ポストコロナの世界

米中対立激化の行方を読む(上): もはやイデオロギー闘争の様相

政治・外交 経済・ビジネス

新型コロナウィルスの世界的な感染爆発を機に、米中関係が悪化の一途をたどっている。対立激化の背景、今後考えられるシナリオなどについて、米国と中国それぞれの専門家が対談した。

佐橋 亮 SAHASHI Ryo

東京大学東洋文化研究所准教授。専門は国際政治学、東アジアの安全保障。1978年生まれ。米イリノイ大学政治学科留学を経て、国際基督教大学教養学部卒。東京大学大学院博士課程修了、博士(法学)。オーストラリア国立大学博士研究員、神奈川大学法学部教授などを経て2019年度より現職。著書に『共存の模索 アメリカと「2つの中国」の冷戦史』(勁草書房、2015年)がある。

川島 真 KAWASHIMA Shin

nippon.com編集企画委員。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

「折り合う余地」がない関係に

川島 新型肺炎の感染の拡大の中でさらに話題になっている「米中対立」と言われているものを、どのようにとらえているか。

佐橋 現在は、米中関係にとっての「大きな転機」だと考える。まずは少しさかのぼって考えてみたい。米国の中国政策は2018年前半に大きく変わった。17年末に国家安全保障戦略が出て「中国との競争」が打ち出された。18年3月には米通商代表部(USTR)の調査が出たり、中国に対する関税の付与が始まった。何よりも大きかったのが、8月にいわゆる「マケイン法」(国防権限法2019)が出来て、現在行われているような中国に対する輸出管理・投資規制の枠組みが出来たり、「孔子学院」が問題視されたりした。10月には、ハドソン研究所でのペンス副大統領の「対中強硬論」演説があった。

この中で最も大事なのは、マケイン法の成立だろう。これでさまざまな政策的な対応の基礎ができた。貿易摩擦などの経済的な問題意識だけでなく、「米国の覇権維持」という戦略目標がついに政策化されたと言える。

さて、このように18年から米中対立は続き、19年もその勢いが維持されていたわけだが、20年3月から始まった米中関係の悪化、または米国の強硬姿勢というのは、明らかにもう一つの転機になっていると考える。端的に言えば、イデオロギーの対立が、ついに前面に出てきた。貿易摩擦などの経済外交、安全保障や技術覇権競争などの「戦略的」な対中政策に覆いかぶさるように、この数カ月はイデオロギー対立が対中政策を支配している。今までとは全く違った様相になっている。そういった中でウイグルや香港の問題が位置づけられ、議会や政府内の強硬論が形成されるようになったと考えている。

川島 そうすると、中国を「戦略的競争相手(strategic competitor)」だととらえる見方も変わってくると思うか。

佐橋 いや、そうではなくて、「戦略的競争相手」としての中国というものをさらにアピールできる素地を、このイデオロギー対立という面がつくっている。現在の米国の政治状況はそのようなものであると考えている。だから、ウイグルも香港も個別の問題ではなく、中国とのイデオロギー対立というより大きな文脈で認識されることになる。今回の中国の新型コロナウイルス対応についても、悪いのは「共産党体制」だと攻撃している。

貿易摩擦の問題では両国は「取り引き」できる余地もあり、事実、貿易協議で第1段階の合意が出来上ったのだが、米国が「共産党たたき」を前面に出してくるとしたら、中国としては「折り合う余地」が全くなくなってしまう。その意味で、両国関係は「新冷戦に近づいている」との見方が出てくる。

川島 現在の米中対立を分析する際に「冷戦という言葉は使わない、なぜならイデオロギー対立がないからだ」と話す専門家が少なからずいる。だが、実際には「イデオロギー」対立がある段階に至ったということか。

佐橋 「新冷戦」という言葉が流行ってきた理由としては、一つは明らかにイデオロギー対立の様相が増していること、また、「この対立は長続きするし、当面折り合いがつかない」という諦めがその言葉に含まれているのだろう。ただ、定義があいまいなので、米国ではこの言葉を使わない専門家も多い。

