トランピズムの行方

始動したバイデン外交:国際主義の旗に埋め込まれた「中間層の利益」

国際

トランプ主義の台頭と米社会「分断」の広がりを受け、バイデン大統領の外交姿勢も「国際主義」一辺倒からの修正を迫られている。2月の外交演説で登場したキーワード「中間層のための外交」について解説する。

外交も「ブルーカラー」意識?

2021年2月4日、ジョー・バイデンは国務省で初めての外交問題に関する演説を行った。「アメリカは戻ってきた」と強調し、同盟関係を修復し、世界に再び関与する意向を明確に示した(※1)。その演説が、「アメリカ第一」を高らかに掲げて、数多くの国際組織や国際協定に背を向け、同盟国間の協調を乱し、秩序をかく乱したドナルド・トランプの外交の否定を意識していたことは明らかだった。バイデンの演説を受けて世界には、再びアメリカ外交が国際主義へと回帰したことへの歓迎のムードが広がった。

しかし、果たしてバイデン外交は、トランプの「アメリカ第一」外交と明瞭に決別するものであろうか。演説には、そのことを疑わせるくだりがある。演説の後半部で掲げたのが、「中間層のための外交(foreign policy for the middle class)」である。

バイデンの説明は次のようなものだ。今日、外交政策と国内政策の間に明確な区別は存在しない。むしろ、国内経済の強さこそがグローバルな世界におけるアメリカの強さを決定する。そして今後は海外でのあらゆる行動について、アメリカの労働者家庭への影響を念頭に置かれなければならないと宣言した。

サリバン補佐官が埋め込んだ外交観

バイデンの外交観に「中間層のための外交」というアイデアを埋め込んだのは、外交・安全保障政策の要である国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任したジェイク・サリバンである。44歳という若さでの抜擢であるが、オバマ政権で国家安全保障担当副補佐官、国務副長官を歴任した経験を持つ。

サリバンは、2020年9月、カーネギー国際平和財団が発表した報告書「中間層にとってよりよき外交政策に向けて(Making U.S. Foreign Policy Work Better for the Middle Class)」(※2)の共同執筆者となっている。同財団は、ワシントンDCを拠点とする外交・安全保障問題のシンクタンクだ。この報告書は、アメリカがこれまで展開してきた外交について、中西部に住む人々がどのような考えを持っているかを2017年から調査してきた成果であり、調査メンバーには政府高官経験者がずらりと名を連ねる。

なぜ、DCを拠点に活動する外交エリートたちは、中西部に生きる中間層の考えに関心を抱いたのか。彼らを突き動かしたのは、長らく外交政策に関する議論が、DCの狭いポリシー・サークルで完結してしまい、その結果、これまでの外交が中間層の利益を反映しないどころか、その利益を重大に損なうものとなってきたという反省であった。

トランプ政権誕生の衝撃

この研究会が2017年に立ち上げられたのには理由がある。この年、そもそもは大統領選の泡沫候補であったトランプが、「アメリカ第一」の外交方針を高らかに掲げて、「雇用を取り戻す」と国民に約束して急速に支持を伸ばし、最終的に当選を果たす番狂わせを演じたのである。トランプは大統領就任演説で、疲弊するアメリカ中間層の現状を「大惨事(carnage)」と言い表し、その原因の重要な一端を、長きにわたって続けられてきた国際主義的な外交方針に求めた。

トランプによれば、「何十年も前から私たちは、アメリカの産業を犠牲にして外国の産業を豊かにしてきた。この国の軍隊が悲しくも消耗していくのを許しながら、外国の軍隊を援助してきた。自分たちの国境防衛を拒否しつつも、外国の国境を守ってきた。そしてアメリカのインフラが荒廃し衰退する一方で、海外では何兆もの金を使ってきた。われわれは、この国の富と力と自信が地平線の向こうで衰退していく間に、よその国々を金持ちにしてきた」のであった。

このような認識に立ってトランプは、今後は、「アメリカ第一」の政策、特にグローバル化やIT化の流れから取り残され、衰退してきた労働者のための政策を遂行すると約束したのである。

トランプの当選は、アメリカの世界関与のあり方に関し、国民の間に重大な見解の相違が存在することを露呈した。これまでアメリカの外交政策が国際主義的な傾向を持ってきたのは、DCやニューヨーク、カリフォルニアなど、政治やIT産業の中心地を拠点に活動するエリートたちの意見を主に反映してきたからであって、アメリカ中西部で製造業に従事する労働者たちがそのような外交を求めてきたわけではない。

グローバル化と技術革新によって産業構造が変化し、自らが従事する産業が衰退する中で、これらの労働者たちはいよいよ、政策エリートたちによって自分たちの利益が無視されているという憤まんを募らせていった。この怒りのパワーを吸収し、政治的なパワーへと変えたのがトランプだったというわけだ。

