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特集 習近平2期目の中国と日本
鄧小平時代の終焉と毛沢東なき毛体制への退行:中国の憲法改正

鈴木 賢【Profile】

[2018.06.06]

「鄧小平憲法」から「習近平憲法」へ——。習近平国家主席に絶大な権力が集中する中国で、その総決算とも言えるのが3月の憲法改正だった。中国法が専門の鈴木賢・明治大学教授が詳しく解説する。

鄧小平憲法からの大転換

中国はこの春、第13期全国人民代表大会(以下、全国人大と略)第1回会議で、憲法を14年ぶりに改正した(2018年3月11日)。1982年に鄧小平の主導により制定された現行憲法は、これまで4度にわたり、計31カ条の修正条項を加えてきた。今回は一気に21ヵ条の修正条項を追加し、昨年10月に開催された中国共産党第19回大会で決議された内容を盛り込んだ。制憲者の意思を大胆に撤回し、部分的には原理の変更にも波及するこれまでにない大規模な改正となった。全国人大での修正案(草案)の提案説明では、今回の改正を〔不作大改〕(大幅な改正はしない。〔 〕は原語、以下同様)としているのとは裏腹に、むしろ1982年鄧小平憲法から2018年習近平憲法への大転換が起きたと見るべきである。

今回はとりわけ改正作業が最終段階までブラックボックスの中で行われた。公開の場で議論が行われ、国家主席の任期撤廃に反対の声が出ることを避けるためであったと推測される。民主派弁護士の余文生氏が1月18日に「憲法改正に関する市民の建議 余文生から中共第19回2中全会にあてた公開書簡」を公表すると、翌日警察が身柄を拘束し(※1)、その後も住居監視を続けた。

余氏は公開書簡で憲法序言の削除、国家主席の選出を競争的選挙にし、中央軍事委員会主席、政治協商会議を廃止することなどを提案していた。つまり共産党指導部は、一党支配の直接的な正当性の根拠たる憲法については、公の場で改正について議論もさせない、という態度を貫いた。

改正のポイント

(1)「共産党の指導」を再条文化

憲法2条2項に「中国共産党の指導は中国的特色ある社会主義のもっとも本質的な特徴である」を新たに書き加えた。共産党による一党独裁体制をとることは、これまでは序言のなかで、歴史を回顧する文脈で4つの基本原則の一つとして規定していたに過ぎなかった。これに対して文化大革命直後に制定された1978年憲法では、2条で「中国共産党は中国人民の指導の核心である。労働者階級は自らの先鋒隊である中国共産党を通じて国に対する指導を実現する」と規定していた。

82年憲法では議論の末、彭真(憲法修改委員会副主任)らがこれをあえて条文から序言へと移していたのであった(※2)。それには以下のような考慮があったからである。「ある者は法律で“共産党の指導”を規定、すなわち法律によって人民に中国共産党を必ず擁護しなければならないと要求すべきであると主張し続ける。これは“党を以て国を治める”観念に他ならない」(※3)。今回の改正では、党の指導を再度、75年憲法、78年憲法同様、条文へと回帰させた。〔以党治国〕の復活である。

国家主席、中央軍事委員会主席に再選された習近平は全国人大閉幕の辞で、「党政軍民学、東西南北中、党は一切を指導する」という毛沢東が70年代に使った懐かしのフレーズを久しぶりに持ち出した。閉会直後に発表された中共中央「党と国家機構改革を深化させる方案」(深化方案)で示された党政機関合併の方針を合わせて考慮するならば、党の指導の条文化は党の指導をいっそう徹底し、党と国家の一体化に立ち戻ることを含意していると見られる。改革開放路線への転換以後打ち出された党政分離を撤回し、文革以前の〔以党代政〕(党による代行主義)に回帰することを決したことになる(※4)

(2)国家主席、副主席の任期制限撤廃

79条3項にあった「連続して2期を超えて就任することができない」との文言を削除、国家主席および副主席の任期制限を廃し、終身制を実質的に復活させた。御用学者たちは、「党中央の総書記、国家主席、軍事委員会主席の三位一体の指導体制」を打ち立てるものとして、すぐさまこれを擁護した(中国法学会副会長・張文顕、法理学研究会長・徐顕明など)(※5)

