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特集 習近平2期目の中国と日本
中国製造業のイノベーションとこれからの日中経済関係

梶谷 懐【Profile】

[2018.05.21]

言論の自由が抑圧される権威主義的体制の下で、民間企業がイノベーションを活発化させ、その果実を体制が自らの維持に活用する——。現代中国の政治と経済の関係は、これまでの常識とは違うパターンで回り始めている

中国の「新常態」とイノベーション

GDP世界第2位の経済大国となった中国経済は、現在大きな曲がり角にさしかかっている。中国政府は2014年に中国経済が「新常態」と表現される安定的成長段階に入ったとし、市場メカニズムを重視した改革の継続や、投資に依存した粗放的な成長路線からの転換を目指す方針を明らかにした。

成長パターンの展開で重視されるのがイノベーションの活性化である。中国政府は、経済成長の新たな原動力を求めて15年より「大衆創業、万衆創新(大衆による起業、イノベーション)」という政策を打ち出し、中央だけでなく地方政府のレベルでも創業やイノベーションを奨励している。また同年には国務院通達の形で「中国製造2025」と題されたレポートが出され、IT技術と製造業が融合したイノベーションを通じて世界の「製造強国」の仲間入りを果たす、という方針が示された。

中国が進めようとしているイノベーションの中心になっている都市が、1980年代の対外開放政策でいち早く経済特区が設けられ、労働集約的な産業の加工貿易などで急成長した広東省深圳市である。その後、深圳は電子部品を供給するための「専業市場(卸売業者や製造業者がブースを並べる雑居ビル)」が急速に整備されるなど、電子産業の集積地としての顔を持つようになった。

深圳市における電子産業の大きな特徴は、イノベーションと深いつながりを持つ知的財産権の保護に関して、考え方の全く異なる企業群が共存している点である。

知的財産権の保護に積極的なのが、通信事業者向けのコンピュータや通信機器が売り上げの約60%を占める「B2Bの巨人」華為技術(ファーウェイ)だ。ファーウェイは自社内に8万人のR&D(研究開発)要員を抱え、特許の国際申請数ではここ10年世界のトップ5に常時入るという高い技術力を誇りにしている。ファーウェイとZTE(中興通訊)の2社は、その高い技術開発力のゆえに米国政府、産業界の強い警戒の対象となり、特に後者は厳しい経済制裁の対象となっているのは周知の通りだ。

深圳の電子産業でもう一つ注目を浴びているのは、アイディアはあるが資金や技術力に乏しい起業家(メイカー)のスタートアップを支援する企業である。このような「メイカー・ムーブメント」の中心に位置する企業の一つ、Seeed(深圳矽递科技有限公司)は、プリント基板や電子パーツを顧客の依頼に応じて小規模から生産している。この企業のユニークなところは、自社製品のデータを外部に公開する、いわゆるオープンソース化を進めていることだ。オリジナルの技術を特許などで保護せず、自由にコピー・改良することを認めることでイノベーションを進めていこう、という先進的な考えを反映している。

一方、深圳の中心部にある華強北の電子街では、スマートフォンなどを中心に初めから知的財産権など無視した廉価な「山寨品(パクリ商品)」が山と積まれていたりもする。やや乱暴にまとめてしまえば、深圳の電子産業ではその知的財産権への姿勢において、山寨品を売るメーカーのようなプレモダン層(全くの無視)、ファーウェイのようなモダン層(特許を通じた保護)、Seeedのようなポストモダン層(オープンソース)、という3つの全く異なる姿勢が混在している。そういった「上から」の設計によっては生まれてこない偶然に生じた多様性が、深圳の強みとなっているといってよい。

変化する日中経済関係の担い手

さて、中国でのイノベーションの一翼を担っているメイカー・ムーブメントは、深圳という街をアジアの中でも有数の、世界に向けて開かれた場所に変えつつある。近年ではこのムーブメントに注目し参加する日本人も次第に増えてきており、インターネットを通じて定期的にベンチャー企業を対象とした観察会の呼びかけなども行われている。

そういった日本における一連の動きの火付け役ともいうべき高須正和氏(スイッチサイエンス社)の著書(高須、2016)を読んで触発された筆者も、高須氏の主催する観察会に参加し、そこにエンジニア系の人々やジャーナリストから元競馬の騎手、タレントまで非常にユニークな人材が集まってきていることに強い感銘を受けた。

注目したいのは、こういったムーブメントに参加する日本人たちは、これまでの日中経済関係を主導してきた人々とはその行動パターンやメンタリティの点で明らかに一線を画す、日中経済関係を担う新たな層の誕生を体現しているように思える点だ。

彼(女)たちは日中友好のためでも、会社の方針で仕方なくでもなく、何よりもモノづくりの面で常に新しいことが起きており、わくわくする場所だからこそ深圳、そして中国に引き寄せられる。そういった、いわばテクノロジーを媒介にしたギーク(オタク)同士のつながりが、深圳を中心にした新しい日中間の人的ネットワークの核になっている。

