エネルギー政策 日本の岐路

海洋エネルギーの可能性

科学 技術

エネルギー源の多様化を目指す動きが強まるなか、膨大な潜在能力を秘めた海洋エネルギーへの関心が高まっている。日本における海洋エネルギー利用の可能性と、研究開発の現状と課題を探る。

欧州に遅れをとった日本の海洋エネルギー研究開発

1973年の第一次石油ショックを契機に始まった海洋エネルギー利用研究ブーム以来、日本は1998年まで海洋エネルギー利用の研究開発のトップに立ち続けていた。しかし、2回の石油ショックも過ぎ去り、いつしか海洋エネルギー利用の実海域実験を行う国が数少なくなる中、どうしても発電コストを140円/kWhから引き下げることが出来ず独立行政法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)による三重県五ヶ所湾でのマイティーホェール(※1)の実験を最後に実海域のプロジェクトを終えてしまった。

しかし、英国、ポルトガル、ノルウェーでは研究開発を続けていた。図1に示すように浮体式洋上風力を含めた海洋エネルギーの実証機の実海域試験の発電容量は着実に10年に10倍の速度で進んでいる。日本が休止している間に外国では着実に、潮流発電の実証機 SeaGen、波力発電のPelamis そして、これからの再生エネルギーの主力となる浮体式洋上風力のHywind の実証試験が行われてきた。残念ながら日本は1周どころか2周、3周遅れで取り残されてしまった。この原因はいろいろ挙げられる。まず、地球温暖化が強く叫ばれるようになり、化石燃料の使用を制限し始めたことが大きい。次に、欧州のお膝元の北海油田の枯渇が間近に迫ってきたことでエネルギー・セキュリティーとともに、雇用創出の面でも欧州では海洋エネルギーに親和性があったことがある。第3の理由は第2と多少重なるが、荒海での深海石油開発で蓄積された海洋技術の活用先として積極的に取り組まれた結果である。

2050年エネルギー事情のシナリオ 

いろいろな予測があるが、平均的なものとしてトロント大学教授のダニー・ハーヴェイ(※2)は各種の仮定のもと、2050年の世界のエネルギー事情を次のように予測している。

  • 6000-12000GWの風力エネルギー発電量
  • 6000-12000GWのCSTP(太陽熱)発電量
  • 3000-4000GWのBiPV(建材一体型太陽光発電)またはPV(太陽光発電)の発電量
  • 多少の地熱とバイオマス発電、および水力発電量の増加
  • 主要な再生可能エネルギー資源のある地域と主要な需要地域を相互接続する高圧直流送電施設
  • 想定された40年の耐用年数を超える既存の原子力発電所すべての廃炉

上記のすべてが達成されるとしているが、この中の風力の大半が洋上、しかも沖合に設置される。また、ダニー・ハーヴェイは触れていないが、沖合浮体式洋上風力の拡大により波力発電、潮流発電の系統接続、施工、保守のコストが劇的に低減する。

すなわちグローバルな観点からは基幹の再生エネルギーは風力、太陽熱が主体となり、その半分位の量の太陽光、そして多少の地熱とバイオマス発電、それに加えて波力、潮流、温度差の海洋エネルギーとなるだろうと考えられる。一方、大陸間の系統海底ケーブルのコスト高と、後に述べるように「電力網インピーダンス」の見直しが大々的に行われ、地産地消のローカルグリッドの整備も進むはずである。そこに中小規模でも経済的な潮流・波力といった海洋エネルギーが活躍すると思われる。

国際競争力のある技術開発を

一方国内の他の再生エネルギーとのコスト比較では、現在は実証試験が未了のため確かではないが、今後順調に実証試験が進めば2020年段階では他の再生エネルギーと比べて遜色ないコストとなると考えられている。(表1)

日本の周りの海洋エネルギーの近い将来利用可能な離岸距離30km、水深100m以浅のポテンシャルを表2に示す。欧米では水深100m以深の係留が現在の技術開発のターゲットであることを考えると、より深い水深のポテンシャルも今後の利用対象であり、それはこれらの表の値の数十倍になり、膨大なエネルギー資源が日本の周りに存在することが分かる。ただし国際競争ではむしろ後発に属し、さらに人件費の高い日本での開発には特段の注意が必要である。他の多くの再生エネルギーと同様に海洋エネルギーでも国際競争力のある技術開発が肝心である。海洋エネルギーの種類、その中のシステムのどの部分に集中して技術開発を行うかについて細かく取捨選択し、戦略的に集中した研究開発投資が大切である。

