米中“新冷戦”

特集・米中“新冷戦” (3)米国の対中競争路線:2つの「戦略」が水面下でせめぎあい

政治・外交 国際

中国はリスク回避的なのか、それとも受容的なのか。中国の「行動」を問題にするのか、「パワー」そのものを問題にするのか――。筆者は米国の対中競争路線には「2つの理念型」があり、水面下で静かな論争があると指摘する。

米国政府の対中姿勢は、オバマ政権第2期目から徐々に硬化していたが、トランプ政権が2017年12月に発出した『国家安全保障戦略』を契機に、軸足を関与から競争へと切り替える路線が打ち出された。

そもそもワシントンの対中競争路線には、いかなる特徴があるのか。トランプ政権は、様々な分野で中国に対抗する行動を起こしているが、そこに体系的な対中戦略をめぐる合意はあるのだろうか。米中合意がもし実現するとすれば、それは現下の対中競争路線にいかなる影響を与えるのだろうか。本稿では、これらの問いについて考察してみたい。

「政府一丸となった巻き返し」

現下のワシントンの対中競争路線には、いくつかの特徴がある。第1に、行政府の関係省庁は、各々の所掌分野において、一斉に並行して中国に圧力をかけたり、従来の協力関係を制限したりする動きに出ており、ロバート・サッタ―(Sutter)の言う、「政府一丸となった巻き返し」ともいうべき行動が出現している。

米国通商代表部(USTR)は、1974年通商法第301条に係る調査に基づいて、中国は技術移転、知的財産、イノベーションなどに係わる分野で不公正な慣行に及んでいる国家として認定し、一連の関税引き上げ措置の根拠となる判断を下した。財務省は、新たに制定された外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)に基づいて、対米外国投資委員会(CFIUS)の主管官庁として投資規制の強化を進め、商務省は輸出管理改革法(ECRA)に基づいて新興・基盤技術の規制強化を進めつつある。

司法省は「中国イニシアティヴ」と称して、中国の産業スパイの摘発、中国による技術移転への対策などの取り組みを開始している。国防省は、核態勢やミサイル防衛に関する戦略においても中国を修正主義国家と性格づけ、統合宇宙軍(U.S. Space Command)を創設し、宇宙軍(Space Force)の設置を模索しているほか、先端技術の軍事利用を精力的に模索するとともに、国務省とともにインド太平洋戦略を推進しようとしている。

第2に、行政府のみならず立法府も、中国に対抗するための立法措置を講じて、対中強硬姿勢を超党派で強めている。連邦議会は、2019年度国防授権法(NDAA)の一部として前述のFIRRMAとECRAを成立させたほか、NDAA2019で国防予算を増額するのみならず、インド太平洋地域を含む米国のインフラ投資体制を強化すべく、BUILD法を18年10月に可決して、米国際開発金融公社(USIDFC)を設立した。

このほかにも、18年12月にアジア安心供与イニシアティヴ法(ARIA)も制定して、インド太平洋地域への米国の関与を後押ししようとしている。同年3月に台湾旅行法、9月にチベット相互アクセス法を可決し、中国による政治圧力にさらされている台湾とチベットを争点化する姿勢を示した。

第3に、2018年10月にハドソン研究所でペンス副大統領が行った演説にみられたように、対中関係の争点が安全保障、経済、政治にわたり広範に及んでいる。安全保障や経済の分野に加えて、人権の制限・侵害や、米国内政への干渉といった政治分野における中国の問題を取り上げて批判した。オバマ政権期には、南シナ海や東シナ海、そしてサイバー手段による産業情報窃取などが争点となっていたのとは様変わりである。

対中戦略の目標をめぐる論争

このようにワシントンは、対中関与を基調とした、およそ四半世紀来の対中アプローチを転換し、中国を大国間競争もしくは戦略的競争の相手として捉える局面に入った(こうした路線転換の背景にある構造的要因の変化については、拙稿「ワシントンにおける対中強硬路線の形成と米中関係」を参照)。上記の通り、ワシントンの対中競争路線は、現時点でトランプ政権や連邦議会の基本路線として定まっている。

