一票の格差と参議院問題

“甘い司法”に甘え過ぎの参議院

政治・外交 社会

「一票の格差」をめぐり、参議院の選挙制度改革は焦眉の急だ。小手先の是正だけで次の選挙が行われれば、今度は間違いなく違憲判決が待っている。

違憲回避は今国会がリミット

参議院の選挙制度改革のタイムリミットが迫っている。約束通り来年(2016年)夏の参院選に間に合わせるには、今国会での公選法改正が不可欠だが、参院自民党が足を引っ張り、改革案の取りまとめが迷走している。最高裁から突きつけられた「憲法違反の状態」を抜け出せるのか、はなはだ心許ない。

まず、震源である参議院の「1票の格差」の現在位置を確認しておこう。全242議席中、比例代表の96議席に1票の格差はない。都道府県単位の47選挙区から選ばれる146議席が問題で、1議席当たりの有権者数で比べた選挙区間の格差は、2013年の前回選挙で最大4.77倍、10年の前々回選挙で同5倍だった。

この2度の選挙は、最高裁から「違憲の問題が生じる程度の著しい不平等」として、「違憲状態」の判決を受けている。ちなみに違憲状態=違憲ではない。最高裁の判断基準では、国会が違憲状態と知ってから合理的な期間内に是正を怠り選挙を迎えると、国会の裁量の範囲を超えたと判断され「違憲」になる。違憲状態は、いわば執行猶予付きの違憲判決だ。

最高裁は、都道府県単位で議員定数を割り振る方式のままでは格差圧縮に限界があるので、「現行の選挙制度の仕組み自体の見直し」が必要と注文している。

宙に浮いた西岡案、附則で抜本改革「公約」

最高裁が「仕組み自体の見直し」に初めて触れたのは6年前、09年9月の大法廷判決。最大格差4.86倍の07年選挙に対する判決理由の中で、将来の違憲を避けるための“宿題”として、国会に抜本改革を促していた。

参議院議長在任時の西岡武夫氏=2011年2月撮影

この警告を真剣に受け止めて動いたのは、西岡武夫参院議長(在任10年7月―11年11月)だった。都道府県単位の選挙区と全国ベースの比例代表の2本立てを、全国を9ブロックに分けた比例代表制に一本化する案を「たたき台」として示した。

後に、同じ9ブロックの大選挙区案に改めたが、いずれも1票の最大格差が1.1倍前後に収まる、格差解消の観点から文句のない案だった。だが、与野党が受け入れず、西岡氏の死去で9ブロック案は宙に浮いた。

12年10月には最高裁大法廷が、10年の選挙について違憲状態の判決を下し、再度「選挙制度の仕組み自体の見直し」を注文した。ところが国会は、判決の翌月に公選法を改正し、参院選挙区定数の4増4減(大阪府と神奈川県が各2議席増、岐阜県と福島県が各2議席減)の微修正でお茶を濁した。

さすがに後ろめたかったのだろう。公選法の附則に「平成二十八年(2016年)に行われる参議院議員の通常選挙に向けて、参議院の在り方、選挙区間における議員1人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、結論を得るものとする」と明記した。

国会が16年選挙に間に合うよう、参院選挙制度の抜本的改革を「公約」したわけだ。

参院自民党:「汗かいた」脇氏を更迭

公約実現に汗をかいたのは、山崎正昭議長の下で参院選挙制度協議会の座長を務めた脇雅史参院自民党幹事長(当時)だった。比例代表には手をつけずに、選挙区に絞り、人口(有権者数)が少ない県を隣接の府県にくっつける「合区」方式を提案した。

「鳥取と島根」「和歌山と大阪」など22府県に及ぶ11の合区で、選挙区間の最大格差を2倍未満に抑える当初の案には反発が強く、脇氏は改めて合区を5つに減らす修正案を示した。しかし、最大格差2.48倍とハードルを下げたこの案も、身内の参院自民党が受け付けず、あろうことか脇氏を座長から外すため、14年9月に参院幹事長を更迭、改革作業は振り出しに戻った。

注目の今国会、参院自民党が21日に開いた与野党の協議会に示したのは「6増6減(北海道、東京、兵庫で各2議席増、宮城、新潟、長野で各2議席減)を中心に」というたたき台。都道府県単位の選挙区はそのままで、最大格差が4.31倍もある。違憲承知の暴論に各野党と公明党が反対したのは当然で、今国会中にまとまるかどうか不透明になってきた。