2020年前半の主な米中関係の動き

1月15日 米中両国が貿易協議「第1段階」の合意に署名
1月31日 米、新型コロナで中国全土からの入国制限発表
2月7日 トランプ大統領と習近平国家主席が電話会談
3月13日 トランプ氏が国家非常事態宣言
3月27日 トランプ氏、習氏が電話会談
4月23日 ポンペオ米国務長官が、南シナ海での中国艦船について「挑発的な行為を続けている」と非難
5月14日 トランプ氏が中国と「関係を完全に断ち切ることもできる」と発言
米上院、ウイグル人権法案を可決
5月15日 米、ファーウェイ(華為技術)への追加制裁発表
5月20日 ポンペオ氏が台湾の蔡英文総統の2期目スタートを祝う声明を発表
5月28日 中国全人代で、香港の国家安全法制の新設を可決

nippon.com編集部作成

共産党建党100周年を迎える中国

川島 中国側から見ると、この「イデオロギー対立」と呼ばれるような様相は、中国が自覚しているかどうかはともかく、皮膚感覚としては感じているのではないかと思う。2018、19年の段階では中国は米国との貿易問題などでも、「交渉の余地はある」と考えていたと思う。それは劉鶴氏が副総理に就任し、通商協議に当たっていたことからも分かる。核心的利益を認め合った上で協調関係を築こうとする「新型大国関係」という中国側のスローガンにもぴったりくるものだった。つまり、この時期までの中国の対米方針は基本的に従来通りではないかと推察できる。

ところが2020年になって、米国があまりに強硬姿勢をとって逃げ道がなくなり、中国もこれまでのように「新型大国関係」などと言ってはいられない面が出てきた。それが4月中旬ごろだ。4月初旬までは新型肺炎の起源をめぐる論争でまだアメリカへの配慮が見られたが、中旬になるとそれがなくなり、外交部を含め、公的な場で堂々と米国を批判するようになった。それまでは、対米発言にも一定のバランスがあったので、大きな変化だ。

5月下旬に行われた全人代(全国人民代表大会)の政府報告には、もはや「新型大国関係」の話は出てこない。言葉だけではなく、東シナ海、南シナ海における公船の行動なども含め、中国側の対米政策のスタイルも過渡期に入ったようだ。

米中対立の経緯を振り返ると、そもそもそれを仕掛けたのは中国側で、2016年には米国の安全保障体制、価値観を批判し、国際連合と国際法だけ支持するなどと、対抗心を明らかにした。17年には「2049年には米国に追いつく」と宣言したほか、海底ケーブルやGPS衛星システムなど、米国主導ではない国際公共財づくりにも着手している。このような行動が南シナ海の「軍事化」やサイバー攻撃などと相まって米国を刺激し、米国における“中国脅威論”が増してきたと考えられる。とはいえ中国からすれば「あと30年近くも時間をかけて米国と同等になる」という長丁場の計画を立てていたともいえる。

一方で、中国では、今回の新型肺炎は「9.11」「リーマンショック」と並ぶ米国の覇権の後退の契機だと位置付ける見方がある。「今がチャンス」と考え、米国に攻勢をかけたいという願望もあるだろう。一方で、「国家安全法制」に見られる香港への対応は、中国から見ると「米国の強硬姿勢、本格的な攻勢に対応する、中国の弱点をふさぐための防衛的な措置」ととらえることもできる。攻勢に出ようという面と、外からの攻撃をしのごうと「脇を締めている」面とがある。

新型肺炎の影響で、2020年の中国は経済的に非常に苦しい。国内の経済や就業対策にお金を使わなければならず、一帯一路にふんだんに資金を流す余裕はないというのは自覚している。今年は「身を引き締めて、米国の攻勢に耐える」という気持ちもあるだろう。実は中国としては、20年よりも翌21年のほうが非常に重要な、中国共産党建党100周年という節目の年だ。ここに向けた目標は2つ。「小康社会」(ややゆとりある社会)の実現と、20年の国内総生産を10年の2倍に増やす具体的な成長の達成だ。しかし後者は新型肺炎の影響で、ほぼ不可能となってしまった。

