川からオホーツク海に流れ込んだ大量の川水が流氷の母体になっているのである。流氷を口に入れてみると、海水でなく淡水からできたことがよく分かる。私は春にシベリアのバイカル湖を訪れた帰りにハバロフスクからアムール川の河口近くを見に行ったことがあるが、対岸がかすむような大河で、雪解け水を含んだ猛烈な水量に圧倒された。

11月に入ると、アムール川から流れ込む大量の淡水がオホーツク海の塩分の濃い海水の上で凍り始める。そして厳冬期に向けて気温が低下するにつれて、時間をかけて結氷の範囲を広げていく。氷塊は北西の季節風に運ばれて南下し、北海道のオホーツク海沿岸に着岸するのは例年1月下旬である。

氷と雪に閉ざされた白銀の海は波の音も無く、明るく、全てのものが動きを止め、静寂が支配しているように見える。しかし早朝と夕暮れの時間帯には流氷が連れてきた生き物たちが元気に活動している。

根室半島を回り込んで太平洋を南下する流氷原の地平線から昇る太陽

根室半島を回り込んで太平洋を南下する流氷原の地平線から昇る太陽

多様な生物が暮らすオホーツクの海

冬のオホーツク海に暮らすオオワシやオジロワシなどの猛禽(もうきん)類はよく知られているので、ここでは視点を少し変えてアザラシの仲間に目を向けてみよう。

それほど数は多くないがオットセイなども生息しているし、流氷の上で出産するゴマフアザラシとクラカケアザラシはよく見かける。ゴマフアザラシは海岸近く、クラカケアザラシは外洋で見かけることが多いのはエサの違いによるものと思われる。

近年、北海道の沿岸でラッコの姿を見ることも珍しくなくなった(霧多布岬)

近年、北海道の沿岸でラッコの姿を見ることも珍しくなくなった(霧多布岬)

絶滅危惧種も含めこれらの多様な生き物は海の恵まれた資源によって支えられている。それは流氷が植物プランクトンを大量にもたらすからだ。これをエサとする動物プランクトンや小魚が育ち、スケトウダラやイカなどが集まってくる。そんなつながりによってオホーツクの海は、類を見ない豊かな世界となっている。

荒波に角を削られた流氷は接岸する前に見られる

荒波に角を削られた流氷は接岸する前に見られる

またオホーツク海沿岸は、山が迫る知床半島以外は断崖絶壁や岩礁帯の海岸線が少なく砂浜が多い。そのため砂嘴(さし=海流に運ばれた砂によって作られた地形)や砂州によって海から隔てられてできる海跡湖がたくさん見られる。クッチャロ湖、サロマ湖、能取湖、風蓮湖など、海水が出入りする汽水湖である。春と秋にはおびただしい数のガンやカモの渡りの中継地となっているのもオホーツク海の特徴といえよう。

サロベツ原野の海岸から絶海の孤島・利尻島の利尻岳を望む(日本海)

サロベツ原野の海岸から絶海の孤島・利尻島の利尻岳を望む(日本海)

スガモが強い日差しに枯れ、海藻との色調が美しい(知床半島)

スガモが強い日差しに枯れ、海藻との色調が美しい(知床半島)

干潮時に海面から現れた天然のコンブは長さが3メートルを超す(厚岸)

干潮時に海面から現れた天然のコンブは長さが3メートルを超す(厚岸)

波打ち際のカモメの群れ(オホーツク海)

波打ち際のカモメの群れ(オホーツク海)

海水を飲む珍しい習性を持つアオバトが、太平洋の海辺近くの森で子育てをするために北海道に渡ってくる

海水を飲む珍しい習性を持つアオバトが、太平洋の海辺近くの森で子育てをするために北海道に渡ってくる

産卵のためオホーツク海から知床の川に遡上(そじょう)するサケの群れ

産卵のためオホーツク海から知床の川に遡上(そじょう)するサケの群れ

ヒグマから逃げるのに必死のカラフトマス(知床半島)

ヒグマから逃げるのに必死のカラフトマス(知床半島)

波しぶきが強風にあおられて虹が立つ(オホーツク海)

波しぶきが強風にあおられて虹が立つ(オホーツク海)

冷たい親潮の上を吹き渡ってくる寒風によって海霧が発生することが多い道東の海岸

冷たい親潮の上を吹き渡ってくる寒風によって海霧が発生することが多い道東の海岸

日高山脈が太平洋の海底まで続く襟裳岬(太平洋)

日高山脈が太平洋の海底まで続く襟裳岬(太平洋)

流氷の上を飛翔(ひしょう)するオオワシ。冬には世界のオオワシの半数が北海道に集まる

流氷の上を飛翔(ひしょう)するオオワシ。冬には世界のオオワシの半数が北海道に集まる

写真と文=水越 武

バナー写真=ウトロの浜に打ち上げられたサンマは一夜にして波にさらわれていった。想像を超えた海の自然現象

写真集書影

自然写真界の巨匠・水越武が、1972から2022年までの半世紀にわたって北海道各地で撮影した全180枚を収録する『アイヌモシリ:オオカミが見た北海道』(北海道新聞社刊 / 英文併記 B4変型判、204ページ。6050円)。タイトルには「エゾオオカミが徘徊(はいかい)していた100年前の北海道は、地球上で最も美しい自然が息づいていたに違いない」との思いが込められているという。監修を担当した北海道大学・小野有五名誉教授(自然地理学)の学術的な解説も読み応えがある。nippon.comの〈水越武が捉えた北海道の大自然〉シリーズでは、北海道新聞社の協力の下、写真集に収録されている写真の一部をテーマごとに紹介していく。

北海道 自然 写真 海洋 野生生物 野生動物 写真集 自然環境 写真家 シリーズ「水越武が捉えた北海道の大自然」