表1 新エネルギーの経済性

 現在201520202030
太陽光 (26〜40円/kWh) 23円/kWh 14円/kWh 7円/kWh
陸上風力 9〜15円/kWh   7〜11円/kWh 5〜8円/kWh
洋上風力 (9〜15円/kWh)   12〜17円/kWh 8〜11円/kWh
太陽熱 13〜30円/kWh   10〜15円/kWh 5〜17円/kWh
波力 (30〜50円/kWh) 〜40円/kWh 〜20円/kWh 5〜10円/kWh
海洋温度差   40〜60円/kWh 15〜25円/kWh 8〜13円/kWh

参考:NEDO再生可能エネルギー技術白書、2010年

表2 離岸距離30kmかつ水深100m以浅の海洋エネルギーポテンシャル

  洋上風力波力海洋温度差海流潮流潮汐
最大利用可能発電力(TWh/年) 現状技術レベル 524 19 47 10 6 0.38
将来技術レベル 723 87 156 10 6 0.38
原発相当   118基分         
電力管区最大利用可能発電力 [MWh/年]
波力(現状)波力(将来)温度差(現状)温度差(将来)
北海道電力 0 7,236,461 0 244,404
東北電力 0 15,651,842 0 13,339,728
東京電力 10,696,748 25,897,889 19,268,496 53,658,504
北陸電力 0 6,731,359 0 5,077,296
中部電力 0 0 0 5,234,976
関西電力 0 1,910,293 654,372 3,894,696
中国電力 0 133,240 0 4,446,576
四国電力 0 0 504,576 4,706,748
九州電力 0 9,295,762 4,446,576 29,588,652
沖縄電力 8,175,971 20,302,351 22,051,548 35,651,448
合計 18,872,719 87,159,197 46,925,568 155,843,028
原発相当 3.6基分 17基分 8.9基分 30基分

出所:NEDO

新世代の送電システム導入が必須

前節で述べたように膨大な海洋再生エネルギー資源がありながら、日本が海洋エネルギー研究開発で1周どころか2周、3周も遅れてしまった理由は何処にあったのか考えてみよう。まず海洋エネルギーに限らず再生エネルギーの導入が残念ながら欧米に比べ大幅に遅れている。水力を除いた再生エネルギーが欧米の積極的な国々ではすでに約10%であるのに対して日本は1%に満たない。

まず第1の問題として日本の送電システムが挙げられる。変動電源としての自然エネルギーを大幅に基盤エネルギーに導入するためには、次の3段階があると考えられる。

第1段階:総発電量の数%までは導入目標を設定して、日々の電力需要と発電量の予測を行う集中管制で調整可能である。欧州で現状行っている方式である。わが国の場合は、各電力会社間の基幹系統の増強も必要である。

第2段階:第3段階への準備期間で総発電量の30%位までで、スマートグリッドを地域ごとの特性に合わせて整備して分散管制の需要調整を取り入れるとともに揚水発電(余剰電力を用いて、下の池から上の池に水を汲み上げておき、必要時に落下させ、水力発電と同様に水の力で水車を回転させて発電するエネルギー貯蔵法)の増設と積極的利用、定置型蓄電池等の平滑化インフラの充実が必要になる。

第3段階:総発電量の40~50%を賄うために、新世代電力潮流制御技術、すなわち電力網インピーダンスの大々的な見直しをして地産地消のローカルグリッドを全国レベルで整備するとともに、突発的な発電所脱落に対応する電力ダム(大型定置型蓄電池と揚水発電)を建設し、電力負荷に応じた電力網スイッチングシステムを導入する。

2050年までに日本でもこのような電力網になるであろうし、ならねばならないと思う。さもなくばエネルギー需要を旧弊の電力網に合わせ、計画停電に甘んじ、その結果として経済停滞に甘んじざるを得なくなる。逆に電力網の革新を成し遂げていけば、再生エネルギーを地産地消し、地域振興も進むことになる。地産地消には超大型のウィンドファームよりも自由に小型に対応可能な波力発電、潮流発電が地域によっては重要な選択肢になってくる。