上述のカーネギーの報告書は、トランプの政治的成功から次のような教訓を導き出している。「アメリカ第一のアプローチが、アメリカの雇用を守ることや投資の促進、家計の上昇の答えではないことは明白だ」、「しかし、アメリカ第一のアプローチの魅力は理解できる」。確かに、トランプの政策が、実際のところどれだけ労働者階級の利益に資するものであったかには多数の疑問符がつく。

しかし、トランプが苦境に立たされている労働者を「忘れられた人々(the forgotten men and women)」と名指し、その救済を主張して、政治的な支持を集めたことは厳然たる事実である。この事実を認めずに、再び労働者を顧みない外交を展開することがあれば、再び彼らの憤まんが極端な方向へと政治的に動員されることは十分にありうる。

外交政策エリートたちの模索―中西部へ

そのような事態を防ぐためにも、労働者階級の実態やその考えを正確に把握し、彼らの利害や意図をくんだ外交政策を構想しておく必要がある。こうした問題意識に促され、調査メンバーたちは、中西部のコロラド州、ネブラスカ州、オハイオ州の3州で、中小企業経営者、州や地方自治体の役人、労働者など数百人を対象にインタビューを行い、彼らがどのような対外政策を求めているのかを研究した。

この調査結果をまとめたものが、先の報告書である。報告書の結論は、今後、アメリカは中間層の復興を最優先の課題とし、国際社会においては「より野心的でない外交政策」を追求すべきだというものだった。

もっともカーネギーの調査団が結論とした「より野心的ではない外交政策」は、トランプ流の「アメリカ第一」の外交や、第二次世界大戦に至るまでアメリカ外交の基本方針とされた「孤立主義」とは異なる。調査メンバーたちは、中西部でインタビューを重ねる中で、「中間層」は一枚岩ではないことを発見している。

中西部の労働者に関しては、特にその投票行動が2016年のトランプ当選の大きな原動力となって以来、およそ国際平和などには関心を持たず、雇用の問題に関心を集中させる内向きのナショナリストといったイメージが流布してきた。しかし、カーネギーの調査によれば、中西部の回答者の多くが、貧困国への対外援助など、より穏健で非軍事的な世界関与には肯定的であったという。

党派的な論議を超えた「出会い」

バイデン政権のCIA長官にも指名されている、カーネギー国際平和財団会長ウィリアム・バーンズは、この報告書の意義を、「ブロブ(Blob)とハートランド(Heartland)の出会い」と言い表している。「ブロブ」とは染みや斑点を意味する語で、DCを拠点に活動し、政府と緊密な関係を取り結びながらその政策にさまざまな影響力を行使してきた外交・安全保障のエリート集団を、皮肉まじりに呼ぶときに使う。ハートランドは、アメリカの中西部のことだ。

「ブロブ」たちは今まで、アメリカの世界での積極的な役割が、国内にも平和と繁栄をもたらすことを疑ってこなかった。その彼らが、同じような考えを持つエリートのみから構成される「バブル」からあえて抜け出し、同じ国に生きていながら、自らとは全く異なる状況で、異なる考えを持って生きている中西部の人々の声に耳を傾けた。バーンズはこの試み自体に大きな意義を認めたのである。バーンズによれば、調査メンバーと中西部の住民との間には、DCにおける党派的な政策論議よりも、含蓄やプラグマティズム、良識が感じられる会話も多く成立したという(※3)

世界と「ハートランド」の狭間で

経験者で固められたバイデン政権の外交チームに関しては、無軌道だったトランプ外交と対比させての堅実さが期待される一方で、アメリカを再び、国民生活を二の次とした、過剰な世界関与へ導くのではないかという懸念も表明されている。しかし、トランプの4年間を経て、もはやDCの政策エリートたちも、ハートランドを生きる中間層の生活や利害を無視できなくなった。

バイデン政権は、世界で求められるアメリカの役割と、アメリカ国民、特に労働者の生活や利害との間に折り合いをつけていけるのか。バイデンの「中間層のための外交」は、トランプ流の「アメリカ第一」外交とどのように異なるものになるのか。それとも、たいして変り映えしないものとなるのか。バイデンの外交チームの手腕にまずは注目したい。

バナー写真:ワシントンの米国務省で、初の外交演説を行うバイデン大統領=2021年2月4日(AFP=時事)

(※1) ^ “Remarks by President Biden on America’s Place in the World,” White House (February 4, 2021). https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/04/remarks-by-president-biden-on-americas-place-in-the-world/ n

(※2) ^ Carnegie Endowment for International Peace, Making U.S. Foreign Policy Work Better for the Middle Class (September 23, 2020)
https://carnegieendowment.org/2020/09/23/making-u.s.-foreign-policy-work-better-for-middle-class-pub-82728/

(※3) ^ William J. Burns, “The Blob Meets the Heartland-Foreign Policy Should Work Better for America’s Middle Class,” Atlantic (September 24, 2020).
https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/09/foreign-policy-should-work-better-for-americas-middle-class/616456/

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