水越武が捉えた北海道の大自然

【Photos】北の大地を彩る植物の春夏秋冬

環境・自然・生物 地域 旅と暮らし

世界的な山岳写真家・水越武は88歳となった今も道内各地の山に入り写真を撮り続けている。北海道の植物が見せる四季折々の表情を紹介する。

本州と北海道を分ける津軽海峡には、幕末から明治初期に函館に住んだ博物学者・ブラキストンが提唱した「ブラキストン線」と呼ばれる生物分布の境界線が引かれている。しかしこれはヒグマやシマフクロウなど動物分布の境界線であり、植物には当てはまらない。

鮮やかな6月の新緑

鮮やかな6月の新緑

東北地方に多く見られるブナは冷温帯の落葉広葉樹林を代表する樹木だが、津軽海峡を超えて、道南にまで分布が及んでいる。函館と札幌の中間点に位置する黒松内町の歌才ブナ林は、1928年にブナの自生北限地として国指定の天然記念物となった。そしてその後、ここより8キロ北の白井川上流にも立派なブナの原生林が分布していることが知られるようになった。また「高山植物の女王」として人気の高いコマクサなども、北アルプスから北上して大雪山や知床の山などに分布している。植物の分布にはさまざまな要因が影響しているが、月平均気温や地質、降水量なども絡んでくるし、地史とも関わりが深い。

針葉樹と広葉樹が混じり合う森

北海道の森林は時間をかけて激しく変動した地史と、何度も押し寄せた大きな気候変動の波によって変遷を遂げてきた。古くは亜熱帯の森林が生い茂っていたこともあったという。このようなことも化石や花粉の研究によって解明されている。それが幾度かの氷河期を経て、最終氷期が終わると気候は急速に温暖化し、6000年ほど前に現在私たちが目にするような「針広混交林」と言われる森林の姿になった。

針広混交林は、シベリアの北方針葉樹林帯(タイガ)と本州以南に広がる広葉樹林帯との植生帯が相互に混じり合う森林だ。樹種を細かく見ていくと、ミズナラ、カツラ、シナノキ、ハルニレ、ヤチダモなど広葉樹の中に、トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツなどの針葉樹が混生している。こうした森が広範囲に見られるのも北海道の植生ならではと言える。

東大雪の針広混交林

東大雪の針広混交林

変化に富んだ多彩な植生

もう一つ北海道の森林の特徴として挙げなければならないのは、林床がチシマザサの群生に覆われていることだ。深い森の中は光が届かず薄暗いだけでなく、ササが密生している。そのためエゾマツなどは、高齢化して樹木が消えた森林に苗木が生え、世代交代を図る「倒木更新」という方法以外では次世代の若木を育てられない。こうしたさまざまな要因によって、北海道には変化に富んだ多彩な森が形成されている。

雪解けを待っていたようにミズバショウの花が咲き始める

雪解けを待っていたようにミズバショウの花が咲き始める

網走国定公園内にある小清水原生花園に咲き誇るノカンゾウ。6月中旬を過ぎると北海道の大地は開花の季節を迎える

網走国定公園内にある小清水原生花園に咲き誇るノカンゾウ。6月中旬を過ぎると北海道の大地は開花の季節を迎える

落葉広葉樹林の林床を覆うエンレイソウとニリンソウの花

落葉広葉樹林の林床を覆うエンレイソウとニリンソウの花

これ以外にも河川や湖沼の近くには湿地帯林があり、ハンノキやヤナギの群落が見られる。さらに山地の沢筋ではカツラ、ヤチダモ、ハルニレなどの森が広がる。火山の多い北海道では火山灰地を好むカシワの林が多く、冬も美しい黄色の大きな葉をつけている。特に十勝や苫小牧の海辺に多く生え、高波の音を消すほどだ。また山火事や崩落でできた裸地にはまずシラカバが生える。シラカバは木肌が白く美しいこともあって高原や北国では人気が高い。

チングルマの花

チングルマの花

チングルマの綿毛

チングルマの綿毛

チングルマの紅葉

チングルマの紅葉

9月に入るとキノコの季節が到来する。倒木に生えたタモギタケ

9月に入るとキノコの季節が到来する。倒木に生えたタモギタケ

食虫植物のナガバノモウセンゴケに捕まったトンボ

食虫植物のナガバノモウセンゴケに捕まったトンボ

赤いナナカマド、黄色のダケカンバとヤナギ、緑のハイマツなど彩りも鮮やかな大雪山の錦秋

赤いナナカマド、黄色のダケカンバとヤナギ、緑のハイマツなど彩りも鮮やかな大雪山の錦秋

夏は楽園、冬は生命を拒絶する銀世界

北海道で私が最も魅せられてきたのは高山の植生である。高山で標高を上げれば、ダケカンバやナナカマドが目に入ってくる。

森林限界のダケカンバ

森林限界のダケカンバ

さらに登って森林限界を越えるともはや背の高い木は生育できず、緑のハイマツが山肌を包む。ハイマツは漢字で「這松」、樹高は1メートルほどだ。ここは気温が極めて低く厳しい自然環境だが、夏の短い間だけ雪の残る沢筋に高山植物が育ち、さまざまな色の花を咲かせる。大雪山では、北極を中心とする北方地域に広く分布するチョウノスケソウの花と出会うこともできる。この植物の存在はこの地に氷河が到達した証しでもある。コケや地衣類、低木が点在する高山ツンドラは短い夏の間だけ楽園となるが、冬になると生命を拒絶するような白銀の世界に一変する。そうした北海道の植生が織りなす鮮やかなコントラストや奇跡のような光景を求め、これからも森に分け入り、撮影を続けていくつもりだ。

モノトーンの雪景色の中、トクサの緑が目にしみる

モノトーンの雪景色の中、トクサの緑が目にしみる

道東の山々は例年11月中旬には根雪になる

道東の山々は例年11月中旬には根雪になる

自然写真界の巨匠・水越武が、1972から2022年までの半世紀にわたって北海道各地で撮影した全180枚を収録する 『アイヌモシリ:オオカミが見た北海道』 (北海道新聞社刊 / 英文併記 B4変型判、204ページ。6050円)。タイトルには「エゾオオカミが徘徊(はいかい)していた100年前の北海道は、地球上で最も美しい自然が息づいていたに違いない」との思いが込められているという。監修を担当した北海道大学・小野有五名誉教授(自然地理学)の学術的な解説も読み応えがある。nippon.comの〈水越武が捉えた北海道の大自然〉シリーズでは、北海道新聞社の協力の下、写真集に収録されている写真の一部をテーマごとに紹介していく。

写真と文=水越 武

バナー写真:上空に白い虹が二重にかかった森林限界のハイマツ帯

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