中華人民共和国の歴代の憲法では、主要な国家指導者のポストに任期を設けて来なかったが、現行憲法制定時に鄧小平らの肝いりで、中央軍事委員会主席を除いて2期10年の任期を定めた(※6)。これは毛沢東の個人独裁、文革の悲劇から教訓をくみ取り、過ちを繰り返さないため、政治制度改革の目玉として導入されたものであった(※7)。任期制は10年ごとのリーダーの世代交代を制度化したものである。憲法学者の劉松山は、82年憲法制定30周年の記念に寄せて、最高指導者の終身制に終止符を打ったのは、「中国政治システム改革の歴史的、根本的変革であり、そのポジティブな作用と進歩的意義はいくら強調しても、し過ぎることはないほどである」(※8)と高く評価していた。

今回の改正は、二期目に入った習近平が三期目以降も最高指導者にとどまることを可能にしたものだ。交代するかどうか、いつ交代するかをリーダー自身が決めるというのであれば、それは文字通り「人治」の復活であり、個人独裁への回帰を指向するものである。副主席に、今回、習近平の片腕とされる王岐山・前常務委員が選出されたことが大いに注目される。中央常務委員を退任して党内ポストを失った王岐山が、国家副主席として習近平を終身支える可能性を得た。

憲法学研究会長の韓大元は、改正作業がすでに起動していた2017年11月に発行された雑誌に、この点にかかわる論文を公表していた(※9)。韓氏によれば、任期制は82年憲法の重要な特色、貢献であり、個人への集権と個人崇拝を防ぎ、法治によって人治に代えるものだったと論じ、任期制撤廃の動きを強くけん制していた。結局、これを阻止することはかなわなかったが、気骨ある学者の勇気を明記すべきである。

(3)統治機構に「監察委員会」を新設

第3章国家機構に第7節「監察委員会」を新設し、123〜127条まで5カ条を追加した。中央に国家監察委員会、地方各クラスにも監察委員会を設置するとした(123条)。第3章ではこれ以外にも国家監察委員会主任、副主任、委員などにかかわる改正点がいくつかあり、改正箇所から言うと監察委員会にかかわるものが最多を占める。監察委員会は国務院、法院、検察院と異なり、人大に対する毎年の活動報告を義務付けておらず(126条)、一段高い位置付けとなっている。憲法の規定を具体化し、監察委員会の職権、組織などの詳細について定めるため、かねて起草が進められていた監察法が人大で採択され、即日施行された(3月20日)。

監察委員会の設置は、行政でも司法でもない第3の権力体系を新たに立ち上げるものであり、統治機構の原理改編に及ぶ大改革である。しかし、この機構の組織、人員、活動にかかわる法令は、現状ではわずか69カ条しかない監察法があるのみである。公職者に対する生殺与奪を握る強大な権力を与えられながら、法制化の網の目がきわめて粗い、性質の曖昧な国家機構を誕生させたことになる。

(4)「習近平思想」など、新たな政治イデオロギーの注入

中国憲法は独特の政治イデオロギーに彩られ、しかも改正によりそのメニューをますます豊富にした。今回もっとも重要なのは、序言にマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、“3つの代表”の重要思想に続けて、「科学的発展観」と「習近平新時代中国特色社会主義思想」が追加された点である。特に後者は2017年秋の第19回党大会で公認された新しい「思想」であり、全国で学習運動が展開されていたもので、今回改正の最大の目玉に位置づけられる。生存中の現役指導者の氏名を冠した「思想」が憲法に入るのはこれが初めてであり、露骨に習近平個人への権力集中を意図するものである。

改正の意義

(1)1978年憲法への回帰

82年憲法では、文革の教訓をくみ取り、過度な権力の集中、個人独裁の再生を防ぐために、共産党による指導原則を条文から序言に移し、国家主席に任期を付すという当時としては画期的な決断をした。これを今回の改正では撤回し、78年憲法以前の立場へと時計の針を逆回しした。また、2条に規定された中国共産党による指導こそが中国的社会主義のもっとも本質的な特徴であるとの文言は、一党独裁が何かを達成するための単なる手段ではなく、目的そのものと位置づけられたことを意味する。

