米中対立で揺れる東アジアの国際秩序

「民主国家」韓国に迫る岐路:コロナ禍契機とした新次元の米中対立で

国際・海外

対中貿易に自国の経済が大きく依存する韓国。新たな米中対立が「体制間競争」に向かうとすれば、文在寅政権の外交政策も既存路線のままとはいかなくなる。

対中意識し、韓国を「厚遇」した米国

東アジアを巡る国際政治の動きが慌ただしさを増している。事態を動かしているのは、今年1月に発足した米国のバイデン新政権だ。

深刻なコロナ禍が続く中、4月にバイデン大統領が初めて直接招き、対面で首脳会談を行った相手は菅義偉首相だった。もっともこの事自身はさほど異例ではない。なぜならトランプ前大統領やオバマ元大統領も、安倍晋三首相(当時)や麻生太郎首相(同)との会談を早期に行ったからである。かつてマンスフィールド米駐日大使が「世界で最も重要な二国間関係」と呼んだ相手の日本を優先することは、米国にとってもある程度理由のあることなのだ。

むしろ、バイデン政権における外交の方向性は、菅首相に続く2番目の対面相手を誰に選んだことにこそ表れているかもしれない。なぜなら、それは韓国の文在寅大統領だったからである。

2017年、トランプ前大統領就任時の韓国は、朴槿惠前大統領の弾劾に向けての最終局面にあり、米韓の首脳会談は文在寅が就任した後の6月末までずれ込んだ。09年に誕生したオバマ政権は、日本を安全保障上の「礎の一つ」とする一方、韓国をアジア太平洋地域の安全保障上の「要」と表現するなど、米韓関係を重視する方向性で注目された。しかし、それでも李明博大統領との初の首脳会談は、日本の麻生首相から2カ月近く遅れた4月だった。

米国のもう一つの主要な同盟国のグループである欧州諸国と比べて新型コロナ禍の影響が少ないにせよ、韓国にとってこの極めて早い米韓首脳会談実現は、異例なことであると言ってもよい。

とはいえ、もちろんその背景にあるのは、米国にとっての韓国そのものの重要性の増加ではなく、中国への強硬な対抗姿勢である。バイデン氏は3月に行われた大統領就任後初の公式記者会見で「中国は世界を主導し、世界で最も裕福で最強の国になるという目標を掲げている。私の監視下ではそうはならない。米国は引き続き成長、拡大するからだ」と述べ、中国への対抗姿勢を明確にした。だからこそ、北東アジアにおける米国の同盟国である日韓両国との協議の優先順位が上がった事になる。

対中貿易に依存する韓国経済

米国の対中外交が強硬姿勢に向かうと、中国との関係も重視せざるを得ない韓国外交は、より困難な対応を迫られることになる。それは、文在寅政権が進歩派(左派)の政権であるからではない。根本的な問題は、韓国経済が貿易に多くを依存し、中国を頼りにする構造にあることだ。

例えば、単に輸出入全体に占める中国のシェアだけを見れば、日本も韓国もそれぞれ25%程度で、大きな違いは存在しない。しかし、韓国の貿易依存度、つまり国内総生産(GDP)に対する貿易の規模は日本の2倍以上に及んでおり、国内経済全体に対する中国市場の寄与度も日本よりはるかに大きくなる。この結果、朴槿惠前政権に典型的にみられたように、韓国では財界の支援を受けた保守政権においても、中国との関係改善が重視される。

しかし、今回のバイデン政権の対中対抗姿勢の強化は「体制の違い」を前面に出し、米国の先立つ二つの政権とは質の異なる次元に向かう可能性を十分持っている。その意味で、文在寅政権は今後、過去の経験が役に立たないような”手探り”の外交に直面する事になるかもしれない。

深刻な脅威とならなかったこれまでの「米中緊張」

これまでの米国の対中関係の変遷と、韓国の対応を簡単に振り返ってみよう。2014年にオバマ政権が中国との対抗姿勢を明確にしたのは、南シナ海における中国との軍事的競争が激化したことが原因だった。このような状況下で中国への接近を進めた朴槿惠政権は、米国から強い批判を受け、その一つの帰結として翌15年12月、韓国は慰安婦問題における日本との合意を余儀なくされた。増大する中国の脅威を前にして、北東アジアにおける二つの同盟国が歴史認識問題で対立するのをオバマ政権が嫌ったからである。

一方、トランプ政権が中国について問題にしたのは軍事的脅威よりも経済的脅威で、米国としての対抗策は繰り返し行われた制裁関税や、「為替操作国」への指定として現れた。そしてトランプ政権下の対中姿勢は、韓国においては自国の経済へ悪影響をもたらすのではと懸念された。

とはいえ、これらの米国の対中強硬姿勢は、韓国にとっては深刻な脅威とはならなかった。尖閣問題を抱え、海上における中国の軍事的脅威に現実的に直面する日本とは異なり、韓国にとって南シナ海を巡る米中間の緊張は ――付随的に発生したTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備問題を除けば――自らの安全保障に直結しない、遠くの問題に過ぎなかった。

経済面での対中対抗姿勢を示したトランプ政権は、体制の違いには鈍感であり、文在寅政権はこの環境下で、韓国にとって最優先の外交課題だった北朝鮮との対話すら許容された。

だからこそオバマ、トランプ時代の韓国は、このように対中関係の決定的な破綻を避ける事が出来た。しかし、バイデン政権下では、韓国がどのような外交選択ができるかは未知数だ。バイデン氏自身が「専制主義との闘いだ」と述べた事に典型的に表れているように、今回は軍事や経済以上に、中国との体制的違いが大きくクローズアップされているからである。

