米朝会談:その先の東アジアは?

中途半端な米朝会談声明:今後ロシアが「存在感」示す余地も

政治・外交

米朝首脳会談の結果と行方を、ロシアはどのように見ているのか。筆者は、「北朝鮮の非核化が完全には解決されず、くすぶり続ける」ことが、ロシアにとって望ましい状況だと指摘する。この問題で、自らの存在感を示す局面が生まれる可能性が増すからだ。

2018年6月12日に行われた米朝首脳会談に関する一般的な評価はあまり高いとは言えない。会談後に発表された米朝首脳の共同声明はCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)にも弾道ミサイルの破棄・制限にも触れておらず、北朝鮮の核・ミサイル問題をどのように解決していくのかはあいまいなまま積み残されたためである。

しかし、ロシアにとってはそうではない。むしろ、今回の米朝首脳会談における結果の不十分さは、ロシアにとって望ましいものとさえ言える。以下、その理由と背景について述べてみたい。

中朝露のいびつな三角形

そもそも北朝鮮に対するロシアの影響力は、一般に想像されるほど強いものではない。

北朝鮮という国家は、たしかにソ連によってつくり出された。しかし、「衛星国」と呼ばれた東欧社会主義国と決定的に異なっていたのは、北朝鮮が中国というもう一つの社会主義大国を後ろ盾に持っていたことである。中ソは冷戦下で対立関係にあったから、北朝鮮はその時々の状況に応じて両国との距離を変え、特定の大国に完全に従属させられる事態を回避することができた。この意味では、北朝鮮に対するソ連(ロシア)の影響力は最初から限定的であったと言える。

欧州における冷戦の終結がアジアにおいても一定の緊張緩和をもたらし、ソ連(ロシア)の国力が劇的に低下すると、この関係には微妙な変化が生じた。一方において、韓国との経済協力に期待したソ連は、「新思考」外交の下、1990年に韓国との国交を正常化した。他方、ソ連から北朝鮮に無償ないし安価で供給されていた経済・軍事援助は大幅に縮小され、91年末にソ連が崩壊するとほぼ完全に停止してしまった。96年にはソ朝友好協力相互援助条約が失効を迎えたが、ロシアはこれを更新せず、露朝は名実ともに同盟国ではなくなった。

ただし、韓国への接近は思ったほどの実利を生まず、いたずらに北朝鮮との関係を損なうだけに終わった。そこでロシアは90年代後半から北朝鮮に再接近し、プーチン政権下の2000年には露朝友好善隣条約が締結された。もっとも、この条約にはソ朝友好協力相互援助条約のような相互防衛義務が含まれず、露朝が同盟国でないという事実は変化しなかった。また、プーチン政権も北朝鮮への戦略援助は復活させず、エネルギーも武器も北朝鮮の支払い能力の範囲内でしか供与しなかった。

そして中国は、この間も北朝鮮の後ろ盾であり続けた。冷戦期には中ソが北朝鮮から概ね等距離の三角関係を構成していたとするならば、冷戦後には露朝の関係が遠のき、相対的に中国の影響力が強まったことになる。このいびつな三角関係は現在でも基本的に継続していると考えてよい。

疎遠ではないが冷淡な露朝関係

冷戦後、ロシアが北朝鮮に対するコミットメントを低下させたのは、そこにメリットを見いだしがたくなったことが大きい。高度技術製品を除いてほぼ自給自足が可能なロシアにとって、北朝鮮は自国の死活的な利益に関わる国ではなく、北朝鮮の経済力の低さゆえに市場としても魅力的ではなかった。

また、冷戦の終結は、米国や中国に対抗して朝鮮半島にプレゼンスを維持する必要性をも低下させた。米国の同盟国である韓国との「緩衝地帯」としての価値はロシアでも認められてはきたものの、露朝国境の長さは39.4キロに過ぎず、首都モスクワからは約6300キロの彼方にある。北京から最短650キロの地点で1400キロもの国境を接する中国とは、「緩衝地帯」としての切迫感は全く異なる。また、北朝鮮はロシアが「勢力圏」と見なす旧ソ連の範囲にも含まれない。

それどころか、冷戦後のロシアでは、北朝鮮の存在が一種の障害とさえみなされるようになった。

軍事面でのロシアの懸念は、北朝鮮の核・ミサイル計画が、結果的に東アジアにおける米軍のプレゼンスやミサイル防衛計画を正当化しかねないことであった。ことにミサイル防衛の推進は、ソ連崩壊後に核抑止への依存を強めざるを得なかったロシアにとって甚だ不都合なものであった。北朝鮮の核開発が核拡散につながりかねないことも、ロシアの懸念を呼んだ。

こうした中で2006年に北朝鮮が初の核実験を強行すると、ロシアは国連決議に従って北朝鮮に対する武器禁輸措置を発動し、冷戦後に希薄化していた軍事的後ろ盾としての立場はさらに後退した。

経済面では、北朝鮮という特異な体制が存続していることでロシア極東の発展が妨げられているという見方がある。ロシアの経済専門家の中には、北朝鮮という障害が取り除かれればロシアのガス・パイプラインや鉄道を韓国まで延伸でき、あるいは豆満江開発を進めることで極東振興に資するのではないかという期待論が少なくない。ただし、この種の期待はロシア側ステークホルダーの希望的観測に基づいている部分も大きいと思われ、懐疑的な意見も根強い。

