冷え込む日韓関係 改善できるのか

韓国における日本企業への戦時徴用賠償命令判決とその背景

政治・外交

日本の植民地時代に徴用された韓国人原告による訴訟で、日本企業に賠償を命じる韓国の裁判所の判決が続いている。こうした判決が下される背景を國分典子筑波大学教授が解説する。

影響大きい「旧三菱」判決

近年、日本による朝鮮半島の植民地支配に関わる訴訟などに対する韓国の裁判所の決定が相次いで報道され、日本ではこれに対する批判的な声が多く挙がっている。その決定とは、例えば、植民地時代の日本企業による戦時徴用について、徴用された韓国人原告側の賠償請求を認める韓国の大法院(日本の最高裁判所に当たる)の判決や、日本の寺院から盗まれ韓国で発見された仏像2体(それぞれ8世紀と14世紀に朝鮮半島で作られたとされる)のうち1体について、元の所有者と主張する韓国の寺院側の請求に基づき、日本に渡った経緯が分かるまでの占有移転・占有名義変更を禁じた大田(テジョン)地方法院の仮処分決定などである。ここでは、特に今後この種の訴訟に影響を与えると考えられる2012年5月24日の大法院判決(※1)のうち旧三菱重工業の戦時徴用に関する事案に焦点をあて、その特徴と法的背景を考えてみることとしたい。

この事件の原告は日本の国家総動員法に基づく国民徴用令(1939年制定)によって日本に渡り、旧三菱重工業(以下「旧三菱」)の広島の工場に配置されて被爆し、日本の敗戦直後、韓国に戻った韓国人たちである。原告は過去に、現在の三菱重工業(戦後の財閥解体に伴って分割された旧三菱の3社が1964年に再統合して発足)に対して日本で賠償請求訴訟を起こして敗訴しており、その後韓国で起こした訴訟でも、控訴審である釜山高等法院は日本の判決を受け入れた形で原告の請求を棄却していたが、大法院はそれを覆している。戦時徴用の事案に関しては、管轄権の問題、日本の判決の承認の問題、請求権協定の理解の問題、時効の問題といった複雑な論点が絡み合っている。それぞれに解釈が分かれるこれらの論点について、大法院は植民地支配の違法性と時効援用の制限という視点から結論を導出した点に特徴がある。以下、主たる論点を順に採り上げる。

日本の判決の承認と植民地支配の違法性

大法院は、控訴審が日本の判決を承認したことを誤りだとした。韓国民事訴訟法217条は、一定の条件の下に外国の確定判決についてその効力を認めるものとしている。日本の裁判所は、本件原告らの訴えを消滅時効期間を渡過したものとして棄却しており、釜山高等法院はこの日本判決の消滅時効に基づく棄却判決を認めても民事訴訟法217条が掲げる要件の「善良な風俗またはその他の社会秩序」に反するものではないと捉え、これを承認した。これに対し、大法院は、外国判決の承認には判決主文のみならず「理由および外国判決を承認する場合に発生する結果までを総合して検討しなければならない」とし、日本の判決は217条の要件を満たさないものと判断した。なぜなら日本の判決には、植民地支配が合法であるという規範的認識を前提に、国家総動員法および国民徴用令を朝鮮半島および原告らに適用したことを有効と評価する部分が含まれているからである。

日本の植民地支配の合法性については、日本と韓国の間に大きな認識の違いがある。韓国はこれを「不法」な支配であったとし「強占」と呼んでいる。特に1905年の第二次日韓協約(日本が当時の大韓帝国の外交を監理・指揮することを定めた)を国際法上合法とみるか、違法とみるかで日韓の立場は鋭く対立している。無効とされる主たる理由は、締結が脅迫に基づくものであること、皇帝の承認がなかったことであるが、事実認識の点でも当時の国際法の理解の点でも日韓の学者の意見には根本的な分岐がある。関連して、1965年の日韓基本条約(日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)2条「千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」の理解についても、「もはや無効」の英文already null and voidの解釈は、当初から日韓でそれぞれ異なっており、「無効」となった時点を日本は1948年建国時期からとし、(※2)韓国はすべての条約・協定が締結された当時からとしている。

大法院判決は、戦後の韓国の制憲憲法(1948年)前文が「三一運動により大韓民国を建立し世界に宣布した偉大な独立精神を継承し・・・」としており、以来、現行憲法前文(「三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統・・・を継承し」とする)に至るまで韓国憲法が一貫して3・1独立運動(1919年)および臨時政府を継承するものであることをうたっていること、また制憲憲法100条が「現行法令は、この憲法に抵触しない限り、効力を有する」、同101条が「この憲法を制定した国会は、檀紀4278年8月15日以前の悪質的な反民族行為を処罰する特別法を制定することができる」(檀紀4278年は西暦1945年)と規定していることに言及し、「日本の不法な支配による法律関係のうち大韓民国の憲法精神と両立しえないものはその効力が排除される」と解した。