5月に「さらにギアを上げた」米国

佐橋 中国が4月にこれまでの姿勢を転換し、公然と米国を批判するようになって以降、米国は5月にはさらに対中批判のギアを上げてきた。その典型的な例が、トランプ大統領の「対中関係を完全に断ち切ることができる」という言及だ。また、あまり日本では報道されなかったが、私が一番挑発的で重要と思っているものはマシュー・ポッティンジャー大統領補佐官、国家安全保障会議のナンバー2だが、5月に2回にわたって中国語で演説している。最初の演説は、5.4運動や胡適、さらに世界人権宣言に尽力した中華民国の外交官や李文亮医師を取り上げながら「良識ある市民の行動によって、物事を変えることができる」と訴えた。中国政府ではなく、中国人に「立ち上がれ」と呼びかける内容だ。

2回目は蔡英文・台湾総統就任式に合わせたビデオ・メッセージで、ここでは「民主主義は欧米だけのものではなく普遍的なものだ」との文脈で、わざわざ物理学者の方励之に触れた。これは天安門事件を想起させる、非常に挑発的なものだ。ここに象徴的に見られるように、米国の中国への遠慮、配慮は全く消し飛んだ。それぐらい雰囲気が悪くなっている。5月にはファーウェイ(華為技術)に対する追加措置(制裁)もあった。また対中政策の考え方を改めてまとめた「中華人民共和国への戦略的アプローチ」という文書も発表されている。

川島 ポッティンジャー演説は、残念ながら中国国内にはほとんど伝わっていない。完全にブロックされてしまっている。ただ、中国語で米国高官がスピーチする、民主主義の価値をアピールするのは世界の華人圏には強いメッセージとなる。北京や上海には入らなくとも、香港の民主活動家や台湾の人々を勇気づけるものにはなっただろう。

佐橋 米中対立の起源の問題だが、確かに中国が仕掛けたのはその通りだと思う。それは米国側が言うところの、リーマンショック後における中国の“過剰な自信”があったし、習近平政権発足後、サイバー空間や南シナ海で実際に行動を起こしていった。習近平政権に対する不信というのは第1期から積み重なっていき、それが米国の変化を引き起こしたのは確かにあると思う。

他方で米国の変化を見ると、結局オバマ政権では「変わらなかった」わけで、それは今後に民主党政権が誕生するにしても一つの参照点にはなるだろう。トランプ政権は戦略的な問題、覇権の維持とか技術競争の分野とかに重きを置き、最初は対中貿易摩擦に絡めて戦略問題の政策化を進めていった。現在はイデオロギー対立をうまく使って進めている。戦略的な話だけだと、政治的な推進力というのはワシントンを越えてはそうそう進まない。今は米国自体が新型コロナで打撃を受け、イデオロギー対立で盛り上がっているので勢いを保っているが、これがいつまで続くのかは別問題だ。

トランプ政権は、対中対立をいわば政治運動化してきた。今後はこの流れがどこまで続くのか、また民主党のバイデン候補の中国政策はどのようなものかというのも、よくよく考えていかなければいけないのではないか。

川島 確かに、現在の米中対立激化の中で、トランプ大統領特有の要因がどの程度あるかというのは非常に関心があるところだと思う。そもそもオバマ政権末期の時点で、米国が中国を相当厳しく見ていたという部分もある。トランプ政権はそれと連続性があるのか、それとも相当特有の事情があるのかを考えることは、次期米政権の外交姿勢を考える上でも重要だ。

(続く)

企画・構成:ニッポンドットコム編集部(対談は2020年6月10日にビデオ会議で行った)

バナー写真:ドナルド・トランプ米大統領(左)と習近平・中国国家主席(AFP/アフロ)

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