菅新政権の課題

規制改革:デジタル化関連分野で集中した取り組みを

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菅義偉首相が就任時に重点施策に掲げたのが「規制改革」。担当相は「脱はんこ」を掲げて注目を集めたが、手を付けるべき“核心部分”はどこかを探る。

菅義偉首相は、重要政策として規制改革を掲げている。規制改革は、長年の日本経済の課題である。ここでは、日本の規制改革が抱える課題を整理し、現在とくに取り組むべき事項について述べることにしたい。

日本政府が規制改革に本格的に取り組み始めたのは、1995年である。それ以来、専門の会議体を設置して、規制改革を進めてきた。日本の規制改革は進んでいないとみられることが多いが、この25年間を振り返るとかなり進んだ。電気通信事業の参入規制緩和、金融における金利や手数料の自由化、電力料金の自由化など、広範な分野で規制が緩和されてきた。

しかし、個々の規制改革に時間がかかり過ぎることが日本の問題である。規制の必要性は経済環境の変化とともに変わってくるから、たえず見直しが必要だが、規制に守られた産業はたとえ必要性を失った規制でも緩和に反対する。したがって、規制改革は経済の問題であると同時に、政治の問題でもある。

官製市場とデジタル化:2つの課題

現在、日本の規制改革において大きな課題となっているのは、次の2つの分野である。第一は、株式会社の参入が制限されている官製市場と呼ばれる分野で、医療、介護サービス、保育サービス、農業などである。介護施設や保育園は社会福祉法人などの非営利法人がおもな事業主体で、株式会社は参入できても競争条件が等しくない。農業では、株式会社は農地を所有することができない。病院には株式会社の参入が認められていない。この分野には、参入制限以外に多くの規制事項があり、長い間、改革の対象になってきた。何らかの規制が必要な分野であるだけに、どの規制をどこまで緩和するかが常にむずかしい課題となる。また、担い手が制限されているがゆえに、業界団体の政治力が強く、政治的にも改革がむずかしい。

第二は、デジタル化に対応していない規制分野である。例えば、技術的にはオンライン診療や遠隔教育が十分に可能になっているにもかかわらず、日本ではきわめて限定的にしか利用が認められておらず、COVID-19による外出自粛のなかで遅れが問題となった。また、シェアリングエコノミーの拡大で、民泊やライドシェアなどの新サービスが登場しているが、日本では民泊には制限が強く、ライドシェアは実現していない。

この両方ともに、規制改革の重要度は高い。第一の分野は、高齢化や共働き世帯の増加で今後さらに需要が拡大すると予想され、ここで適切な規制改革がなされれば、成長産業にもなり得る。また、現在でも人手不足が続く介護や保育の分野では、経営の自由度を高めることで経営体質を強化し、従業員の待遇を改善していくことが必要だ。

第二の分野については、第4次産業革命とよばれるデジタル変革が急速に進んでいるだけに、重要性はあらためて指摘するまでもない。日本では、COVID-19(新型コロナウイルス)による危機の中で、政府や企業のデジタル化の遅れが顕在化したこともあり、菅首相は「デジタル社会の実現」を重要な目標に掲げている。社会全体のデジタル化を加速させるには、規制改革もそれに合わせて進めなくてはならない。

デジタル分野てこに規制構造の変革を

上記のことを考慮したとき、菅内閣において重点的に取り組むべき規制改革の課題は何だろうか。

最も優先すべきは、「デジタル社会の実現」という課題に沿って、デジタル化に関連する規制改革を集中的に進めることだろう。これは、デジタル変革が経済成長に直結するからというだけではない。近年のデジタル化は、業種の境界を崩し、デジタルプラットフォーマーなどの新業態を登場させ、産業構造を大きく変えながら進んでいるため、デジタル化に関連する規制改革を行うことは、旧来の規制の構造を転換させる効果を持つからである。

例えば、金融分野では、フィンテックによって新サービスが続々と登場し、スマホのアプリで送金や金融商品の購入を行うことが容易にできるようになった。これを受けて、日本でも送金や金融商品販売などに関する規制が見直されつつある。これは、業態ごとに縦割りで定められていた規制を消費者ニーズに合わせた横断的な構造に変えようとするものであり、大きな転換を意味する。