実証試験場の確保と海域利用の合意形成

海洋エネルギーの開発研究が欧米に比べ大幅に遅れている第2の問題は、実証試験場が設置されてこなかったことが挙げられる。荒海に設置される海洋エネルギー開発には設置費推定、稼働率推定、耐久性推定、維持費推定に実海域での実証実験が必須であるが、実証試験に伴う費用・労力は大変大きく、試験海域の確保のための既存海面利用者との合意形成にも大変な費用・労力がかかる。さらに幾種類もの煩雑な許可申請の手続きが必要である。そのように多大な費用と労力をかけても、実験終了時には撤去しなくてはならず、それにもまた大きな費用が必要になる。データをモニターするための計測器やケーブル等の整備は一回限りの使用で無駄が大きい。そのため、欧州では10年以上前から海洋エネルギー利用実証試験場が整備され、今では欧州各地で10箇所以上稼働している。次節で述べるように日本でも最近やっと海洋エネルギー実証試験サイトの計画が動き始めた。今後これらの実証試験サイトで次々と高性能、低コストの国際競争力のある装置が開発されることを期待したい。

海洋エネルギーの開発研究が欧米に比べ大幅に遅れている第3の問題は、海域利用の合意形成の難しさである。海洋エネルギーを利用しようとする海域は、そこで漁業を営む漁民や航路として利用している汽船会社等の利害関係が錯そうする。欧州では1990年代後半から洋上風力が展開されるに伴って、洋上風力発電の沖合展開とともに漁業者との調整、国家間の調整の必要から合理的な問題解決の方法が探られ、今では海洋空間計画(Marine Spatial Planning)や統合的海洋管理(Integrated Ocean Management)による合意形成の手法が進んでいる。すなわち地域の環境、漁業活動、海上交通等について順応的に計測可能な情報でもって、多層のレイヤーを使った合意形成の方法による海洋空間計画が一般化しつつある。

日本でも海上保安庁がシーズネット(CeisNet)というWeb-GISを土台にして海域の情報を理解、把握するための「海洋台帳」を制作した。今後は海洋空間の利用に関する合意形成が合理的に迅速に進むことが期待される。海洋エネルギーの場合、おもに次の要素が適地選定の情報になる。

  • 海洋再生エネルギー賦存量
  • 水深、底質、波浪、風、潮流
  • 漁業情報(漁業権、漁法ごとの許可漁業等)

実はこれらに加えて大いに合意形成に影響を及ぼすのが、下の二点だ。

  • 各漁協の経営状態、内部軋轢(あつれき)の歴史
  • 漁民の進取の気性の大小

現在は漁業組合は電気事業を行うことが水産組合法で禁止されているが、漁業組合も電気事業者として再生エネルギーを作り出し、稚魚生産、陸上養殖、沖合外洋養殖、電動漁船の利用等の新しい水産業に活用してエネルギーの地産地消を進めることが出来るようになることで地域が振興すると考えられる。

再生エネルギー立地は地域住民の「シビックプライド」を生む

現在の電源三法(※3)は単に経済的価値の分配をめざすもので、一定の成果はあったとしても地域振興は限定的と言わざるを得ない。再生エネルギーの立地では、自然環境との共生を基礎とした生き方の自発的選択であり、倫理的価値の未来への発信として地域住民全員の「シビックプライド(civic pride)」(=都市、地域に対する自負や愛着)を生むものであってほしい。

欧米では高度成長期の重化学工業の衰退と共に都市再生の試みや、再生エネルギーを中心としたスマートシティーの試みが既に数多くあるが、残念ながら失敗例が多いのが現状である。数少ない成功例で共通して見いだされることが、地域住民全員の civic prideを生むものが成功しているということである。

幸い我が国でも、既に1998年3月31日に「21世紀の国土のグランドデザイン」が閣議決定されており、沿岸域圏総合管理計画策定のための指針として、総合管理計画の策定および推進の体制としては、沿岸域圏総合管理協議会を作ることが求められている。狭い意味の利害関係者のみならず、行政機関が音頭をとり、民間企業、漁業者、住民、NPO等の関係者の代表者を構成員に、実効性を担保するために参画する多くの主体の合意を得てマスタープランを策定することが決められた。誠に残念なことに、この閣議決定は強制力のある法令にまでならなかったために、実効性を示しているとは言い難かった。そうした中で海洋エネルギー関係者の要望に答えて、内閣官房総合海洋政策本部(総理大臣が本部長、関係閣僚が委員)は2012年5月25日に、大規模な総合実証実験海域の整備により、わが国における海洋再生可能エネルギーの着実な実用化・事業化を目指すことを決定した。