トランプ政権内では、ライトハイザー米国通商代表などの経済タカ派路線、ムニューシン財務長官やクドロー国家経済会議議長などの対中関係を安定化させようとする調整路線、国防省の国防タカ派路線といった陣営に大まかに分かれて、これらの陣営がそれぞれの目標を追求する中で、トランプ大統領が個別の判断を下しているとみられる。

おそらくトランプ大統領の算段は、関税引き上げ措置によって中国に強い圧力をかけ、対中交渉を通じて中国側から譲歩を引き出し、政治的得点を最大化できる合意内容をまとめながら、株価の動向にも目配りしつつ、タイミングをみて交渉を妥結させるというものとみられる。

現在の局面において、米国政府が対中競争路線で一斉に走っているように見えるが、ワシントンの対中・対アジア政策専門家らが、対中戦略について完全に一枚岩かと言えば、そうではない。対中競争路線には2つの理念型(ideal types)があり、そのいずれを追求すべきかをめぐって水面下で静かな論争がある。

ハル・ブランズ(Hal Brands)とザック・クーパー(Zack Cooper)によれば、政権内外の政策専門家らは、宥和(accommodation)、集団的対抗(collective balancing)、包括的圧力(comprehensive pressure)、体制転換(regime change)のいずれかの戦略を是とする立場をとっている。宥和や体制転換は、それぞれリスクが極めて高く、非現実であるため少数派に留まり、実質的な論争は、集団的対抗と包括的圧力との間で行われている。

集団的対抗とは、中国がリスク回避的であるとの前提の下、地域諸国を米国につなぎ留めることによって、中国による地域覇権確立を阻み、やがて中国による行動の穏健化を導くという戦略を指す。ここでいう行動の穏健化とは、米国の重視するルールに沿った行動をとることを意味すると理解しておそらく間違いない。一方、包括的圧力とは、中国がリスク受容的であるという前提の下、中国の台頭を減速させることによって米国のポジションを保全し、中国が地域秩序ないし世界秩序を変革してしまう前に中国の勢いを削ぐ戦略を指す。

集団的対抗は、中国に有利なパワーシフトを現実として受け入れ、同志国と連合を組めば、中国との経済関係を大きく傷つけずに中国を抑止できるとみる。これに対して包括的圧力は、中国に有利なパワーシフトの潮流そのものを反転させることを目指すものである。

集団的対抗が多国間アプローチを重視するのに対し、包括的圧力は二国間アプローチを重視するという違いもある。これらはあくまで戦略の理念型ではあるが、それらに含まれる命題をめぐって専門家の間で意見の不一致があるというのである。

こうした対中戦略の目標をめぐる立場の違いは、今のところさほど表面化していない。というのも、ワシントンでは、長年にわたる対中関与路線が成果を上げなかったので、対中競争路線に切り替えるべきという、戦略の「方法」をめぐる政策論議が展開され、そもそも何のために中国と競争するのかという、戦略の「目標」の視点からの議論が掘り下げられなかったからである。

米国による対中競争の目標は、しばしば一般的には、「中国による覇権確立の阻止」といわれる。上記の論争は、「覇権阻止」の内実をめぐって、それが中国によるルールの遵守を導くことにあるとする立場と、中国の勢いを削いで首位獲得を断念させることにあるとする立場が存在し、そこに完全な合意があるわけではないことを示している。換言すれば、中国の行動を問題にするのか、それとも中国のパワーを問題にするのかをめぐって、対中戦略の基本的な考え方が異なる勢力が存在するのである。

ただし、ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官は、経済面で中国にルールを守らせて経済的な不均衡を是正することと、政治・軍事面でのパワー不均衡が生じるのを阻止することは表裏一体であるとトランプ大統領は考えていると、ニューヨークタイムズ紙のインタビューで説明したことがある。「経済安全保障は国家安全保障である」とするトランプ政権の理解は、今のところ上記二つの考え方を糾合する機能を果たしているとみえる。