ここで、これまでの日中経済関係とその担い手の歴史を振り返っておこう。1972年の国交回復以降、日中「蜜月時代」の経済協力関係を主導したのは、上海の宝山製鉄所のプロジェクトが象徴するように製鉄、石油、電力などといった重厚長大型のプラント産業だった。日中の窓口となった民間機関の中心人物も、そういったプラント産業の大会社の関係者であることが多かった。

しかし1980年代も後半になると、それまでの「日中蜜月」時代に築かれた日中間の政財界の対話・交渉のチャネルは、次第に機能不全に陥っていく。中国がそれまでの重化学工業優先の経済発展から、比較優位を重視した輸出志向型の発展へとシフトすると、日中間の経済関係の中心は製造業の直接投資へと移ってくる。一方で、日中経済関係のチャネルは、依然として重化学工業・プラント産業の関係者を中心としており、日中間で生じる新たな問題に対して、十分に対応することができなかったのだ。

日本企業の対中直接投資の増加に伴い、日本国内における中国に対する感情は年々悪化していく。内閣府が毎年実施している「外交に関する世論調査」では、1995年の調査で初めて「親しみを感じない」が「親しみを感じる」を上回り、その後も後者の比率は低下し続けている。日中間の経済交流の多様化により、経団連や日中経済協会といった有力な民間の経済団体がトップダウン型で日中両国の経済関係を構築することは次第に難しくなっていく。

そこに生じた2005年の小泉政権下における大規模な反日デモに際し、経済同友会を始めとする各経済団体は両国の関係改善に向けて様々な働きかけを行うが、政治的な相互不信は払しょくできず、「政冷経熱」現象が常態化するようになった。

そして2010年代になると、冒頭のような成長パターンの見直しを受けて、中国政府がこれまで経済成長をけん引してきた、労働集約型の産業を「淘汰」し、次第に高付加価値・知識集約的なハイテク産業への移行を進めるという動きを率先して進めるようになる。その中で、撤退にあたって現地政府や労働者との間に様々なトラブルが生じるケースも増えてきている(梶谷2016)。

そんな、日本企業の多くが厳しい状況に置かれる中、これからの中国でのビジネスチャンスをものにするために必要なのは、個人が国籍に関わらずお互いの能力を認め合って、既存の発想にとらわれず競争あるいは協力を展開する、メイカー的、あるいはオタク的なマインドを持つ人材だと言えるかもしれない。少なくとも深圳では、日中関係のようなナショナルな観点から中国でのビジネスを論じる視点そのものが意味を持たないような空間が確かに生じつつあるように思える。

イノベーションと権威主義的な政府との関係

日本に住む私たちが現在中国で生じているイノベーションの動きについて理解する上では、イノベーションの担い手である民間企業と、権威主義的な政治体制との関係についても注目する必要がある。従来の主流経済学では、言論の自由が抑圧される権威主義的体制の下では、自由な発想に基づくイノベーションもまた持続的なものにならない、というのが常識だからだ。

しかしながら、現在の中国の政治経済体制は、権力が定めたルールの「裏」を積極的にかく、民間企業の自由闊達(かったつ)さを許容するだけでなく、それがもたらす「多様性」をむしろ体制の維持に有用なものとして積極的に利用してきたように思える。

すなわち、強力な知的財産権不在の下でイノベーションが生まれてくるのは、権威主義的な政府と非民主的な社会と自由闊達な民間経済とが、ある種の共犯関係にあるからかもしれない。ということは、今後中国政府は「徐々に民主的な国家にしていかないと持続的な経済発展はできませんよ」という西側諸国のお説教に、ますます耳を傾けなくなってくる可能性がある。

もしそうだとすれば、今後日本に住む私たちは、イノベーションの担い手である民間企業も含め、中国(人)との経済関係によって得られる利益と、人権や民主主義といった普遍的な価値の擁護とのバランスをどうとっていけばよいのだろうか。ナショナルな観点にとらわれない、新しい日中経済関係の担い手が生まれつつある今だからこそ、私たちはこういった難しい問題についても、きちんと向き合い考えていく必要があるだろう。

参考文献

  • 梶谷懐(2016)『日本と中国経済―衝突と相互交流の100年』ちくま新書
  • 高須正和(2016)『メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない。』インプレスR&D

バナー写真:トヨタ自動車北海道の展示場を視察する(前列右から)中国の王毅・国務委員兼外相、トヨタ自動車の豊田章男社長、中国の李克強首相、安倍晋三首相=2018年5月11日、北海道苫小牧市(時事)。李克強氏は中国首相として8年ぶりに日本を公式訪問した。

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  • [2018.05.21]

神戸大学大学院経済学研究科教授。専門は現代中国経済論。1970年、大阪府生まれ。神戸大学経済学部卒業、同大大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。神戸学院大学准教授、神戸大学大学院経済学研究科准教授などを経て2014年から現職。著書に『日本と中国、「脱近代」の誘惑—アジア的なものを再考する』(太田出版、2015年)『現代中国の財政金融システム』(名古屋大学出版会、2011年=大平正芳記念賞受賞)など

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