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イラン、北朝鮮…。「閉ざされた国」に学ぶ対外発信の技法

政治・外交

イランや北朝鮮といった「閉ざされた国」は、官製の対外情報発信を主要な「外交ツール」として重視している。筆者は、政府が外交を進める立場からすれば、「多言語で相手国の政治エリート、専門家に向けたこのような発信は、日本でも当然推進してしかるべき」と指摘する。

「外交ツール」としての対外発信

国際的に「閉ざされた国」とみなされているイランや北朝鮮といった国は、国家として「対外情報発信」を重視し、具体的な戦略を持った取り組みを続けている。その目的は非常に明確だ。自分たちが何を、どう考えているかを世界の国々に伝える。それも、相手国の為政者や政治エリート、メディア関係者などの専門家に向けて情報を発信するということだ。

イランには、国営のイラン・イスラム共和国放送(IRIB)が運営する「パルス・トゥデイ(Pars Today)」というインターネットサイトがある。ここは母国語のペルシャ語はもちろん、英語、中国語、ヒンドゥー語など、実に20カ国語以上で情報発信をしている。もちろん日本語のサイトもある。発信する内容も、イランで起きたニュースだけにはとどまらない。米国やイスラエル関連の動静、中東全域のニュースなどを詳しく報道するほか、欧米の報道を常時ウォッチしてそれを引用する形で世界のニュースも伝えている。

北朝鮮は「ネナラ(Naenara、朝鮮語で『わが国』という意味)」というサイトがある。ここは朝鮮語や日本語も含め、9つの言語で発信している。イランの場合もそうだが、これだけ多くの言語で運営するには、当然ながら政府機関の関与がある。

「ネナラ」のサイト内の各言語版を比較してみると、少しずつ発信する内容を変えているのが分かる。朝鮮語版にあるニュースの中から選択して翻訳を行い、情報を流している、日本語版では日朝関係であるとか、歴史認識問題などをテーマにした記事、論評が優先して訳出・発信される。ロシア語版ではもちろん北朝鮮とロシアの二国間関係が中心になる。一定の政治的な意図を持って、編集が機能していることが重要なポイントだ。

また、これらのサイトの重要な目的として、その国の政治指導者の発言の全文を発信するということがある。例えば北朝鮮の場合、金正恩(朝鮮労働党委員長)が米朝首脳会談でどのように発言したか、国内の主要スピーチでどのように話したかなどについて、全文を報じてくれる。これは一般の読者には必要のない情報だが、北朝鮮の意図を知りたい外交官、専門家にとっては非常に重要な情報だ。

具体的な例をもう一つ挙げる。2019年6月に安倍晋三首相がイランを訪問し、最高指導者のハメネイ師と会談した。この結果について、「パルス・トゥデイ」の発信は日本のメディアよりも早く、かつ非常に詳細だった。これもハメネイ師の発言、つまり政治的なメッセージを世界各国の政府当局者らに間違いなく届けるという政治的な意図が鮮明に見てとれる。

ただ、イランの場合はそれだけでなく宗教的な要素も考える必要がある。コーランの時間とか、イスラムの教えを伝えたいという目的を持った情報発信も多くなる。それでも政治に関わるニュースについては、「パルス・トゥデイ」の発信内容は、ほぼ相手国の政策意思決定者に伝えるのを目的に編集しているとみて間違いない。

旧ソ連時代のモスクワ放送はむしろ、広範な世論に訴えることによってソ連の立場に理解を求めるという大衆プロパガンダ的な要素が大きかった。しかし、今の北朝鮮やイランなどのこうしたメディアは、「外交ツール」としてメッセージを送る目的の方が強いと感じる。正式な外交チャンネルが制限されている国ほど、このような対外メッセージの発信を重視することになる。

「国際派」でないリーダーに現地語で

「外交ツール」として、その相手国の専門家、つまり「情報のプロ」に情報を届けることが目的なら、英語での発信で十分では――、との疑問を持つ人もいるかもしれない。しかし、そうではない。イランや北朝鮮が多くの言語で情報発信するのは、合理的な理由があると私は考える。

英語を解する人の層は、どの国でもある程度は偏ってしまう。いわゆる「国際派」ではない、自国語のみしかできないリーダーが内政面でその国に強い影響力を持っている例というのは、日本に限らず非常に多い。ジャーナリズムの世界でもそうだ。国際部や外信部の記者だけを相手にするのではなくて、その国の政治部の記者たちにも情報を届けたい場合には、現地語で発信するメリットは高くなる。

また、英語が母語でない人にとっては、どうしても母語の情報の方が理解しやすい。そのために、情報を伝えたい側としては手間暇かけて翻訳し、発信しているのだ。

政府の公式な立場を明確に

イランや北朝鮮のような「閉ざされた国」ではないからといって、日本が「外交ツール」としての情報発信を軽んじていいわけではない。国際政治のリアリズムを直視し、戦略的な外交を推し進めていくためには、日本の政府が何を考えているかをストレートに発信する態勢は、強化・整備していくべきなのではないか。

現在の政府の対応だが、官邸なり外務省、防衛省はそれぞれの公式サイトを使って情報を発信している。それらの多くは英語でも発信されている。しかし、それは各省庁バラバラの発信にとどまっている。国内はともかく、諸外国に向けた情報発信では、政府としての姿勢、立場を統一する態勢をつくることが大切だ。

政府の立場は、中国なら「人民網」、ロシアなら「スプートニク」を」読めば大体分かる。イラン、北朝鮮は前述した「パルス・トゥデイ」「ネナラ」がある。このような政府の立場を明確にし、なおかつ多面的な情報を伝えるインターネットが日本にもあっていいと思う。多言語での運営は、もちろん商業ベースでは成り立たないので、国の予算を使うことになる。

国際政治の舞台を見ると、これからは為政者向け、メディア関係者に向けた対外発信が重要度を増すと思う。日本も政府レベルでの公式な立場、メッセージをより強く発信したほうがいい。そのほかの、広範な世論を対象にした発信は今の時代、SNSなど別のやり方、チャンネルで考えていくことになるのではないか。

バナー写真:「パルス・トゥデイ」(左)と「ネナラ」のサイト・トップページ

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