米中合意と対中競争路線の行方

米中両政府は目下、広範な争点について交渉中であり、近日中に合意に至るとする予想がある。その具体的な内容はまだ分からないが、中国による輸入拡大措置や、外資による合弁事業参入条件の緩和、知的財産の保護や強制的技術移転の廃止、さらには米中双方による関税措置撤廃の範囲と方法などについて協議されていると伝えられている。

もし米国政府の要求がかなりの程度盛り込まれた米中合意が実現し、米国の主たる対中圧力手段となっている追加関税が段階を踏んで解除されていく道筋が示されるとすれば、上記二つの勢力は、異なる反応を示すことになるとみられる。(予断を許さないが、米中合意がライトハイザーUSTR代表の納得するものにまとまるとすれば、米国の要求を中国が相当程度受け入れたものになる可能性がある)

米国の要求を中国がかなりの程度受け入れる合意がもし仮に実現するとすれば、米中の本格的な対立が回避されたという楽観的な雰囲気が広がるであろう。そうした合意が仮に実現するとすれば、トランプ大統領や対中宥和論者、集団的対抗論者、そして米世論の一部も、中国が行動を改めるというのであれば、様子を見ようという姿勢を示すかもしれない。

他方、中国はこれまでも各種の約束をしながら、それを実行しなかったという過去があるので、楽観論と同時に、慎重論や懐疑論も出てくるとみられる。中国が合意をきちんと履行するか米国は目を光らせる必要があり、もし中国が約束を果たさなければ、再び追加関税が賦課される可能性があるため、「米中冷戦」が本当に回避されるかどうかは、予断を許さないとする慎重な見方も間違いなく出てくるだろう。合意の執行(enforcement)や監視(monitoring)を米側が重視するのは、元々こうした疑念が強いためである。

政府省庁や連邦議会にまたがる包括的圧力論者の多くは、こうした見方をとるであろうし、投資規制や輸出管理の強化、産業スパイの摘発、サイバー攻撃への対抗策、各国に対する5Gからのファーウェイ排除の働きかけといった取り組みは、米中合意の内容にかかわらず、進められるとみられる。これらの取り組みは、中国による不当な手段を通じた富の奪取を封じ、それを元手にしたこれまでのような成長や発展を許さないという意味合いを持っている。

中国の台頭を減速させるべきとする勢力は、米中合意を否定こそしないものの、それを不十分なものとみなし、中国は陰で合意を破ろうとするのではないかと疑い、中国による約束不履行の証拠を探したり、対中圧力を強化する手を繰り出そうとしたりする可能性がある。

米国の対中競争路線の核心には、米国のテクノロジーと知的財産の保護という産業と安全保障が交錯する問題があり、同時にトランプ大統領は対中貿易赤字の削減という政治的色彩の濃い問題を重視している。これらの問題について、もし中国が具体的な行動をとって問題解決に向けた結果を示せるとすれば、対中競争路線がなくなりはしないものの、深く潜航したところで力強く推進されるような流れが生まれるかもしれない。他方、中国による対応が不十分ということになれば、さらに圧力を強化すべきとの声が広がり、米中競争はさらに「劇場化」されるであろう。合意の履行状況をしばらく見て、中国による対応が十分かどうかトランプ氏が判断する際には、政治的な思惑も絡んでくるかもしれない。

しかし、そもそも米中合意の内容が、技術移転などについて不十分なものであれば、直ちに反発が生じるであろうし、上記のようなシナリオがどこまで現実化するかも分からない。いずれにせよ、米国内外の様々な要因が今後のプロセスに作用しうるため、見通しを得るのは引き続き難しいことに変わりはない。

(2019年4月2日記)

バナー写真:貿易協議のために訪米した中国の劉鶴副首相(左)とライトハイザー通商代表部(USTR)代表(右)のやり取りを注視するトランプ大統領=2019年2月22日、米ワシントンのホワイトハウス(AFP/アフロ)

中国 米国