韓国史をひもとけば、1910年の韓国併合以降、1919年の3・1独立運動の直後に大韓民国臨時政府が設立され、1919年9月11日には大韓民国臨時憲法が制定されている。これに先立ち、臨時政府の主要メンバーが署名した1917年の「大同団結宣言」では、「かの帝権消滅の時が民権発生の時である・・・隆熙皇帝の主権放棄とは即ちわが国民同士に対する黙示的禅位である」としており、皇帝が退位したからといってその主権が日本に移るのではなく、主権は君主から国民に移ったことが主張されている。日本の立場とは大きく異なるが、この立場に立つならば、先述の植民地支配の「強占論」と相まって、植民地時代の日本法適用はすべて認められないことになるのである。

日韓請求権協定との関係

戦時徴用のケースで直接問題になりうるのは、日韓請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)の規定である。

請求権協定第2条(※3)で放棄された請求権に何が入るかについては議論があるが、同協定についての日韓で合意された議事録の中でも「日韓会談において韓国側から提出された『韓国の対日請求要綱』(いわゆる「八項目」)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがつて、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」と明記されている。(※4) 「八項目」には「被徴用韓国人未収金」と「戦争による被徴用者の被害に対する補償」が含まれている。このため、これらについての請求問題は解決済みとするのが日韓両国政府の一致した見解であった。

これに対し、大法院判決は、「反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権」は協定の対象外とし、さらに個人の請求権については国家がこれを消滅させることができるわけではなく、国家は外交的保護権を放棄したにすぎないとした。請求権協定が植民地支配の違法性に基づく損害賠償を問題とするものではないこと、協定では国家間の外交的保護権が放棄されるにすぎないことは日本政府も認めているところであり、(※5)この点に関しては日本政府と大法院の意見に違いはないといえよう。問題は戦時徴用自体を不法行為とするかどうかであり、この点で日韓の法判断は分かれる。ただし、本件の日本における訴訟を扱った広島高等裁判所は強制徴用そのものの違法性は認めないものの、原爆投下後の安全配慮義務違反は認定している。

消滅時効の問題

日本でも、韓国の控訴審でも、最終的に訴えが棄却されたのは時効の完成を理由としてであった。時効の起算点は、日韓基本条約が締結され、訴えが提起できるようになった1965年とされている。しかし、大法院は、仮に日本法に基づき、消滅時効を考えるとしても、「債務者の消滅時効に基づく抗弁権の行使」は「民法上の大原則である信義誠実の原則や権利濫用禁止の原則の支配を受ける」とし、

(1)日韓請求権協定により、個人の請求権問題も解決されたという見解が韓国で受け入れられてきたこと

(2)日本が請求権協定の後続措置として財産権措置法を制定し、原告らの請求権が日本国内で認められないようにしたこと

(3)日本国による反人道的不法行為や植民地支配と直結する不法行為による損害賠償請求権が請求権協定により消滅していないことは原告らの訴訟過程や2005年1月の韓国における日韓請求権協定関連文書の公開、2005年の民間共同委員会の公式見解の発表で次第に明らかになっていったこと

(4)旧三菱と被告(現在の三菱重工業)との同一性の有無について疑問を持たざるを得ない日本の法的措置があったこと

などを理由に、原告らには訴訟提起をした2000年5月1日まで権利を事実上行使しえない障害事由があったとし、このような状況下での被告側の消滅時効の主張は信義誠実に反し、権利濫用に当たるとしている。

大法院判決が持つ意味

以上のように、大法院判決は、植民地支配の違法性を理由に徴用行為そのものを不法行為とみる点、および被告側の時効援用を信義誠実違反・権利濫用とみる点で日本の判断と異なる。このうち前者は韓国の従来の立場であり、高等法院もこの点は大法院と同じ立場であると考えられる。広島高裁も安全配慮義務違反の債務不履行による損害賠償請求権や未払い賃金などの支払い請求権の存在自体は認定していること(ただし、時効消滅する)、また強制徴用自体の違法性については日韓の以前からの見解の相違に基づくものであることを考えるならば、大法院判決でこれまでと異なる重要な意味を持つのは日本判決の効力の否認理由と時効の解釈の部分であろう。事実上の時効進行の障害となる事由を緩やかに認め、信義則違反や権利濫用の法理を大胆に用いた点は、判決が制憲憲法附則101条の「反民族行為」についての遡及処罰立法に言及していることとともに、「過去清算」の強い意識を感じさせる。しかし、こうした時効進行の障害事由の認定は法官(=法院の裁判官のこと)の価値観に大きく左右される。この問題は韓国でも指摘されているところである。(※6)

