ニッポンの対外発信を考える

「好感度の高い国」ニッポン(上): 世界を引きつける文化の力

政治・外交 文化

世界の人々から見て日本の魅力はどこにあるのか。「アピール下手で、しばしば歪んだイメージで伝えられてしまう」とされる日本の対外PRのまずさは、どうすれば克服できるのか。外務副報道官などを歴任し、この分野の最前線で仕事をしてきた筆者が考察する。

本稿は後半で日本のコミュニケーションズ能力が低いことを嘆じ、何が問題か論じようとしている。けれども筆者は実のところ、日本の力に関して、慨嘆が必要な状態だと思っていない。楽観的にすら見ている。その理由を初めに述べておこう。

世界の目を引き付けた皇位継承とラグビーW杯

2019年は、日本がことさら対外PRに意を砕かなくても、世界中のメディアが進んで日本へ関心を寄せ、番組を作り、記事にした年だった。なんといっても、天皇陛下のお代替わりがあった。

先の天皇がお元気なうちの皇位継承は、先帝崩御をうけて喪に服すなか進むのが常だった明治以来の代替わりに比べると、日本の人々を沈み込ませる要素が微塵(みじん)もなかった。いやむしろ日本社会は、祝賀一色になった。

折しも新天皇の御世を呼ぶ名として発表された「令和」という新元号は、英語にした場合の語呂において悪しからず(Raywa: ray as in "a ray of hope")、若い世代が好んで受け入れた。時代を命名したり、それを若者が喜んだり、いずれも世界に類例がない現象だ。

生前譲位は200年ぶりで、いかにも日本における制度の連続性を思わせた。それが証拠に、儀式は奈良・平安の昔を思わせる古式そのもの。粛々と進んだその様子は視覚に強く訴え、残像として残った。

…と珍しい話がこれだけ揃えば、メディアが注目しないはずがなかった。

世界に出ていった日本の映像は、古代とモダンの共存を、いたって上機嫌の人々が祝賀しているといったふうで、幸福そのものの絵柄だった。いまどき、国民が幸せそうだというそのこと自体にニュース価値がある。報道の目が日本に向くわけだ。

生活満足度を調べる内閣府調査によると、日本国民のうち、現在の生活に満足だと答える者の比率は2019年度に73.8%。ここ数年同じ傾向で、史上最高圏を維持している。国民が上機嫌だということは、数字が裏打ちしているわけである。

それからラグビーのワールドカップがあった。ブレイブ・ブロッサムズ(日本チーム)の目覚ましい活躍に気を良くした日本の観客は、そのせいもあってか外国から来た見物客の眼にまたしても機嫌よく、親切な人々として映じた。

ラグビー強国は「日本が戦略的にPRしたい」友邦

対外宣伝上、ラグビー・ワールドカップには固有の長所があった。オリンピックと違って、開催期間が丸一月と長い点がそれだ。その間、国際メディアは連日連夜、「ニッポン」「Japan」と報じることになったのである。

PR資源を集中投下するため顧客を特定するいわゆるセグメンテーションの面でも、ラグビー・ワールドカップには利点があった。イングランドにしろ、ニュージーランドやオーストラリアにしろ、日本にとって大切な海洋民主主義の友邦ばかりだ。こういう日本が戦略的にこよなく重視する国々がまたラグビーの強国でもあり、日本発の情報は、届いてほしい国々に狙いを定めたかのように届いた。

ことPRに関する限り、確信犯的な敵対勢力を宥和し、慰撫するなど、ほとんど不可能なワザだろう。けれども支持者の支持度合いを強めることならできる。

ブランドへの忠誠心を維持するため、消費財メーカーが大金をPRに投じ続けるのはもっぱらそのためだ。ラグビー・ワールドカップをホストした日本は、期せずしてそんな戦略を実行することができた。

