脱炭素社会に向けた日本の課題

「グラスゴー気候合意」後の日本の選択:脱炭素化への道

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英グラスゴーでの「気候合意」を受け、脱炭素社会の実現に向けた取り組みの加速が世界の潮流となった。日本がとるべき道筋は何か。筆者は、脱炭素関連の新技術開発を経済成長につなげる戦略と同時に、この問題で先進国と途上国が「分断」されないよう配慮する外交が必要だ、と指摘する。

2021年10月31日から11月13日まで、当初の予定から1年延期された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が英国のグラスゴーで開催された。その最大の成果として挙げられるのが、産業革命前からの気温上昇を2100年までに1.5℃に抑えるという目標が成果文書の「グラスゴー気候合意」に明記されたことである。このことは、日本にとって、また世界にとって何を意味するのか。本稿では、欧州連合(EU)、米国、中国、インドなどの動向を踏まえて、今後日本が脱炭素化に向けてとるべき道筋を明らかにしたい。

世界全体を巻き込んだ2015年の「パリ協定」合意

2015年12月、京都議定書に代わる新たな気候変動の枠組みとしてパリ協定が合意された。先進国と東欧・ロシアの市場経済移行国のみに削減目標を義務付けた京都議定書とは異なり、パリ協定は気温上昇を2℃未満、できれば1.5℃に抑えるという目標(2℃目標)を初めて設定した。そして、これまでCO2を大量に排出してきた先進国だけでなく、急成長を遂げている中国やインドといった新興国にもCO2の削減を義務づけたのである。さらにパリ協定では京都議定書から離脱していた米国も多国間協調に復帰することとなった。こうして世界全体が気候変動の緩和に向けて動き始めた。

それでは、主要排出国はこの問題にどのように対応してきたのだろうか。パリ協定は、締約国に「国が決定する貢献(nationally determined contribution, NDC)」と命名された削減計画を5年に一度、条約事務局に提出することを義務付けている。つまり、各国は自ら削減目標を設定しなければならないが、削減の幅や形態に関しては自身で決められる仕組みとなっている。

最も野心的な目標を示したのはEUであった。EUは2030年までに1990年比で40%削減という目標を掲げた。これに対して、パリ協定締結時に世界第2の排出大国であった米国はCO2排出量を2005年比で26〜28%削減するとした。わが国もこれと同等の2013年比で26%削減するという目標を掲げた。一方、米国を超えて世界最大の排出国となった中国は2030年までにCO2排出量をGDP比で60〜65%削減しピークアウトさせる目標を掲げ、中国に次ぐ排出国となったインドもGDP比で33〜35%削減するとするNDCを提出した。

「1.5℃特別報告書」で脱炭素化への動きが加速

しかし気候変動の科学的な予測を担う国連気候変動政府間パネル(IPCC)が2018年10月に「1.5℃特別報告書」を発表すると、脱炭素化への動きは一気に加速した。同報告書は、気候変動の影響を緩和するには、気温上昇を2℃ではなく、1.5℃に抑制する必要があり、CO2排出量を30年までに45%削減し、50年までに実質ゼロにしなければならないとの見解を示した。これを受け、2019年9月に開催された国連気候行動サミットでは77カ国が実質ゼロ排出への支持を表明した。

新たに発足した欧州委員会も2050年までに「気候中立」を達成するとして30年までにCO2排出量を半減することを「欧州グリーンディール」政策の目標とした。そして21年6月、EUはその目標に法的根拠を与える欧州気候法を制定し、「欧州グリーンディール」政策の2030年目標をさらに55%にまで引き上げた。

米国がパリ協定に背を向ける中、中国も動いた。習近平国家主席が20年9月の国連総会で2060年までに排出ゼロを目指すと発表したのである。これに続き、わが国も同年10月、安倍晋三首相から政権を引き継いだ菅義偉首相が所信表明演説で50年を目途とする脱炭素化を宣言した。そして同政権はその後日本の2030年目標を 46%に引き上げた。米国もバイデン新政権が発足すると、すぐさまパリ協定に復帰し、50年までに脱炭素社会を達成することを宣言した。そしてバイデン大統領は自ら主催した21年4月の気候サミットにおいて30年までに2005年比でCO2排出量を半減することを約束した。

