岸田新政権の課題

木原誠二官房副長官に聞く(後編):資本主義をバージョンアップし、権威主義体制に対抗する

政治・外交 経済・ビジネス

木原誠二官房副長官へのインタビュー。後編は経済安全保障政策と、岸田外交の基本方針などについて聞いた。

木原 誠二 KIHARA Seiji

内閣官房副長官、衆院議員(東京20区)。1970年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。財務省勤務を経て2005年の衆院選に自民党から出馬し初当選。当選5回。外務副大臣、岸田派事務局長などを歴任し、21年10月から現職。

(前編はこちら)

「新しい資本主義」2つの目標

竹中 経済安全保障分野について伺う。5月に国会で可決、成立した推進法では ①重要物資の安定供給、②基幹インフラの安全確保、③先端技術の官民研究・開発支援、④特許非公開―が大きな柱となっている。先端技術の研究開発支援という部分は、科学技術投資と重なるという理解でよいのか。

木原 「新しい資本主義」には、二つの目標がある。一つは既存の資本主義を進化・発展させるということ。これは資本主義が、レッセフェールから福祉国家、新自由主義と移り変わり、いよいよ次のバージョンアップが必要だということ。その際、これまでは「国か、市場か」の間で振れてきたのだが、今回のバージョンアップは「国も市場も一緒にやろう」と「新しい資本主義」では主張している。

その先行投資のモデルとしてグリーン・イノベーションにまず取り組もうとしている。国が投資をコミットし、その投資分野についても送電網整備や蓄電池技術開発あるいは水素・アンモニアなど、ある程度示して、国の方針を明らかにして企業の投資を待つ。国だけでもなく市場だけでもない、そういう経済モデルをつくりたい。

もう一つの目標は、資本主義をバージョンアップすることで、権威主義的な体制に打ち勝つということ。今の民主主義国家、自由主義経済の中にいる限り、格差は必然的に出てくる。そして、格差が出てくることによって民主主義が機能しなくなる面がある。例えば、米国では、深刻な社会の分断が起きていると言われる。この分断は、権威主義的な国家ではなかなか起きることはない。国家がそれを抑え込むことができるからだ。

だから、われわれ自身が自分たちの資本主義の弊害部分を是正していかない限り、権威主義国家には勝てない可能性がある。そこで、市場がもたらす弊害を国と市場の両方で是正し、資本主義をバージョンアップして権威主義国家に対峙できるようにしていく。その目標に向けての政策を考える際、ご指摘の経済安全保障は当然入ってくる。権威主義国家と対峙するときに、経済の重要な部分について権威主義国家に依存しているというのでは元も子もない。だから、経済安全保障は重要。権威主義国は企業を動員できる。われわれはできない。できるのは国が率先して計画や投資規模を示すことだ。企業は応じないかもしれない。しかし、「はい競争してください」と言うだけでは、権威主義国家には対峙できない。

半導体の最先端技術開発で日米協力へ

竹中 権威主義国家では、必要な科学技術分野への投資は国家目標として速やかに進める態勢がつくられていく。つまり日本も、半導体などの分野では今後、経済安全保障の一環として国が手を付けていくということか。

木原 まさに半導体の分野では、初期投資として大きな投資をしていく。加えて、例えば次なる感染症のパンデミックに備えて、緊急時のワクチンなどをつくってくれるラインを製薬会社の中に国も責任分担をして確保するなど、危機管理の分野でも対応を進める。

竹中 半導体については既に、台湾積体電路製造(TSMC)を熊本に工場誘致するのに国が4000億円の支出を決めるなど、重視の姿勢が鮮明になっている。報道によると、回路線幅が2ナノ以上の最高水準を目指して日米で開発協力することが伝えられているが、これは可能なのか。

木原 日米協力は進めていくことになるだろう。熊本の工場に加えて、最先端の技術ももちろん取りに行かなければならない。ここは正直に言って、コストや成功確率が確定できないので、民間企業だけではリスクが高い。やはり、国が一定の役割を果たす必要がある。

木原誠二・内閣官房副長官
木原誠二・内閣官房副長官

切迫感増す中国への対応

竹中 岸田外交の外交の基本方針として「新時代リアリズム外交」を打ち出し、①自由、民主主義、法の支配など普遍的価値の重視、②気候変動問題など地球規模の課題への対応、③国民の命や暮らしをしっかり守っていく外交・安全保障―という3つの柱を掲げた。この方針はどのように練り上げたのか。