わざわざ日本まで来て数週間を過ごすほどのファンともなると、金銭的に余裕があり、母国での地位もそこそこ高い人たちだろう。

彼ら自身がインスタグラムなどSNSで他に及ぼす影響力を想像すると、日本は労せずして、頼りになるPRアンバサダーたちを勝ち得たことにもなっただろう。

天皇のお代替わりにしろ、ラグビー・ワールドカップにしろ、それを報じたテレビの放送時間、新聞やインターネット・メディアに現れた日本関連記事の長さに相当するだけを、もし日本を宣伝する広告で埋めようとしたならどれほど資金が必要だったか。

令和元年の日本は、対外PRにおいて、費用対効果からみて抜群の実績を挙げた。かつこれら注目の集まるイベントを集中して実施し、相乗効果を盛り上げるなど、世界のどの国にも真似のできないことだった。

しかも2019年の勢いは、翌20年へとシームレスでつながる。もうすでに、新しいスタジアムの完成が、国際ニュースの見出しを飾った。オリンピック・パラリンピックをめぐってメディアの関心は東京へ、日本へ、再び必ず向かうだろう。

対外PRに関しここ1年の日本が収めた成果たるや、このたびはお代替わりというおよそ計画しようがなかったイベントまであったことを勘案すると、近代史を通じてすら稀なものだったと、ここは自分でラッパを吹いておいても罪にはなるまい。

日本は「好かれる国」のトップ集団に

日本の対外コミュニケーションズ能力は、十分ティア・ワン集団に日本を置くだけの底力をもっている。これは2019年のような、特殊な一時期の話ではない。常日頃から言えることだ。

数値的な例証を挙げておくと、まずギャラップのカントリー・レイティングズがある。

国名を挙げ、その国について「大いに好意を持つ」「ほぼ好意を持つ」「ほぼ好意を持たない」「大いに好意を持たない」「意見なし」のどれかを選ばせる単純な調査だ。

長所は、中国や日本などいくつかの国に関し時系列に沿った変化が見られることと、網羅的ではないが(例えば米国についての調査は1991年2~3月実施の1件があるのみ)、複数国の横断的比較が可能なことだ。

同調査によると、日本について2019年2月1~10日時点で「大いに好意を持つ」「ほぼ好意を持つ」と答えた人の比率は、それぞれ30%、56%。合計で86%と高い。同時期に日本よりこの比率で高かったのは、オーストラリア(88%)と英国(87%)だけだった。

アジアでは韓国が高いが、71%という水準。中国は、天安門事件が起きる前、1989年2月~3月の調査でつけた72%が史上最高値で、その後は50%近傍に高い壁を見出しつつ、この時点で41%と低迷している。

中国は、世界の「関心」を喚起し続けてきた。しかし「好意」の涵養(かんよう)には失敗した。先ほど日本の対外PRが2019年はとりわけ費用対効果で上々だったと述べた。中国は対極にある。巨額に使われているとされるPR資金の効果は、極めて低いと断じざるを得ない。

一方、米誌フォーブズ(2019年10月16日付)が発表した「世界で評判の良い国」ランキング(レピュテーション・インスティテュート調べ)によると、日本は11位だ。アジアでは他にシンガポールが17位、台湾が24位に現れるのがめぼしいところ。

1位から順にスウェーデン、スイス、ノルウェー、フィンランド、ニュージーランド、カナダ、デンマーク、オーストラリア、オランダ、アイルランドと、北欧諸国はじめ、この種の調査で常連の国々が並ぶ。それに次ぐ日本は、経済力が大きく強い点で、上位国いずれとも異なる。その位置は出色といっていい。

個々の調査には特有の偏りがあるだろう。けれども類似の試みどれを見ても日本の高評価は変わらない。バイアス抜きの結果がそこに見られる。日本に対する高評価は、本物だといって差し支えない。

