コロナ下の日本経済を検証する

コロナ禍でも免れた大量失業:高齢者・休業者・非正規がクッション、格差は拡大

経済・ビジネス

新型コロナのまん延にもかかわらず、日本の失業率は微増にとどまっている。労働市場でこの1年半に何が起きたのか、玄田有史・東京大学教授が解説する。

微増にとどまった失業者

新型コロナウィルス感染症がまん延し、7都府県を対象に緊急事態宣言が初めて発出された2020年4月、 普段の業務が突然停止になるなど、多くの職場はかつてない困難に直面した。総務省統計局「労働力調査」によれば、3月から4月の1カ月で、就業者は107万人(季節調整値)の大幅な減少となった。ひと月の減少幅としては、大豪雪に見舞われた1963年1月の113万人に次ぎ、世界金融危機後の2009年2月から3月の52万人減の約2倍に匹敵した。

一方、20年4月の完全失業者は、前月から6万人ほど増加し、完全失業率も0.1%ポイント上昇の2.6%におさまった。解雇や契約打ち切りなどの非自発的な理由で離職した完全失業者数も3月と変わらないなど、就業者の激減にもかかわらず、大量失業の発生は回避されてきた。その後、失業率は一時的に3%を上回る状況もみられたが、20年平均で2.8%にとどまった。他の先進諸国と比べても、感染後の日本の失業は思いのほか深刻でないようにみえる。

就業断念者の急増

就業者の急減と完全失業者の漸増を両立させた理由の第一は、「非労働力人口」の急増にある。非労働力人口は、15歳以上の仕事をしていない人々のうち、仕事を探していないか、仕事がみつかってもすぐには就業できない者を指す統計用語である。他方、完全失業者は、仕事がないのと同時に、仕事を探しており、かつ仕事にすぐつける者である。

非労働力人口は、2020年3月から4月にかけて94万人と急増し、やはり1963年1月以来の増加を記録した。57年前には豪雪のために外出できず、非労働力人口が一気に増えた。今回は、感染の恐怖や自粛要請が出されたことにより仕事を失っても、職を探す失業者にはならず、多くが働くことを断念して非労働力人口となった。

2020年4月の非労働力人口の増加は、重症化リスクの高い高齢者と家族を心配する女性を中心に広がった。2010年代以降本格化した人口減少に対し、働く高齢者が増えたことで、人手不足を緩和してきたが、その流れはストップした。日本では、子どもの世話や高齢の親の面倒などの家事一切を女性が担っていることが今も多い。本人の感染不安のみならず、家族の感染防止への対応から、女性が仕事を断念せざるを得なかった。

20年5月以降になると、生活のために収入を確保する必要が強まったことや、手洗いやマスク着用の徹底によって感染防止が見込まれたことで、高齢者や女性の労働参加も再開され始める。ところが21年に感染が急拡大すると、非労働力人口はふたたび増加に転じ、感染による就業断念は解消されない状態が続いている。

筆者の試算によれば、感染前の減少トレンドが続いていた場合に比べて、非労働力人口の増加は、最大で100万人以上の規模に達していた。これらの人々が働くことを諦めず、仕事を求めて活動していたならば、完全失業者は200万人から300万人程度まで増加し、完全失業率も4%台半ばまで上昇していただろう。感染リスクがある程度抑えられ、多くが一斉に職探しを始めると、失業率が今後上昇する可能性もある。

2010年代の半ば以降、法律面や制度面の整備を受け、女性や高齢者の就業が促され、人口減少にもかかわらず、日本の就業者は増加していた。感染拡大で増加した非労働力人口がいつ元の減少トレンドに復帰するかは、人口減少という構造問題を抱える日本経済の長期的動向を左右することになる。

大量の休業発生

感染拡大後に大量の失業が回避された理由には、「休業者」の急増もあった。2020年4月、日本はおそらく戦後最も休業者が多い状況にあった。

仕事を持ちながら、少しも仕事をしなかった者である休業者は過去最多の597万人となり、就業者全体の9.0%を占めた。それは前年同月に比べて420万人と、記録的な増加となった。先の非労働力人口となった100万人に加え、約400万人の休業者が仕事を失って職探しをしていれば、失業率は10%を超えていただろう。

20年4月時点では、休業者は宿泊業・飲食サービス業で多く、前年同月の10万人から105万人まで拡大した。感染は医療現場にも広がったことで、医療・福祉に従事する休業者も4月には前年の25万人から50万人へと倍増し、厳しい局面に見舞われた。