「忘れられたプレイヤー」から「主張するロシア」へ

以上のような理由から、北朝鮮問題に関するロシアの存在感は従来、決して大きくなかった。歴史的経緯、地理的位置、そして国連常任理事国としての政治的立場から、ロシアは北朝鮮問題の当事者の一人ではあり続けたものの、その中心にいたわけでは決してない。

しかし、2017年の軍事的危機では、様相が若干異なっていた。この間、ロシアは北朝鮮のミサイルの性能を意図的に低く見積もった情報を流布したほか、国連安保理が北朝鮮非難のプレス向け声明を発出することを妨害したり、爆撃機を朝鮮半島やアラスカの沖合に派遣したりして、強硬姿勢を取る米国を妨害・けん制した。また、あくまでも民間企業の活動としてではあるが、北朝鮮の貨客船「万景峰」号をウラジオストク航路に就航させることを認め、一時は中断されていた光ファイバー回線を再開させ、洋上では北朝鮮のタンカーに対する国連決議違反の石油供給(いわゆる「瀬取り」)を行ってもいる。

その背景はさまざまであろうが、最も大きな要因として考えられるのは米露関係の変動である。14年のウクライナ危機で米露関係が過去最悪の水準に落ち込んだことで、ロシアの対外政策における米国の比重は逆に大きく高まった。米国にとっての最重要イシューで存在感を示すことが、米国に対するレバレッジと見なされるようになったのである。トランプ政権が大方の予想に反して北朝鮮問題を特に重視したことは、ロシアがこの問題へのコミットメントを強める動因になったと考えられる。

これと関連して、2014年以降のロシアは「大国」としての自覚を特に強めた。ロシア的文脈での「大国」とは、強力な政治・経済・軍事力を持ち、国際情勢や国際秩序に対して影響を与えうる国ということであるが、このようなロシアの自己像からした場合、グローバル安全保障問題となった北朝鮮問題においてもロシアは従来よりも大きな存在感を発揮しなければならないことになる。

最後に、中露関係の変化が挙げられる。中国の経済的台頭とロシアの対西側関係の悪化により、両国関係は顕著な強まりを見せている。こうした中、北朝鮮問題を喫緊の安全保障問題と捉える中国にロシアが同調したという側面が考えられよう。

現状続けば「仲介者」としての役割も

別の言い方をすれば、2017年の危機におけるロシアの振る舞いの変化は、対米関係(あるいは対中関係)の変化によるものであって、露朝関係の基本的な構図は依然として変化していないということになる。では、このような理解に基づくならば、18年以降に進んだ軍事的緊張の緩和と米朝首脳会談はロシアにとってどのように位置付けられるだろうか。

この点について考える材料として、2つの極端なシナリオを想定してみよう。

その第1は、北朝鮮を巡る危機がエスカレートし、軍事紛争に至るというシナリオである。たとえば米国が金正恩指導部や核兵器を空爆で排除したり、あるいは中国がこれに先んじて軍事介入に出たりした場合、ロシアが取りうるオプションはほぼ皆無である。

ロシアにとって軍事的に最重要の正面は旧ソ連の欧州部から南部に掛けての地域であり、質量ともに最良の兵力が配備されている。極東は二義的な正面に過ぎず、朝鮮半島での大規模局地戦に介入するような能力はない。

したがって、米朝が軍事的緊張の緩和へと転じたことは、ロシアが完全に局外に置かれる事態が回避されたことを意味してもいる。

第2に、米朝首脳会談でCVIDが合意され、北朝鮮が国際的な孤立を脱して改革・開放へと向かうというシナリオが想定できる。この場合、北朝鮮に体制保障と経済援助を与えるなど中心的な役割を果たすのは米中であり、すでに見た軍事的制約と経済力からしてロシアがこのような役割を果たすことは困難であろう。北朝鮮の非核化を実施する段階(たとえば核弾頭の解体、核技術者の再雇用の確保)でロシアが関与することは理論的に考えられるが、昨今の米露関係を考慮すると実現性は乏しい。そして北朝鮮が真に孤立を脱した場合、ロシアは「存在感」(≠「影響力」)を示す余地をほぼ完全に失うと予想される。

米朝首脳会談が中途半端な結果に終わったことは、このような意味においてロシアの利益となりうる。つまり、北朝鮮問題が完全に解決されずくすぶり続ければ、ロシアは17年のような形で「存在感」を今後とも示すことができるためである。

しかも、今回首脳会談では北朝鮮が形式的に非核化の意思を示し、米韓は合同演習を自粛した。これは2017年に中露首脳が提案した「ダブル・フリーズ」が結果的に実現したことになり、ロシアはその「仲介者」として自らを位置付けることができる。9月の東方経済フォーラムに金正恩委員長を招待し、安倍首相との会談を実現させられれば、ロシアの存在感はさらに高まろう。

実質的な「影響力」が制約された中でロシアが「大国」として振舞おうとするならば、それが可能な状況は現状の延長線上にしかない。この意味で、米朝首脳会談はロシアにとって望ましいものであった。

バナー写真:ロシアを訪問した金永南・北朝鮮最高人民会議常任委員長(左)と握手するプーチン大統領=2018年6月14日、モスクワ・クレムリン(代表撮影、ロイター/アフロ)

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