すなわち日本はイベントがあろうがなかろうが、安定して高評価を得る国だ。他国の羨望(せんぼう)を集めこそすれ、PR力の弱さを自ら卑下しなくてはならない国ではない。

これがいくつか大規模世論調査から客観的観察として得られる結論で、だとすると、何が日本の評価を支えているかにおのずと関心は向かうわけである。

食、アニメ…幅広い日本文化の魅力

日本が提供する魅力の種類は幅広い。かつ一つ一つが歴史の長さに裏打ちされている。そこに高評価の理由が、少なくともその一端があるのではないか。

日本に対する強い嗜好を引きつけるものとして、口から体内に入れる――すなわち生体的リスクを払ってでも欲しいと思わせる――料理とアルコール飲料に、日本には独特のものがある。

日本料理の食材に向かった外国人の関心は、日本の農水産品への需要につながった。

築地場外市場内の商業施設「築地魚河岸」を見学する観光客ら=2018年10月、東京都中央区(時事)
築地場外市場内の商業施設「築地魚河岸」を見学する観光客ら=2018年10月、東京都中央区(時事)

ディズニーのアニメーション映画とまた違う広範な年齢層を引きつけ、ストーリーもさることながら、俳句さながらに風景を切り取る情景描写において独特の魅力を持つアニメーションは、日本に発達し、世界各地の若者に熱狂的支持者をつくった。

それを支える漫画と子供向け媒体は、大手出版社の有名大学を出た編集者――米国で言うならランダムハウス社とそこに就職するアイビーリーグ大卒の編集者といったところ――によって、日本に都市中間層が本格的に登場した100年ほども前から発展してきたもので、他国の容易な追随・模倣を許さない。

さらに言うなら、愉悦のためだけの読書を好んだ人口の膨大さがあって、後の漫画がある。江戸時代すでに、娯楽追求型読書の人口は、アジアは言うに及ばず、欧州にも類例を見出しにくいくらい日本にはたくさん育っていた。

世界最古のロマンス小説・源氏物語は、今に続く絶え間ない脚色、翻案によって、江戸時代すでに女性の読者を広く獲得していた。少女漫画という長らく日本に独特のジャンルだった一分野は、その延長上に花開いたとみていい。お望みならば、これに歌舞伎や能、種類が豊富で収集意欲をかきたてる陶磁器の類を加えていいし、知識層向け文学のカタログも日本のそれは豊かだ。

村上春樹が日本史上3人目のノーベル文学賞受賞者になるかどうかはともかく、各国語に翻訳された程度において、村上が世界で指折りの作家であることは疑いを容れない。一時期の中国では、都市に住む若者で、いささかアンニュイな風を好む人種を「村上っぽい」と呼び、作家の名を形容詞にしていたくらいだ。

要するにこれだけ幅広い品々を、いわば常時棚に揃える店が張れる国は、ありそうでそんなにないのである。

増える訪日観光客が新たなファンに

そして日本で接する無名の人々が、どうやらみな自分の仕事にプライドをもっているかに見える(鉄道の車掌、タクシーの運転手、デパートの清掃係など)ところと相まって、食良し、酒良し、モノ良しで、ヒトはもっと良いと、日本の贔屓(ひいき)はそうしてできてくる。

安倍政権が観光ビザの要件緩和や丸ごと撤廃に踏み切ったおかげで、訪日観光客数は、現政権発足直前、2012年に835万8000人だったものが、2018年には3119万1000人と急増した。

先行きはいざ知らず、いままでのところ、初めて来るビジターの多くは日本についてある程度の好意を育てて帰っているようだから、上に述べた魅力を通じ生まれるだろう日本贔屓は、しばらくその数を増やしていくこと必定である。

すなわち日本はPR大国であって、好印象喚起力でも世界有数の国である状態はしばらく続き、むしろトレンドラインにして右肩上がりを続けることだろう。

では、悲憤慷慨(こうがい)すべき状態とは、何について見出せるのか。それを後半で論じてみたい。結論を先取りしておくと、改善の余地を大いに認めるべき側面は、何よりも政府、それから大手企業における対外PR、もしくはその弱さの問題に集中している。

バナー写真:ラグビーW杯1次リーグ・日本-スコットランドで、試合を前に盛り上がる日本代表のファン=2019年10月13日、横浜国際総合競技場(時事)

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