休業は、休暇や育児、介護など、労働者本人の事情による場合もあるが、20年春には会社側の都合によるものが大きく増えた。その割合は20年の第1四半期に13.5%にすぎなかったが、第2四半期になると38.7%に至った。

会社都合の休業増加の背景として、20年4月の時点では多くの経営者が、事業の縮小や業績の悪化は一時的なものにとどまるだろうという見通しを持っていたことが考えられる。緊急事態宣言が解除されれば、業績も早晩回復し、人手がまたすぐに必要となるため、それまで休業でしのごうとした。長期的には人手不足が続く予想もあり、人材確保が難しいことから、雇用者を手放したくないという企業側の思惑が大量の休業には働いた。

加えて大量の休業には、政府の雇用政策も機能した。感染拡大の早期の段階で、政府は潤沢だった雇用保険の財源などを活用し、雇用維持のための助成金の拡充や支給要件の緩和などの緊急対策を矢継ぎ早に打ち出した。人件費の負担軽減を可能にした時限付き政策は、企業が休業を選択するのを後押しした。

20年4月に急増した休業者も翌月には半減し、多くは仕事に復帰することができた。秋になると、休業者数も感染拡大前の水準に戻る。感染再拡大により2021年2月に休業はやや増えたが、前年ほどは実施されなかった。措置から1年半以上が経ち、休業を促す雇用政策の財源も枯渇しつつある。休業は大量失業の一時的な回避につながったが、雇用維持には限界も見え、徐々に失業増加の危険性が高まっている。

非正規雇用とテレワーク

感染後、日本では大量の失業発生こそ避けられたが、2000年代以降進行してきた正規雇用と非正規雇用の格差をいっそう深刻化させた面もあった。

図1は、非正規雇用者数の推移である。非正規雇用は、感染が拡大した2020年4月には前月より100万人以上急減した。飲食業や製造業などの企業による雇用の打ち切りなどもあったが、多くは先にみたとおり、非正規雇用で働いていた高齢者や女性が自ら就業を断念したことからもたらされた。小中学校が一斉休校になったことで、自宅待機となった子どもを心配し、パートの仕事を辞めた母親もいた。

感染前の2018年春から19年夏にかけて、日本の人手不足はかつてないほど深刻化し、求人の大幅増加を受けて非正規雇用は拡大する。19年10月からの消費税増税前の駆け込み需要への対応もあり、9月に非正規雇用者数は過去最多の2200万人を記録した。

だが一貫して増加してきた非正規雇用も、19年10月以降、削減傾向が現れていた。感染拡大前の20年1月には、3ヵ月前のピーク時より非正規雇用は約50万人減った。感染拡大がなくても、非正規雇用は19年末から調整過程に入っていたのである。20年7月以降、非正規雇用者数は回復してきたが、ふたたび感染が拡大し始めた11月以降、またもや減少傾向に転じた。非正規雇用者数は19年9月のピークからほど遠い状態にある。

一方、正規雇用者数は意外なことに、緊急事態宣言が出された20年4月時点で、2013年以降、最多を記録した(図2)。宣言解除後の7月には、正規雇用はさらに拡大する。8月以降、正規雇用者数は一時停滞したものの、感染拡大前からの増加トレンドは続いている。その結果、深刻な不況下にあった2002年以来、初めて3500万人台を回復する。

日本の正規雇用は、不況でも手厚く保護されがちといわれてきたが、感染拡大に対しても盤石だった。例外だった1990年後半から2000年代前半のような正社員の大規模な雇用調整が生じなかったことも、今回失業増加が避けられた理由となっている。だがそれは正規雇用と非正規雇用の格差をより深刻なものにもした。

就業断念の増加や非正規雇用の削減に対し、もっとテレワークが広がっていれば、仕事を続けられた場合もあっただろう。政府や民間会社による調査をみると、日本のテレワーク普及率はピークでも30%程度にとどまっている。20年春に一時的に在宅勤務となったが、その後は再び会社通勤となっている人々も多い。

テレワークは、大企業や専門職の正社員では広まったが、中小企業や一般の仕事で働く非正規雇用の女性や高齢者の多くには、普及が進んでいない。感染を契機に、在宅のままで働ける機会の拡充が、日本の働き方をより豊かな方向に転じるには欠かせない。

バナー写真:3度目の緊急事態宣言が出されて初めての月曜日の朝、出勤する人たち=2021年4月26日、JR東京駅前(時事)

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