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特集 米朝会談:その先の東アジアは?
簡単ではない「完全な非核化」:米国の朝鮮半島関与に変化の兆しも

木村 幹【Profile】

[2018.06.22]

「非核化」と「安全の保証」が取り引きされた史上初の米朝首脳会談。だが具体策については何も触れられず、この2つの目標達成が極めて困難であることも印象付けた。

北朝鮮の求める「安全の保証」とは

2018年6月12日、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による史上初の米朝首脳会談が、シンガポールで行われた。最大の焦点は北朝鮮の非核化であり、国際社会はこの困難な問題について、両国がどの程度具体的な合意を行えるかに注目した。冷戦終結後、長く北東アジアの安定を脅かしてきた北朝鮮の核開発を巡る問題に、終止符が打たれるかもしれないと期待したからである。

しかし、共同声明の内容は期待を大きく下回るものだった。「トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した」ものの、その具体的な手続きなどには何も触れなかった。直後の報道では、会談は中身のない「外交的ショー」に過ぎなかったとする酷評が並んだ。

しかし、ここで考えるべき事がある。それは「非核化」を巡る両国の交渉の難しさを、われわれは本当に理解しているのか、ということである。まず抑えておく必要があるのは、会談の基本的な構造だ。そもそも北朝鮮が冷戦終結後、本格的な核兵器の開発に踏み切ったのは、それまでソ連と中国から提供されていた「核の傘」を失ったからである。背景には、冷戦終結後の北朝鮮の国際的孤立と、朝鮮戦争勃発以来70年近くにわたって対峙し続ける米韓両国、とりわけ軍事大国アメリカへの強い恐怖と不信がある。

だからこそ、北朝鮮が核を含む大量破壊兵器を手放すためには、彼らが持つアメリカへの強い不信感が払しょくされる必要がある。先に引用した共同声明において、「北朝鮮に安全の保障を与えること」と「朝鮮半島の完全非核化」が並列される形で記されているのもそのためである。さらに重要なのは、この「安全の保障」が、北朝鮮から見て「安定的かつ持続的」なものでなければならないことである。

リビアの教訓

ここで重要なのは、リビアの非核化を巡る経験である。1980年代から核開発を行っていたリビアのカダフィ政権はイラク戦争が続いていた2003年、自らの体制に対する保障を期待して核開発計画の公表と廃棄に踏み切った。経済制裁を解除され、国際社会に迎えられたリビアだが、11年に内戦が勃発すると状況は一変した。激しい戦闘の中で、国際世論は反カダフィ勢力側に回り、米英仏を中心とした多国籍軍がこれを支援する形で介入した。内戦に敗れたカダフィは殺害され、体制は崩壊した。

リビアの教訓が意味するのは、いったんは核放棄に伴う何らかの体制保証が得られたとしても、国際社会はこれを覆す可能性があるということだ。この点が解決されない限り、北朝鮮が核兵器を手放すことは容易ではない。

つまりこの交渉は、アメリカ側が北朝鮮に「完全で検証可能、かつ不可逆的な核廃棄」(CVID=Complete, Verifiable and Irreversible)を要求する一方、北朝鮮側もまたアメリカに「完全で検証可能、かつ不可逆的な体制保障」 ― 必要ならそれをCVISA(Complete, Verifiable and Irreversible Security Arrangement)と呼んでもいい ― を求めて対峙する構造になっている。ここで大きな問題が浮上する。それは「完全で検証可能、かつ不可逆的な体制保障」とは一体何であり、どの様に提供されるものなのかを、実は誰も知らないということである。

例えば朝鮮戦争の終戦、さらには平和条約の締結は、確かに北朝鮮を巡る国際的な緊張を緩和させる効果を持っている。しかし、それだけでは北朝鮮が強大な米韓同盟と対峙し続ける状況に変わりはなく、北朝鮮が「核のよろい」を自ら脱ぐには不十分である。経済制裁の解除や国交正常化が体制保障措置として大きな意味を持たないことは、リビアの例から明らかだ。さらに言えば、北朝鮮が長年アメリカに対して締結を求め続けている不可侵条約さえ、それがどの程度の有効性を持つのかは定かではない。

「完全な」非核化には限界も

本来の焦点である非核化交渉でも、同じ問題が存在する。核兵器が開発段階にあったリビアでは、彼らが国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れ、そこで確認された核兵器開発に関する機材や文書を引き渡す事で「完全で検証可能、かつ不可逆的な」非核化が行われたとされている。核兵器開発は一定の機材や施設がなければ困難であり、それらを物理的に撤去すれば開発を当面ストップできることは確かである。

しかし、北朝鮮の核兵器開発はリビアに比べてはるかに進んでおり、一部は既に実戦配備段階にあると推定されている。個々の核兵器は運搬が極めて容易で、それらを全て査察で発見するのは北朝鮮側の積極的な協力なしには困難である。核兵器の材料となる濃縮ウランやプルトニウムも同様で、その一定量さえ確保されれば、再び核兵器を作ることはさほど難しくない。

第二次世界大戦敗戦後のドイツや日本、イラク戦争後のイラクとは異なり、北朝鮮は全てを失った敗戦国ではない。核廃棄に伴うさまざまな作業は、北朝鮮政府の主権下で行われる。そこでの作業には限界があり、非核化は「不完全で検証不十分で、それ故可逆的な」ものである事を運命づけられることになる。

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  • [2018.06.22]

神戸大学大学院国際協力研究科教授、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。1966年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。ハーバード大学、高麗大学、世宗研究所、オーストラリア国立大学、ワシントン大学等の客員研究員を歴任。主著に『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房、2014年、読売・吉野作造賞受賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(ミネルヴァ書房、2003年、サントリー学芸賞受賞など)。

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