日印関係のこれから

日印経済関係の動向とその将来性:進む日本の対インフラ投資

経済・ビジネス

地下鉄や新幹線方式の高速鉄道建設、貨物専用鉄道を整備した上での新しい産業都市づくりなど、日本はインドのインフラ開発整備に大きな役割を果たしている。

日印両国はアジアの二大民主主義国であると同時に、ナチュラル・パートナーとして互いに潜在的に経済的補完性の高い間柄にある。少子高齢化の下で成熟経済に甘んじる日本は、その成長戦略のシナリオを描くためにも、高レベルの成長を続けるインドとの関係拡大は重要である。とはいえ日印経済関係は、停滞気味の貿易動向、期待先行型の対印直接投資が物語っているように、その潜在的レベルに遠く及ばないものがある。他方、目下、その展開が最も注目されるのは、政府開発援助(ODA)を活用した日本の対印インフラ投資であり、インドは開発パートナーとして日本に高い期待を寄せている。本稿では、こうした多様な側面を持つ日印経済関係の最新動向を概観しつつ、今後の展望と課題について考えてみたい。

低迷する日印貿易

第2次大戦前はインドから綿花、銑鉄が大量に輸入されており、インドは日本の貿易全体の10~15%を占める存在であった。しかしながら現在、両国の貿易先は多様化し、日印貿易の比重は互いに低下しており、2018年現在、日本の貿易総額に占めるインドのシェアは1.1%であり、インドから見ても日本のシェアは2.1%にすぎない。2011年8月に日印経済連携協定(EPA)が発効されたが、その後の貿易量は特に拡大したわけではなく、18年現在、その貿易総額は約176億ドルと、印韓貿易を下回るとともに、印中貿易の5分の1にとどまっている。

日印貿易では常に日本の輸出超過であり、インドからの輸入では石油製品(ナフサ)、有機化学品、宝石、魚介類が上位を占めており、日本と東アジア諸国との間で見られるような工業製品・部品の水平貿易が形成されていない。もう一つは、インドが比較優位を持つ後発医薬品について、日印EPAの発効に伴い、その登録その他申請に対して内国民待遇が適用されることになったにもかかわらず、医薬品の対日輸出は低迷したままであり、18年度現在、米国向け輸出54億ドルに対して、わずか5822万ドルにとどまっている。

活発な日本の直接投資

貿易分野とは対照的に、よりダイナミックな展開を示しているのが直接投資(FDI)の分野である。日本はモーリシャスとシンガポールに次ぐ有力な対印投資国である。日本の対印FDIが顕著な拡大傾向を示したのは2007年以降である。第一三共によるインド最大手製薬会社ランバクシーの買収、さらにはNTTドコモによるタタレサービシズへの経営参加もあって、ネットフロー・ベースでの日本の対印FDIは08年には55億5100万ドルに躍進し、翌09年も36億ドル6400万ドルを記録した。その後、日本の対印FDIは上記2社のインドからの事業撤退もあり、金額ベースでは伸び悩んだが、対印進出企業数は08年の550社から18年の1049社へと着実に増加している。

スズキのインドでの成功事例に示されるように、日本の自動車メーカーの対印進出は労働者のスキルや品質管理の向上を含めて、インドの製造業の底上げに大きく寄与するとともに、鉄鋼、機械、発電設備、ロジスティック分野での日本企業の対印進出を促す結果となった。エアコン分野ではダイキンが首位を維持しており、その他食品、文房具、化粧品、医薬品、衛生用品、トイレ設備など幅広い分野で日本企業の進出が広がっている。小売分野でも16年8月には無印良品の良品計画がムンバイで、19年10月にはユニクロのファーストリテイリングがデリーでそれぞれ1号店をオープンした。

国際協力銀行(JBIC)が海外現地法人を持つ日本の製造業企業を対象にした2019年のアンケート調査によれば、目下、インドは長期的(今後10年程度)に加えて、中期的(今後3年程度)にも有望事業先の第1位にランクされている。その最大の理由は「現地市場の今後の可能性」であり、この点でのインドに対する期待は他の地域に比べて断然高いものがある。他方、実績評価値としての売上高・収益の満足度については、インドは他の多くの地域に比べて低く、ブラジル、ロシア並みのレベルにとどまっている。「インフラが未整備」、「他社との厳しい競争」、「法制の運用が不透明」などが投資先としてのインドの課題として挙げられている。