進行中のプロジェクト 

環境省・長崎県五島沖浮体式洋上風力事業

2011~2015年の計画で、2MW級の浮体式洋上風力実証試験が行われている。地域協調構築の実証調査、気象・海象観測、安全設計評価、維持管理、環境影響評価が順調に行われている。世界で3番目の浮体式洋上風力の実証試験であり、今後の地域協調のための環境影響評価法も詳しく検討されている。

長崎県・五島列島中部の椛島沖に設置された「浮体式洋上風力発電」の試験機 写真提供:環境省

 

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の 海洋エネルギー(波力、潮流・海流、海洋温度差)技術研究開発

2011~2015年の計画で4種類(波力1種、潮流1種)の実証試験と2種類(海流、温度差)の革新的要素技術の開発が行われている。 図2は台風襲来時は水中に引き込み過剰な波力を逃がすようにした波力発電ブイである。 図3はプロジェクトウオールを突き出して波エネルギー吸収効率を向上させた防波堤に設置する振動水柱式波力発電(Oscillating Water Column: OWC)である。 図4は日本発の技術であるジャイロを利用したパワーテイクオフ機構をもつ波力発電である。 図5は経済性で大変重要な保守点検を容易にするための着脱可能な潮流発電である。これら4事業が海域での実証試験であり、その他に図6の海中で凧(たこ)を揚げるように係留する黒潮発電と、図7の高性能熱交換器による高効率海洋温度差発電の要素技術開発が行われている。

図2 三井造船の波力発電ブイの発電時のイメージ図。台風にも耐える仕組みだ。 画像提供:三井造船株式会社

図3 防波堤利用プロジェクトウォールつきの振動水中式波力発電(OWC) 画像提供:海洋研究開発機構

図4 日本初の技術:ジャイロ式波力発電 写真提供:株式会社 ジャイロダイナミクス

図5 メンテナンスが容易な海底設置式潮流発電 画像提供:川崎重工業株式会社

図6 IHI、東芝、東大、三井物産戦略研究所が開発する一点係留黒潮発電。 画像提供:株式会社IHI

図7 高性能熱交換器による高効率海洋温度差発電 出典:佐賀大学海洋エネルギー研究センター

 

東北復興のためのクリーンエネルギー研究開発での海洋エネルギー

2012~2016年の計画で船舶用の舵(かじ)と舵を駆動するシステムをそのまま動力の方向を逆転した波力発電装置が被災地に設置される。地元の造船所で製作され、組み立てられ、現地で電力が利用される。地場産業振興、エネルギーの地産地消の実証試験である。

将来の成長・発展のための技術開発

国内に限らないが、日本では特に海洋エネルギーの発展のためにはコスト削減が大切である。すなわち海洋エネルギーは一般的に送電コスト、特に海底ケーブルのコストが大きい。しかし、北海道や東北の一部を除いては、実は山間地での風車建設に比べると沿岸部(near shore)では送電コストも小さく、周りの環境への負荷も小さい。さらに運搬する道路の制約も問題となる大型風車に対して、装置の輸送に関しても障害が少ないので、大型化が可能であり、さらにコストを小さくできる。近未来の沖合(off shore)展開を見越して沿岸のウィンドファームの大型化と、国際競争力の観点から、先を見越した浮体式洋上風力の技術的諸問題に早急に取り組むべきである。浮体式になると設置コストと保守のコスト低減が極めて大切である。作業船の開発と一体化した工法の開発が必須となる。潮流発電、波力発電との組み合わせによるコスト低減も大きな可能性がある。さらに蓄電機能や漁業施設との総合計画による最適化も考慮されるべきである。

(※1) ^ 波の上下運動を効率よく吸収し、電気エネルギーに変換するだけでなく、装置後方の海域を静穏化する機能が期待されている沖合浮体式波力装置。

(※2) ^ Danny Harvey, Carbon-Free Energy Supply, 2010

(※3) ^ 電源開発促進税法・特別会計に関する法律(旧電源開発促進対策特別会計法)・発電用施設周辺地域整備法の総称。1947年制定。電気料金の一部として徴収される電源開発促進税を財源として、発電施設が立地する市町村に対して、電源立地地域対策交付金として還元する制度。公共施設の整備や地域振興事業を支援することによって、発電施設の設置促進および運転の円滑化を図ることが目的。(出典:kotobank.jp)

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