韓国では、2011年8月30日に憲法裁判所(※7)が従軍慰安婦の問題と本件原告ら韓国人原爆被害者の問題の2件について、それぞれ韓国政府の不作為による基本権侵害を認めた決定を出して注目された。両者ともに韓国では請求権協定の対象には入っていないと理解されているが、にもかかわらずこの問題について韓国政府が日本に対し十分な働きかけをしてこなかったことが違憲と判断されたのであった。2011年の憲法裁判所決定は韓国内で国の不作為を憲法問題として扱ったケースで、2012年の大法院判決と直接関係はない。しかし、憲法裁判所の決定は「すべての国家機関および地方自治団体を覊束する」(憲法裁判所法75条1項。韓国において、覊束[きそく]とは、憲法裁判所の決定に矛盾する行為を禁止し、決定に従って積極的に違憲または違憲な状態を除去しなければならない実体法上の義務を課すという意味)とされていること、さらに憲法裁判所が人権保障機関として韓国国民から高い信頼を得ていることから、憲法裁判所の決定に大法院が触発された可能性はある。いずれにせよ、これらの判断を通じて、日本政府に対しては憲法裁判所が韓国政府に外交交渉を義務づけ、日本企業に対しては大法院が国内法で対処するというルートができたとみることができよう。

ただし、旧三菱の事案の原告側訴訟代理人によれば、企業に対しても今後、司法解決よりは政府を通じた一括解決が望まれている。また、日本の最高裁も「請求権の『放棄』とは、請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまる」(※8)としていることが指摘され、大法院判決はこの考え方に道筋をつけるものであって、この問題は韓国対日本というより両国の司法対両国の政府という枠組みで捉えるべきものというのが原告側訴訟代理人の理解である。この点で、大法院判決も憲法裁判所決定同様、原告側からすれば韓国政府へのプレッシャーという意図をも有するものであると考えられる。

なお、2012年大法院判決は14人全員の判断によるものではなく、また判決を出した4人の大法官のうち2名はすでに退職している。現在再上告中で確定判決でないことも考え合わせるならば、今後同様な判断が行われるかどうかについてはさらに注目する必要があろう。

(2013年12月11日 記、タイトル写真=太平洋戦争中の旧三菱重工業名古屋工場での徴用について賠償金や慰謝料の支払いを求める訴訟で勝利して喜ぶ韓国人女性ら[2013年11月1日、韓国・光州地方法院前]/時事通信社)

(※1) ^ 2012年5月24日、大法院は二つの判決を出しており、もうひとつは旧日本製鉄に徴用された原告らの事案である。二つの判旨は類似しており、それぞれ原告の主張を認め、原判決を破棄して事件を釜山高等法院とソウル高等法院に差し戻した。これを受けて、2013年7月10日にソウル高等法院が1人1億ウォンの支払いを、7月30日に釜山高等法院が1人8000万ウォンの支払いを命ずる判決を出している(現在、大法院に再上告中)。なお、旧三菱についての判決の日本語訳(中川敏宏訳)が『専修ロージャーナル』8号(2013年1月)153~166頁に掲載されている。

(※2) ^ 1965年10月16日の参議院本会議の答弁で、椎名悦三郎国務大臣は「日韓併合条約は、朝鮮の独立が行なわれた時、すなわち一九四八年八月十五日に、これは効力を失っている。併合以前の諸条約は、それぞれの条約に定めている効力を失う条件、そういうものが成就すれば、それはそのときに失効する。併合条約の発効とともに失効した、失効すべきものは、また、その条約の当然の内容によって、それも明らかに失効するということになるのでございます」と述べている。

(※3) ^ 請求権協定第2条は、以下のとおりである。
1、両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
2、この条の規定は、次のもの(この協定の署名の日までにそれぞれの締約国が執つた特別の措置の対象となつたものを除く。)に影響を及ぼすものではない。
(a)一方の締約国の国民で千九百四十七年八月十五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益
(b)一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつて千九百四十五年八月十五日以後における通常の接触の過程において取得され又は他方の締約国の管轄の下にはいつたもの
3、2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。

(※4) ^ 日韓請求権協定に関する両国間の議事録は外務省がインターネット上で公開している。当該部分は、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-S40-293_2.pdfの325頁、参照。

(※5) ^ 1991年8月27日参議院予算委員会で柳井俊二外務省条約局長は、請求権協定における個人請求権の放棄について「これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます」としている。

(※6) ^ 김남영「강제징용배상 대법원 판결의 의미 와 향후 과게」이슈와 논점464호(キム・ナムヨン「強制徴用賠償大法院判決の意味と今後の課題」『イシューと論点』)(2012年6月4日)参照(韓国国会立法調査処のウェブサイトより閲覧可能。頁数なし)。なお、この論稿では過去清算に配慮した消滅時効期間延長などの立法が必要であることが述べられている。

(※7) ^ 憲法裁判所は、通常の法的紛争を扱う法院とは異なり、憲法問題についての特別な管轄権を有する裁判所である。

(※8) ^ 中国人強制連行についての2007年4月27日最高裁第一小法廷判決を参照。

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