木原 総理は4年8カ月外相を務めており、外交の方向性は総理の固い意志・信念に基づいている。一つ目は普遍的な価値を守る、二つ目は日米を基軸にする、三つ目は地球規模の課題にしっかり貢献するということだ。もちろん「普遍的価値の重視」は、振り返れば麻生政権までさかのぼる方針で、安倍、菅両政権と継続してきている。ただ、中国の勢いは年々伸び、これからも伸びてくる。こちらのポジションや対応は、相手の出方や強さによって変わってくる。岸田政権では、中国が場面によっては米国をも凌駕する時代に入り、本気で対峙しなければいけなくなっている。だからこそ経済の仕組みも変え、官民挙げて対抗できるようにしていかなければならない。その切迫感が岸田政権は強いということではないか。

竹中 今回のウクライナ戦争について伺う。バイデン米大統領は「民主主義対権威主義」と言っているが、日本政府の見方はどのようなものか。副長官の考えも教えて欲しい。

木原 日本はそこまでは言っていない。私の見方は、民主主義か権威主義かで捉えるのは間違いだと思う。あくまでも「ルールを破ったものに罰を与えるか、与えないか」という問題だ。つまり、「国際法のルールを守るか、守らないか」という戦いだと思う。ここで個別の名前は出さないが、アジアにも権威主義の国家は存在する。それについて、「民主主義国家になるべきだ」とは言わない。しかしルールは守ってもらわなければならない。

竹中 日本政府は今回、ロシアに対してかなり厳しい対応を矢継ぎ早に打ち出している。この方針は、岸田首相の判断によるものと考えていいか。

木原 総理はさまざまな場所で話しているが、「ルールを守ることは大切だ」と考えている。そこは非常に明確であり、総理の迅速かつ毅然とした判断によるものだ。「ルールを破った人を野放しにすると、必ず次にルールを破る人が出る」ということ。そのためにも、厳しく対応するということだ。この戦争の帰結は国際社会全体に大きな影響を及ぼす。今回は、ルールを作るべき立場の安全保障理事会の常任理事国が、自らルールを破るということだからインパクトは大きい、強い危機感を持っている。

クワッドは実務的な協力中心に

竹中 バイデン米大統領が日本を訪問し、日米首脳会談とともに日米豪印4カ国の「クアッド」首脳会談も東京で行われた。今後、「自由で開かれたインド太平洋」とクワッドの協力については、どのように進めていくのか。

木原 クワッドは安全保障の枠組みではない。もう少し実務的な、例えば、ワクチンでの協力とかインフラ整備、スタートアップ(企業投資)などでの協力といった実務的・現実的な枠組みだ。これらの実務面の現実的な協力を積み重ねつつ、「ルールに基づいて共通の価値観をもった」地域づくりを進めていくことになる。安全保障の協力そのものではないが、逆に、その他の分野で協力を積み上げるからこそ強固な枠組みとなると考えている。その強固な枠組みは、自由で開かれたインド太平洋の実現に資するものである。

竹中 バイデン大統領が立ち上げを正式表明したIPEF(インド太平洋経済枠組み)だが、最大の狙いはどこにあると考えるか。

木原 米国がもう一度アジアにコミットする、米国が再度アジアに軸足を置く枠組みということで、意義深い、いいことだと思う。しかも、当初予定していたよりも多い13カ国が参加した。これはかなりの数だと思うので高く評価したい。一方で、日本の立場からすれば、米国がTPP(環太平洋連携協定)に戻ってきてもらうことが最終的な目標だ。

竹中 TPPは英国の加入が実現しそうで、中国と台湾も加盟を申請した。韓国やコロンビア、イスラエルといったOECD(経済協力開発機構)加盟国に加入を働きかける考えはあるか。

木原 重要なのは、(経済連携協定としての)TPPのハイスタンダードを維持できるかどうかだと思う。

竹中 今年は日中国交正常化50周年に当たる。岸田首相は「主張すべきは主張」「共通の課題については協力」と説明している。中国に主張すべき点について伺いたい。

木原 まず南シナ海、東シナ海での中国の一方的・威圧的な行動について、是正を強く求めなければならない。そして、尖閣は、歴史上も国際法上もわが国固有の領土である。したがって、言うべきことはしっかり言っていく。さらに言えば、核戦力、核ミサイル、航空海上戦力などについて極めて不透明に増やしているわけなので、透明化を求めていく。その上で、隣国である以上、対話の窓口はオープンにしておく必要があると思う。

(2022年5月27日)

まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁

バナー写真:木原誠二官房副長官(左)と竹中治堅nippon.com編集企画委員長=2022年5月27日、東京・永田町(撮影・川本聖哉)

政府・内閣 自民党 岸田文雄 経済安全保障 対中関係