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特集 新防衛大綱・中期防の論点
新しい戦闘領域としての宇宙

鈴木 一人【Profile】

[2018.11.01]

衛星利用測位システム(GPS)や衛星を通じた通信ネットワーク、偵察衛星など、現代の軍事・防衛システムと宇宙空間の利用は切り離せないものになっている。今後の日本の防衛と、宇宙領域の関わりについて考察する。

宇宙システム抜きでは運用不可能な現代兵器

今年末に策定される予定の新しい防衛大綱と中期防衛計画では、サイバー・宇宙が重要事項として取り上げられることになっている。安倍首相も「サイバーや宇宙空間など新たな領域で優位性を保つことが死活的に重要だ」と述べ、これまであまり前面に出てこなかった宇宙領域における日本の防衛がどのようになるのかに注目が集まっている。

諸外国と比較すると、日本の宇宙開発は特殊な経緯をたどっている。1969年に当時の宇宙開発事業団(NASDA)が設立される際に国会で「宇宙の平和利用決議」が採択され、日本の宇宙開発は「平和の目的に限り」行われることになった。この決議は原子力基本法をモデルとしており、自衛隊が原子力に関与しないのと同様、宇宙に関しても研究開発だけでなく、宇宙システムの保有、運用、利用まで慎むべきと理解されていた。ゆえに日本の宇宙開発は純粋に民生目的のみで進められ、防衛目的での宇宙利用は1980年代から商用衛星のデータや通信などのサービスを利用することが認められていただけで、長らく防衛と宇宙は接点を持ってこなかった。

しかし、現代の兵器システムは宇宙システム抜きに運用することはほぼ不可能になっている。我々の生活にも浸透しているGPSは米国の軍事システムでもあり、ドローンの飛行や部隊の位置の把握など、軍事作戦を展開する上で不可欠なサービスになっている。また、そのドローンを遠隔で操作するためには衛星を通じた通信ネットワークが不可欠である。さらに的の位置の把握や戦略的な状況を理解するためには偵察衛星による画像取得が必要であり、これらの衛星を打ち上げ、運用するための地上システムも重要な要素となっている。

言い換えれば、現代の軍事的優位性は宇宙システムをいかに整備し、活用出来る能力を持つのかということが決定的な要因となっている。しかしながら、宇宙分野はそれだけ死活的に重要になりつつも、同時に極めて脆弱なシステムでもある。宇宙空間にはロケットの上段や寿命を終えた衛星、様々な破片などの宇宙デブリが地球軌道を周回しており、それらは時速2万8000キロにもなるスピードで飛翔している。そのため、これらのデブリに衝突すれば衛星は破壊され、機能を失うこととなる。

インフラを守るための「宇宙軍」

地球の重力に逆らって衛星を打ち上げるためには、衛星は可能な限り軽くなければならない。そうなると外的な攻撃に対して分厚い装甲で防御するということは難しくなる。つまり、これらのデブリから衛星を防護する方法はなく、デブリを避けて運用するしかない。そのため、米軍を中心に各国の防衛当局が宇宙空間の状況監視(Space Situational Awareness: SSA)を実施し、軌道上にあるデブリを監視して衝突回避のための情報提供を行っている。しかし、このSSAも直径10cm以上のデブリしか監視出来ず、小さなデブリを避ける方法はない。そのため、軍事目的の衛星がデブリとの衝突で機能を失うという恐れもある。

しかし、それ以上に問題になっているのは、意図的にこうした衛星を破壊するという行為である。2007年に中国は衛星破壊(Anti-Satellite: ASAT)実験を行い、地上から発射したミサイルによって衛星を破壊出来る能力を示した。冷戦期にも米ソはASAT実験を行ってはいたが、宇宙システムが死活的に重要になった現代において、ASAT能力の持つ意味はさらに大きくなっている。

つまり、もし米中対立が激しくなり、軍事的衝突の恐れが高まった際、最初に攻撃の対象となるのは宇宙システムとなる可能性が高い。というのも、宇宙システムを攻撃することでその機能を奪い、敵の戦争能力を格段に低めることが出来ると同時に、軍事目的の衛星は無人機であるため死傷者が出る恐れもなく、さらには地上から数百キロ以上離れた距離にあるため、実際に何が起こっているのかを確認することが難しく、攻撃の主体が誰なのかを特定することが容易ではない。

これが、ASATのように物理的に衛星を破壊する場合はアトリビューション(攻撃の主体の特定)を取ることは相対的に容易だが、衛星に対するサイバー攻撃や妨害電波の発信などによって衛星の機能を奪おうとする場合、アトリビューションを取ることが極めて難しくなる。しかも、宇宙空間は陸海空のように敵を排除して自らのシステムを守るということが難しい。宇宙システムは地球を周回しており、敵国の上空をも通過せざるを得ず、また上空を通過しなくても、敵が衛星を攻撃するための衛星を打ち上げればどこからでも攻撃出来る。そのため、武力紛争の前段階として宇宙システムを攻撃することは戦略的に見て合理的なのである。