衆議院が、違憲状態解消のため佐々木毅・元東大総長を座長とする第三者機関(衆院選挙制度に関する調査会)に小選挙区の改革案づくりを委ねているのに比べても、参議院の、とりわけ参院自民党の怠慢、不誠実にはあきれる。

長く「格差」認めてきた最高裁

もっとも責任の一端は、長らく参議院に甘い判決を出し続けた最高裁にもある。

日本で初めて「1票の格差」を理由にした選挙無効(やり直し)訴訟が起こされたのは1962年の参院選だった。1票の格差をめぐる米連邦最高裁の判断に触発された一司法修習生が「東京都民の1票が、鳥取県民の4分の1の価値しかないのはおかしい」と訴えた。

だが、最高裁が最初に違憲判決を出したのは、参院選ではなく72年の衆院選(最大格差4.99倍=当時は中選挙区制)に対してだ。最高裁が参議院の固有の事情に理解を示したからだ。都道府県単位の選挙区で任期6年、3年ごとの半数改選だと、各選挙区に偶数議席を配分しなければならない。その制約条件下での格差圧縮は限界があるという事情だ。

戦後、参議院が発足した時点で、選挙区(当時は地方区と呼んだ)間の最大格差は2.62倍で、衆院(当時は中選挙区)の同1.51倍をかなり上回っていた。また、公選法は衆院について、国勢調査の結果を受け区割りや定数を修正する規定を設けていたが、参院に同様の規定がなかったことも考慮されたのだろう。

衆院に違憲や違憲状態判決が相次ぎ、定数是正措置がとられる一方で、参院は格差是正がないまま、合憲判決が続いた。

この状況が破れたのは「逆転区」の出現による。地方から都市圏への人口移動の結果「人口(有権者)が少ない選挙区が多い選挙区よりも議員定数が多い」状況を指す。どんな理屈をこねても逆転区は正当化できない。

最高裁は、逆転区があり最大格差が6.59倍に達した92年の参院選を、初めて違憲状態とした。また、国会も逆転区をなくす定数是正に手をつけた。しかし、逆転区が消えた後も、選挙区間の最大格差は5倍前後で推移し、最高裁も容認してきた。

都道府県単位の区割り、見直しに転換

最高裁の姿勢が変わったのは、竹崎博允前長官の時からだ。2007年選挙には合憲判決ながら「制度自体の見直し」の注文をつけ、10年選挙は「違憲状態」判決を出した。13年選挙を「違憲状態」とした昨年11月の大法廷判決から、最高裁の論理を読み解いてみよう。

判決理由は「参議院議員の選挙制度が設けられてから60年余にわたる制度及び社会状況の変化を考慮することが必要」としたうえで①衆参両院とも、政党中心の選挙制度になった②両院とも選挙区と比例代表の組み合わせという同質的な選挙制度になった③国政運営での参院の役割が増した④衆院では1票の格差を2倍未満にする基準が定められた、などの「変化」を列挙している。

そして「参議院議員の選挙であること自体から、直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い」と断言した。参院だからといって衆院より大きな格差が許される理由はない、というのだ。

また、都道府県を選挙区の単位としなければならないという「憲法上の要請はない」とし、「一部の選挙区の定数の増減にとどまらず」都道府県単位の選挙区制度の仕組み自体の見直しを改めて求めている。

一部の手直しでは「違憲判決確実」

さらに注目すべきは、15人の裁判官中4人が「違憲」と判断、「違憲状態」の多数意見のうち5人が連名で補足意見をつけ、「違憲状態を解消して民意を適正に反映する選挙制度を構築することは、国民全体のため優先して取り組むべき喫緊の課題」であり「選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置ができるだけ速やかに実現されることが強く望まれる」と述べている。

6増6減のような「一部の選挙区の定数の増減」程度の手直しで次の選挙に臨むと、少なくとも5人が「違憲」に加わり、違憲判決が確実になる。

憲法は、合憲か違憲かの判断をするのは最高裁であり(81条)、国会議員は憲法を尊重し擁護する義務がある(99条)と定める。この期に及んで、6増6減などを画策する議員は、憲法を読んでいないのだろう。「参議院不要論」が出るのもうなずける。

バナー写真:2013年参院選の1票の格差をめぐる訴訟で、最高裁大法廷が違憲状態との判断を示した後、取材に応じる升永英俊弁護士(中央左)=2014年11月26日、東京都千代田区(時事)

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