デジタル化という軸で規制改革を進めるとき、課題は、次の3つのテーマに分けられる。

第一は、現行の規制がデジタル技術の活用を阻んでいる場合の規制改革である。例えば、医療分野の規制がオンライン診療の普及を阻む、教育分野の規制が遠隔教育の拡大を阻む、タクシーなど公共共通に関わる規制がMaaS(Mobility as a Service:移動のサービス化)の実現を阻む、などの例である。

第二は、デジタルイノベーションによって登場した全く新しい分野における規制の構築である。例えば、自動運転に対応する規制、水素など新エネルギーに対応する規制、ビッグデータの利用に関する規制、などである。ここでは現行の規制の見直しと併せて、個人情報保護や安全確保などのための新たな規制の創設が必要となる場合もある。

第三は、行政手続きのデジタル化、つまり電子政府を実現するための改革である。企業や個人が政府に申請や届出を行う際、日本では押印して書面で提出しなければならず、オンラインで完結しないケースが非常に多い。また、手続きが煩雑で多くの書類の添付が求められたり、許認可が得られるまでに時間がかかったりすることが多い。行政手続きは、広義の規制として、規制改革推進会議に作業部会を設けて取組んできている。

遅れをとった「電子政府」の取り組み

この3つのテーマの中で、菅首相が最初に取り組んでいるのは電子政府の実現である。COVID-19への対応策として給付金や補助金を支給するに際して、行政手続きに時間がかかり、国民の不満が高まったことが背景にある。日本では、20年前から電子政府に向けての取り組みを進めてきたが、各省庁が別々のシステムを導入していることに加え、政府内にシステムに精通した人材が不足しており、進捗が著しく遅れている。

菅内閣はデジタル庁を新設し、ここに各省庁のIT関連組織を一元化し、省庁ごとに縦割りになっていた行政手続きをオンラインで円滑に行えるよう、準備を進めている。デジタル庁を創設する法案は、来年1月に始まる通常国会に提出される予定である。併せて、押印を要する手続きを一気に電子化するよう、改革を進めている。

第一のテーマについては、まず、COVID-19による外出自粛で国民の要望が高まったオンライン診療、遠隔教育を進めることを、菅首相は表明した。オンライン診療は、COVID-19が収束するまでの時限的措置として規制が緩和されており、この措置の恒久化が意図されている。医療と教育分野でのデジタル化を手始めに、他の分野でも、デジタル化を阻む規制の改革に大胆に取り組むことを期待したい。

第二のテーマについては、規制改革推進会議での取り組みに加えて、今年5月に成立したスーパーシティ法の実施が注目される。この法律は、複数の自治体を特区として選定し、AIやビッグデータなどの先端技術を物流や交通などさまざまな都市機能に活用できるよう、実験的に規制改革を行うものである。

利用者、消費者の立場で

さて、こうしたデジタル関連の規制改革を進めるにあたっては、2つの重要なポイントがある。

一つ目は、利用者の立場に立って改革を進めるということである。日本に限らず、規制を維持しようとする事業者は政治に働きかけ、また、規制官庁もその権限を維持しようとして、業界と規制官庁と政治のいわゆる鉄の三角形がつくられることになりがちである。日本でも、経済政策をめぐって供給者重視になることが多く、これが規制改革を遅らせる最大の要因になってきた。

しかし、現在のデジタル変革は消費者のニーズを起点にして進んでいる。デジタル社会の実現においては、利用する側の視点で改革を進めることが何より重要であり、規制改革においても同様である。

二つ目は、実行のスピードである。日本の規制改革は、時間がかかり過ぎることが問題であることを冒頭で述べた。利害関係者の調整に長い時間がかかることがその原因だが、近年のデジタル変革のスピードは非常に速い。首相の強いリーダーシップによって、迅速に規制改革が進むことを期待したい。

どういう分野であれ、デジタル化は従来からの仕組みの大きな転換だから、反対がつきものである。まして、規制改革には反対が強い。しかし、COVID-19による危機の中で、日本のデジタル化が遅れていることを国民は痛感し、そのおかげで、いま改革の機運が高まっている。そして、ちょうどこの時期に、かつて情報通信政策を管轄する総務相をつとめ、デジタル社会の実現を主張してきた菅義偉氏が首相に就任した。まさに、遅れていたデジタル化と規制改革をともに進める好機である。COVID-19という危機を無駄にせずに、規制改革が加速することを期待したい。

バナー写真:2007年10月、日本郵政グループの発足式でテープカットする小泉純一郎元首相(左から3人目)、西川善文社長(同5人目)ら。菅義偉首相(左端)も当時、前総務相として式典に参加した(時事)

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