「不信」と「恐れ」:コロナ禍で変質した米国の対中観

今回のような、米国の対中姿勢が本質的な変化に至った原因として指摘されているのが、現在も世界を襲う新型コロナ禍の経験である。このパンデミックは米国に、中国に対する大きな感情を二つの面でもたらした。

一つは、この新型コロナウイルスの発生地となった中国の、秘密主義的な情報管理に対する強い「不信」である。米国では実に今日までこのウイルスにより50万人を超える人が死亡する事態となっており、この数字は過去二つの世界大戦のそれに加え、ベトナム戦争を合わせた米国人戦死者の総数をも超えている。「仮に中国が早期に情報を世界に開示していれば…」――。米国には、国内に悲劇的な状況をもたらした中国の新型コロナ禍への初期対応のまずさと、その背景にある政治・社会体制への反発が広がっている。

とはいえこの新型コロナ禍は、米国社会は中国に対し、「不信」とは異なるもう一つの感情を強く心に刻み込ませつつある。それは自らがウイルスへの対策に苦慮する中、早々にその抑え込みに成功した中国の体制への「恐れ」ともいえるものである。事実、新型コロナの対応を巡っては、一部で政治システムとしての民主主義の相対的な脆弱性を指摘する声も出ている。経済成長率においても、日本や欧米諸国が軒並み大きな落ち込みを経験したのに対し、中国は昨年においてすらプラス成長を維持。国際通貨基金(IMF)は、2021年の経済成長率を8%以上と予測している。

「中国の異質な体制は今日の世界と民主主義にとって、それ自体が大きな脅威なのではないか」――。明らかなのは、米国が新型コロナ禍の状況を振り返る際、中国と自国の体制の違いを意識せざるを得ない状況にあり、今日のバイデン政権の中国への強硬姿勢がこの環境の中で生まれていることである。

このような、自らと異なる体制を持つ中国への危機意識は、欧州諸国などにも広がりつつある。このような、世界を巻き込んで広がる対中認識の変化は、北東アジアにおける国際情勢にも当然大きな影響を与える。

典型的なのは、台湾問題が重要な外交課題として急浮上したことである。仮に中国との対決が経済的、軍事的対立に留まるなら、米国が台湾に大きなコミットメントをする必然性は存在しない。しかし、民主主義体制と権威主義体制の体制間対立であると受け止めるなら、台湾問題は全く異なるものとして現れる。

なぜなら、台湾を見捨てることは台湾における民主主義を見捨てるに等しく、仮にそのような事態が生じれば、ただでさえ中国の経済的あるいは体制的競争力になびきつつある他のアジア諸国の民主主義に影響を与えるからだ。そして、そこに冷戦期における「ドミノ理論」の残影を見ることは容易である。

「体制間競争」下で迫られる”団結”

このような米中対立の質的転換は、韓国外交にこれまでとは異なる種類の新たな困難を突き付ける。トランプ政権期の様に米中対立が主として経済分野で展開されるなら、韓国は米国の中国に対する経済制裁への影響を受けないように、用心深く行動すればよい。オバマ政権下のように軍事分野の対立であれば、主な舞台は韓国から遠い東シナ海や南シナ海だ。米韓同盟は、主として北朝鮮に備えるものであり、韓国がこれに直ちに巻き込まれることは考えにくい。

しかし、これが体制間競争に展開した時、1987年の民主化の経験を持ち、民主主義国を自負する韓国が「両者の間で適当な位置を取る」事は不可能になる。仮に民主主義国であっても、異なる体制を持つ国への接近が自由に許されるなら、体制間の対立というバイデン政権が描きつつある図式それ自体が崩壊してしまう。

今回の首脳会談では「危機」に至らず

だからこそ、今回の首脳会談に先立って韓国内では、民主主義国側の団結を重視するバイデン氏が文氏に対して中国批判の「踏み絵」を迫るのではないか、という強い懸念が存在した。もっとも結果から言えば、文大統領はこの危機を回避した。米国は、例えば「クアッド・プラス」といった事実上の対中包囲網への参加を韓国に求めることはなく、共同声明にも中国に対する直接的な非難の言葉は一切盛り込まれなかったからである。

とはいえ、「踏み絵」に至らなかった原因も明らかだ。発足から依然4カ月、バイデン政権の大枠の外交方針は定まったが、具体的な政策を打ち出すまでには至っていないのだ。韓国は今回、対中、対北朝鮮外交に関連した具体的な要求を突きつけられなかった。しかし、いずれは決断を迫られる。

冷戦期に「東西対立」の最前線に位置した韓国は、1970年代に進んだデタント(緊張緩和)の下、南ベトナムや台湾に続き、米国に見捨てられる危機に直面したことがある。背景にあったのは、民主化以前の韓国が貧しい小さな分断国家であるのみならず、南ベトナムや台湾と同じく権威主義的な体制下にあり、米国が韓国の行方に同情心を向けなかったことだ。

そして現在、韓国は自らが民主化を実現し、民主主義国側の明らかな一員であるが故に、米中対立という体制間競争に嫌でも巻き込まれていく状況に直面している。これはいささか歴史の皮肉にも見える。

韓国が米中両国それぞれとどのような外交関係を構築していくのか。そしてそれは任期切れ近い文在寅の手に任されるのか、それとも来るべき2022年3月の大統領選挙で選ばれる新しい指導者の手に委ねられるのか。韓国人自身の選択も含め、厳しい状況がは続きそうだ。

バナー写真:ホワイトハウスでの首脳会談後、記者会見に臨む韓国の文在寅大統領(左)とバイデン米大統領=2021年5月21日、米ワシントン(AFP=時事)

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