憲法学研究会長の韓大元は82年憲法について、75年、78年憲法の欠陥を克服したと評していたが、今回はそれを元に戻したことになる。

(2)党による代行主義の拡大・徹底

先に紹介した「党政軍民学、東西南北中、党は一切を指導する」とのフレーズは、今後の機構改革の方針を決定した中共中央の前出「深化方案」にも登場する。共産党は立法、行政、司法といった国家機構を操るだけではなく、今や軍隊や民間(企業、団体、NGOなど)、大学や研究所、シンクタンクなど、中国で展開されているおよそ全ての活動をコントロールしている。その意味でかつてソ連型社会主義に共通した党国家体制は、中国では党天下体制へと変容している。今回の憲法改正はそうした実態を追認し、さらにそれを拡大・徹底する意図を含んでいる。

監察委員会のほか、「深化方案」によって多くの国家機関が党機関と合併することが決められ、法改正も経ることなく、すでに実行に移されている。従来、党機関が二人羽織のように国家機関のうしろから操っていたのを、党の指導の強化と効率化を理由に一体化を図るものである。

(3)毛沢東型人治への回帰

今回の改正はひとえに習近平の権力正当化に主眼があり、中国憲法は終身にわたる独裁者のための憲法となった。国家主席終身制の復活は、個人による独裁への道を開くものであり、毛沢東型人治への回帰だと言える。党機構を媒介として個人独裁を実施するもので、党治と人治は表裏をなす。法の使用・動員は、場合によってご都合主義的、偶然的に発動されたり、されなかったりする運命にある。

退行した中国の動き、日本も人ごとではない

今回の憲法改正は、中国憲法史を画する大きな出来事である。それは82年憲法を産んだ鄧小平時代の終焉と毛沢東なき毛体制への退行を意味する。同時に従来から中国憲法が帯有していた反立憲主義的性格を、一層顕著にする方向へ舵を切ったということでもある。中国はますます近代立憲主義から乖離(かいり)し、帝制的支配へと回帰しようとしている。

日本でも近代立憲主義を否定しかねない憲法改正が政権によってたくらまれている。その意味において中国で起きていることは、まったく人ごとではない。日本も今なお近代立憲主義とどう向き合うか、それをいかに根付かせるのかが問われている。

バナー写真: 第13期全国人民代表大会で山東省代表団の会議に出席し、参加者と握手する中国の習近平国家主席=2018年3月8日、北京(新華社/アフロ)

(※1)^緊急関注:余文生律師今早被北京警方抓補」(2018.1.19)維権網

(※2)^ 肖蔚雲『我国現行憲法的誕生』(北京大学出版社、1986年)33頁参照。

(※3)^ 高鍇「関於党的領導:1982年憲法的重要修正」炎黄春秋2011年8期8頁。

(※4)^ 条文から序言へ移した背景には〔党政分開〕原則の考慮があったことにつき、許崇徳『中華人民共和国憲法史』下巻(福建人民出版社、2005年)363頁、韓大元「論国家監察体制改革中的若干憲法問題」法学評論2017年3期16頁参照。

(※5)^中国法学法律学界学習宣伝貫徹憲法座談会発言摘要」(2018.3.11)長安網

(※6)^ 韓大元主編『新中国憲法発展史』(河北人民出版社、2000年)167頁、許崇徳・前掲註(4)516頁参照。

(※7)^ 周安平ほか『新中国憲法的歴程』(人民出版社、2017年)167頁参照、肖蔚雲・前掲註(2)62、153頁参照。

(※8)^ 劉松山「八二憲法的精神、作用与局限」華東政法大学学報2012年6期70頁。

(※9)^ 韓大元「任期制在我国憲法中的規範意義」法学2017年11期3頁以下参照。

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  • [2018.06.06]

明治大学法学部教授、北海道大学名誉教授。専門は比較法、中国法、台湾法。1960年北海道生まれ。北海道大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、法学博士。同大学教授などを経て2015年から現職。著書に『現代中国相続法の原理―伝統の克服と継承』(1992年。尾中郁夫・家族法学術奨励賞、発展途上国研究奨励賞受賞)など。

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