アベノミクスの100日

韓国:「アベノミクス」批判報道の背景と含意

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韓国では「アベノミクス」批判報道が相次いだ。その背景には、李明博政権の「MBノミクス」との同一視がある。二つの成長戦略の根本的な違いを検証する。

「アベノミクス」批判の狂騒報道

踏み込んだ量的金融緩和とインフレ目標、民間を中心とした成長戦略、機動的な財政政策―いわゆる「アベノミクス」に対する韓国メディアの報道はへき易するほど感情的なことがある。「円安空襲で20業種のうち17業種の利益減少」「中小企業の93パーセントに影響」など、メディアには連日、円安が韓国経済を崩壊させるかのような報道が踊った。感情論は(2013年)2月のG20 会合が、韓国が提起したとされる「通貨切り下げの近隣窮乏化効果」に言及せず、むしろ日本の金融政策を黙認したあたりでピークに達した。

ハーバード大学の歴史学者が物価を加味した実質実効為替レートでみれば、過去5年間に世界で最も攻撃的に通貨を切り下げたのは韓国に他ならず、円安批判は偽善、と言及するや(Financial Times 1月25日付)、「このような不公正判定には耳を傾ける理由はなく」、「自分の国のお金の価値を定めるにも他国の気持ちを考えるべき」といった激情論さえ出た(中央日報3月19日付)。

専門家の中には携帯電話や家電など世界シェアを確立したものには円安は問題ではなく、むしろ対日輸入依存度の高い部品や素材のコスト低下にメリットがある、といった冷静な指摘もあった。しかし今度は、李明博政権下では少数大企業のみが躍進し、中小企業に恩恵はなかった、というもうひとつの感情論がこれらをかき消した。韓国の中小企業は下請け型ではいまだ大企業による不公正取引圧力の下にあり、輸出型については為替リスク・ヘッジに向けたやみくもな派生商品販売で多くの企業に損失が発生した記憶が生々しい。円安への感情論はもうひとつの被害者意識により増幅された。

李明博政権の「MBノミクス」とアベノミクス

しかしながら、感情的な報道の本質は韓国メディアがアベノミクスを「MBノミクス」といわれる李明博(Lee Myung-bak)政権の政策と同一視し、特に量的金融緩和を円安操作による輸出主導型景気回復の試み、と理解した点にあろう。

下図は円とウォンの実効為替レートを2010年=100としたものだが、ウォンは資本流入の拡大により、実質・名目とも李明博政権発足の2008年2月までかなり高い水準にあった。実はこの時も韓国内ではウォン高の進行による経済崩壊、といった感情論が爆発した。慌てた李明博政権は先物為替ポジション限度の縮小、外国為替健全性課徴金などを導入し、同時にしばしば市場介入でウォン高抑止に動くようになった。

一時はこれらがOECDの資本自由化規約に違反するとして調査対象ともなり、米国からは市場介入で繰り返し、警告を受けた。他方で、いわゆるリーマン・ショック、欧州財政危機に際しては急激な資本流出への反転が起き、むしろウォンは暴落した。ただし、危機は米国や日本、中国などとの通貨スワップで収拾される一方、「財閥」系大企業は手元流動性を豊富に積み上げており、ウォン下落はその輸出を大きく後押しした。

危機にさらされた李明博政権は一層、政府介入を強めた。韓国は世界主要国の中ではロシアに続く大規模な財政拡大支援に踏み切り、平行して欧州連合(EU)や米国との自由貿易協定(FTA)批准を進めた。公営・独占企業の韓国電力は無理に安価な価格の維持で産業競争力を支え、ついには経営悪化で株主訴訟の対象となった。政府主導の資源開発ではカメルーンのダイヤ鉱山開発に関連した官僚の株価操作事件など、醜聞も表面化した。こうした政府介入の副作用があったにせよ、韓国メディアは、アベノミクスはこうしたMBノミクスによる韓国の躍進を「やっかんだ」日本の後追い、という発想に支配されがちだ。

李明博の「7・4・7公約」

MBノミクスは減税や規制緩和を通じて企業成長、経済成長を推進することを主眼とした。李明博は「7・4・7公約」(年平均7パーセント成長、1人当たり国民所得4万ドル達成、世界で経済規模7位)を掲げた。しかし、ウォン安誘導と財閥をけん引役とした輸出主導による経済成長、グローバリゼーションに伴う国際社会における競争激化により、社会的格差が広がり、青年層の失業率も高くなったことから、社会の不満が高まった。中央日報によると、韓国経済はこの5年間、「ウォン安」を満喫した。米ドルに対しては通貨危機当時を除いて最も安く、日本円に対しては過去最安値水準だった。輸出は「ウォン安」の影響で好調だったが投資や雇用に波及せず、むしろウォン安でインフレ圧力が続き、経済全般の成績は当初の公約を大きく下回った。李明博政権5年間の平均成長率は2.9パーセントだった。