日本のODAでインフラ開発整備

日印経済関係で注目されるべき重要な点は、ODA供与を通じて、日本がインドのインフラ開発整備に大きな役割を果たしていることである。インドは1958年に開始された円借款の最初の供与先であり、また2004年度以来、連続して日本のODAの最大の供与先になっている。円借款の供与先として、これまで大きなシェアを占めてきたのは地下鉄建設事業である。02年に開通したデリーメトロは、日本の運行システムだけでなく、日本の工事文化や安全技術がインドに伝達された成功例である。地下鉄事業への支援は、デリー以外にもアーメダバード、ムンバイ、コルカタ、チェンナイに広がっている。

デリー・ムンバイ産業回廊

インドでは5件の産業回廊が構想されているが、このうち旗艦的な存在として最も注目されているのが、日印共同プロジェクトとしてスタートした900億~1000億ドル規模のデリー・ムンバイ産業回廊(DMIC)である。貨物専用鉄道(DFC)西線をバックボーンにして、沿線の6州にまたがる帯状地帯に、目下、8つの産業都市(Investment Nodes)の建設が目指されており、目下、DMICとして、18件のプロジェクトが進行中である。日本はDMIC開発公社の株式26%を取得し、同公社に2名の役員をJBICから送り込んでいる。当初、日本側は19件、45億ドルの日本側事業候補を提示したが、現在、その中で成功例として挙げられるのが、NECが担当しているロジスティックス・データバンク(LDB)と呼ばれるITを活用した物流可視化管理事業である。

貨物専用鉄道西線

DFC西線の建設には、2008年の日印首脳会談で麻生首相よりODA借款の提供が約束されていた。ダドリ(デリー首都圏)からムンバイ港対岸のジャワハルラル・ネルー港(JNPT)まで全長1504キロのDFC西線は、全区間複線で、電気機関車による二層式コンテナ輸送が想定されている。在来線で3~4日かかっていたデリー・ムンバイ間の輸送が1日に短縮され、1列車当たりの貨物輸送用も3.6倍に拡大されることになる。DFC西線にはJICAを通じて7315億円の借款が提供されるが、本邦技術活用条件(STEP)に基づいて、資材の3割は日本からの調達が義務付けられている。工事の各パッケージにおいて、日本企業が主契約者になることが求められている。ただし電気機関車についてはコスト面の理由で日本企業が参入をためらったため、インド鉄道省が担当することになった。工事進捗状況は、19年10月現在、フェーズ1区間(レワリ~ヴァドーダラ間)では63%、フェーズ2区間(ダドリ~レワリ間、ヴァドーダラ~JNPT間)では31%であり、2021年末までの開通目標がさらにずれ込む可能性がある。

ムンバイ・アーメダバード高速鉄道

日印共同プロジェクトの新たなシンボルとして、大きな注目を集めているのがムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設である。2015年12月の日印首脳会談において、上記区間に新幹線方式を採用することが最終決定され、日本は総工費(1兆800億円)の80.9%を返済期間50年、返済猶予15年、利子率0.1%という破格の条件の下でのODAでカバーすることになった。

工事内容は、日本の場合と同じ全線高架とされ、全長508キロの所要時間は現行の8時間から2時間に短縮されることになる。インド人の研修、さらには車両、運行などの新幹線方式の技術移転の責任を負っているのがJR東日本である。新幹線車両の予定生産台数240両は、今後、新幹線車両が他の路線でも幅広く利用される場合を除いて、基本的に日本で生産される見込みである。

工事期間は2018年から23年末までとされているが、コスト面以外、とりわけ土地収用の問題で予断を許さないものがある。土地収用について、20年2月現在、高速鉄道建設に必要な全用地の47%がインド国鉄によってすでに取得済みである。しかし19年10月のマハラシュトラ州議会選挙で、与党インド人民党(BJP)が過半数に届かず、高速鉄道建設に懐疑的な地元政党シブ・セーナー主導の連立政権が誕生した。土地収用については州政府が強い権限を持っており、今後の状況を見守る必要がある。

欠かせない今後の人材交流拡大

上記の大規模インフラ・プロジェクトをスタートできたのも、戦略的グローバル・パートナーシップに基づいて毎年、両国間の首脳会談が開催されるという制度的枠組みが確立されていたからであるが、今後、上記のプロジェクトをしっかりと完成までこぎ着けることができるのか、まさしく両国パートナーシップの真価が問われるところである。最後に、日印関係拡大の基盤を形成する上で究極的に重要なことは、活発な人材交流を通じた相互理解であり、そのことは日本の対印投資の拡大、さらには日印間のIT連携にとっても不可欠であるということである。人材交流の乏しさが両国関係拡大のためのミッシングリンクにならないためにも、日印間の人材交流をいかに広げていくのか、日印関係に携わる産官学の幅広いレベルで取り組まれるべき重要課題になっている。

バナー写真:来日したインドのナレンドラ・モディ首相(右)と、JR東京駅の新幹線ホームで握手する安倍晋三首相=2016年11月12日(時事)

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