こうした宇宙システムの重要性の高まりと脆弱性の克服を目指して、各国、とりわけ世界各地に戦略的関心を持ち、遠距離まで戦力投射能力を持つ米国や中国は、宇宙における戦略的能力を高めるための軍の編成を進めている。トランプ米大統領が提唱する「宇宙軍(Space Force)」はまさに宇宙システムの研究開発を促進し、その脆弱性を克服すべく衛星機能の分散や小型衛星を多数打ち上げ、同期させて運用すると言ったコンステレーション技術を活用した軍事宇宙システムの構築、そのための調達の仕組みなどを改革しようとしている。「宇宙軍」というとスターウォーズや宇宙戦艦ヤマトのような宇宙空間での戦闘をイメージするが、現代の「宇宙軍」はむしろ宇宙インフラの開発・維持に責任を持つ保守要員のような役割である。

新法制定で「防衛目的での宇宙開発」は可能に

こうした状況の中で、今次防衛大綱の策定に当たり、安倍首相が宇宙空間で「優位性を保つことが死活的に重要」と発言したのは、まさに日本の防衛システムも現代戦に対応した能力を持たなければならないということを意識してのことであろう。ところが、日本はこれまで「宇宙の平和利用決議」により防衛目的のための宇宙開発・宇宙利用はほとんど行ってこなかった。

2008年に宇宙基本法が制定され、「宇宙の平和利用決議」で慎むとされてきた防衛目的の宇宙開発利用が可能にはなったのだが、米中などと比べれば圧倒的に規模が小さい。現在、防衛省・自衛隊が保有する衛星は存在せず、独占的に利用する衛星としてXバンド通信衛星(「きらめき」)が存在するだけである。

防衛省のXバンド通信衛星「きらめき2号」を搭載し、打ち上げられたH2Aロケット32号機=2017年1月24日、鹿児島県・種子島宇宙センター(時事)

宇宙基本法では「日本国憲法の平和主義の理念にのっとり」(第二条)、「国際社会の平和及び安全の確保並びに我が国の安全保障に資する」(第三条)ものでなければならない、と定められた。この法律に基づき、防衛省・自衛隊が宇宙システムを積極的に活用することが期待されたが、現実には宇宙による戦略支援がなくても運用可能な装備がほとんどであり、また米中のように遠距離への戦力投射能力を必要としていないため、宇宙システムを構築する優先度が低かった。

また、政府全体の財政状況は逼迫しながらも、防衛費は相対的に増加傾向にあるが、それはミサイル防衛やF-35戦闘機の調達など、高まる中国や北朝鮮の核ミサイルの脅威に対処するための装備調達に充てられ、宇宙システムの構築に予算が振り向けられる状況にはない。

そんな中で安倍首相が「優位性を保つことが死活的に重要」と述べたのは、現状のままでは日本は米中などが進める宇宙における戦略的能力の構築に後れを取ってはならないという危機感の表れである。かつてスプートニクショックから米ソ宇宙競争が始まったことで、米ソの技術力は他の追随を許さない水準まで向上し、それに付随してハイテク産業が飛躍的に発達した。米中による戦略的宇宙能力の構築も同じような効果をもたらす可能性はある。そのため、この競争に乗り遅れることは国家全体の技術力にも影響してくる問題となる可能性はある。

宇宙システム構築は「同盟国との連携」で

しかしながら、日本の防衛戦略は必ずしも遠距離の戦力投射能力を必要とするものではない。また世界各地に戦略的利益を見いだし、必要とあればどこにでも自衛隊を派遣するという装備構成にもなっていない。そんな中で宇宙システムだけを構築しても、宝の持ち腐れにしかならない。

むしろ、今後日本が宇宙分野で考えなければいけないのは、同盟国である米国をはじめとする友好国が保有する宇宙システムが攻撃の対象となることで、日本の防衛能力にも影響が出るという点である。既にSSAで米国や欧州、豪州などと協力しているように、日本独自の宇宙システムの構築・整備を進めるとしても、日本の防衛に資する運用をすると同時に同盟国の宇宙システムが攻撃され、機能を失った場合でも日本の宇宙システムを提供することで同盟国全体の戦略的能力を低下させないことを目的とすべきである。

具体的には現在日本が運用している情報収集衛星や準天頂衛星(「みちびき」)などを防衛構想の中に組み込み、同盟国との共通利用をも検討していくことに加え、今後開発する宇宙システムに関しては同盟国のニーズも視野に入れつつ、日本単独ではなく、同盟国との連携で「優位性を保つ」ことを目指すべきである。

バナーイラスト:perming/PIXTA

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  • [2018.11.01]

北海道大学大学院教授。1970年生まれ。2000年英サセックス大ヨーロッパ研究所博士課程修了。専門は国際政治経済学。2008年から北海道大学準教授、2011年4月から現職。13-15年、国連安保理イラン制裁の専門家パネルメンバーを務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)で2012年度サントリー学芸賞(政治・経済部門)。ツイッター(http://twitter.com/ks_1013)でも積極的に発言。

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