写真=米国との自由貿易協定(FTA)の発効を祝うソウルの市民集会。米韓FTAは数年の交渉を経て、2012年3月15日に発効した。(写真提供=AP/アフロ)

異なる日韓の経済構造・成長戦略

しかしながら、そもそも日本の経済構造やファンダメンタルズは韓国とは大きく異なる。長年、日本へのキャッチアップを意識してきた韓国の関心はハードの製造業競争力に集中してきた。しかし、日本の産業構造はサービス化が進み、もはや製造業がGDPに占めるシェアは20パーセントを切る水準にある。中小企業を含めて海外の生産比率は韓国よりはるかに高く、原発停止を受けたエネルギー輸入の急増で貿易収支は赤字で推移している。産業連関表でみて最終需要の半分を製造業、それも輸出が占める韓国(2010年)との同列視には無理がある。

結果として円安が進行するにせよ、日本は為替管理や資本規制の強化、市場介入した形跡にも乏しかった。結局、日本の量的緩和の目的は円安による輸出拡大というより、デフレに沈む内需の沈静食い止めにあり、同様の政策をとる欧米もこれを認めざるを得なかったのがG20の判断といえよう。

環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加も韓米FTAへの対抗、と決めつけられがちだ。だが、TPPの中で関税撤廃は24作業部会のうちの3部会だけで、輸出依存度の低さや海外生産の進展から、日本は関税撤廃の即効性にナイーブな期待を持てない。TPPへの戦略的関心は農業を除けば競争法、投資家保護、知的財産権など関税交渉以外にある。度重なる円高で広がった海外生産ネットワークをマルチの通商枠組みで守ると同時に、外圧を使った国内農業の改革や、エネルギー、医療、環境、文化といった戦略産業への規制緩和・イノベーション加速に期待がかかる。そもそも韓国の電気電子産業の躍進が始まったのは2005年のむしろウォン高の時期であり、為替レートや大型FTAの始動ともあまり関係なかった。異なる日韓のFTA戦略は経済構造や成長戦略の違いを反映している。

さらに、言うまでもなく、巨額の財政赤字を抱えて財政面でも日本は韓国のように大胆な政府支援・介入はできない。東日本大震災からの復興があり、電力料金は引き上げ不可避の情勢だ。結局、アベノミクスはMBノミクスにはならないし、またなることもできないのだ。

 感情的な批判報道の含意

「激情報道」は韓国自身の成長戦略の矛盾の反映でもある。MBノミクスは「グローバル・コリア」を標ぼうしたが、思考の枠組みは結局、キャッチアップ国家の域を出なかった。政府に情報を依存する韓国メディアはFTAの相手を「経済領土」などと呼び、電気電子産業などでは「もはや日本に学ぶものはない」と成功を誇る一方、対日貿易赤字問題では思考が停止し、円安批判に転じた。「韓国は保守的な日本と異なり、先進的な国際金融ハブになる」という報道も、為替管理や資本取引自由化を受けて為替レートの上下が拡大すると、ヒステリックな変動批判に変わり、円安批判となった。だが国際金融ハブは大規模な資本移動なしには成立しないし、変動相場制をとる限り、為替の変動は甘受せざるを得ない。

冷静に考えれば日本経済がデフレを脱して需要を回復させれば、韓国にとっても国別で中国に次ぐ日本への輸出増大の可能性は大きい。円建ての貿易比重が比較的大きな日韓間では安い円を使った資金調達も可能となる。グローバルにみれば、資源開発やプラント受注でも日本は韓国の弱い商社機能や銀行の国際金融機能で韓国企業を支えている。日韓の経済的利害はグローバルに錯そうし、もはや韓国官僚やメディアが描く単純な国境シーソーゲームではなくなっているのだ。

激情報道は結局、政策を感情論で混乱させ、競争力を自傷することとなる。もちろん、迅速な情報発信や十分な説明責任という点で日本の努力余地は大きいだろう。しかし変動相場制の下ではどの国でも政府には市場との冷静な対話が必須で、そのインフラとして正確で客観的、包括的かつ冷静な情報を必要とする。新政権を迎えた韓国は成熟経済運営に必要なインフラは何かを悟るべき段階にある。「氷の女王」という異名をとる新大統領の挑戦に期待がかかるところだ。

(2013年4月10日 記、タイトル写真=朴槿恵<パク・クネ>大統領就任式で新大統領と並ぶ李明博前大統領[2013年2月25日、写真提供=アフロ])

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