これとは対照的に新興国の反応は鈍かった。中国は他国の期待に反してこれまでの目標を堅持し、インドも実質ゼロ排出への言及を避けていた。このような状況のなか世界は21年10月末COP26を迎えることとなった。

「石炭火力」めぐり世界の潮流に背を向けた日本

脱炭素化への各国の意欲の差が最も顕著に示されたのが、石炭火力発電の全廃をめぐる交渉であった。2017年ごろから脱石炭火力の流れは特に欧州を中心に加速していた。フランスが22年、イギリスが24年、イタリアが25年、さらに石炭火力への依存度が比較的高いドイツも38年までに石炭火力発電を廃止することを決定した。北米でも、カナダが30年までに、そして米国も35年までに電力部門の脱炭素化を達成すると宣言した。

この動きを受けて議長国の英国は石炭火力発電の廃止を主要テーマの一つとして掲げ、先進国は30年代までに、途上国は40年代までに石炭火力を廃止するという声明を発表した。これに46カ国が賛同したため、英国政府はCOPの成果文書の草案に石炭火力の段階的廃止を盛り込んだ。最終段階で産油国やインドなどが「段階的廃止」を「段階的削減」に変更するように迫り、シャルマ議長は、1.5℃目標への合意を優先するため、泣く泣くその要求を受け入れた。

残念ながら、この過程で日本政府が火力発電の段階的廃止に向けて交渉をけん引しようとした形跡はなかった。それどころか、アンモニアや水素の利用を想定した低炭素火力発電の推進に関する岸田文雄首相の発言が後ろ向きととられ、前回に続き環境NGOの批判の的となった。確かに、再生可能エネルギー普及の遅れや福島原発事故の原子力発電への影響などがあり、安定的な電力供給には石炭火力がある程度欠かせないというわが国特有の事情はあるものの、脱炭素化に向けた日本のリーダーシップの欠如は石炭火力への依存度を高めている新興国の立場を結果的に容認することとなり、世界の潮流に背を向けた印象を与えてしまったことは残念である。

気候外交における日本の国益とは何か

ここで問われるべきは、気候外交におけるわが国の国益であろう。この文脈で最近とみに注目されるのは、脱炭素化を新しい経済成長戦略と捉える議論である。確かに脱炭素化を追求すれば、それによって再生可能エネルギー、二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術、水素や蓄電などの技術開発につながり、それによって新たな市場が生まれよう。ある試算では、その規模は日米欧中だけでも8500兆円にも上るとされる。

EUはかなり早い段階でこれを見越して、投資対象となるグリーン活動の分類基準(タクソノミー)を法制化するなどして、新技術の開発と導入をサポートしてきた。また2020年1月には今後10年間に約130兆円規模の投資を目指す「欧州グリーンディール投資計画」を発表し、輸送部門の電動化、バイオマス発電、炭素除去技術の開発などを支援している。米国も21年3月、今後8年間で約250兆円を投資する「米国雇用計画」を発表し、高圧送電網の整備や電気自動車の開発などへの支援を検討している。

この傾向は新興国にも見られる。中国は2009年以降、省エネ技術、非化石エネルギー、電気自動車などを「戦略性新興産業」に指定し、新しい産業の育成をはかるとともに、「一帯一路」構想などを通して海外市場の開拓に励んできた。その成果は、すでに太陽光パネルや風力発電タービンの世界市場における中国のシェアに現れている。太陽光パネル市場における中国のシェアは7割にも上り、風力発電に関しても上位10社のうち5社は中国企業である。わが国も遅ればせながら2兆円の基金を設立して、洋上風力発電や太陽光発電の低コスト化、水素供給網の整備などを促進している。

こうした国家間の競争は、結果として脱炭素化を推進するであろう。だが見失ってならないのは、気候危機の回避という課題はグローバルな公共財であるという事実である。それを見失ってしまうと、先進国では脱炭素化が進むのに対して途上国では炭素化が進むという矛盾した現実から目をそらすことになる。

先進国と途上国の「大分水界」

今回の締約国会議でインドは70年までの脱炭素化を目指し、国内電力需要における再生可能エネルギーの割合を30年までに50%に増やすと約束した。だが実際のところ国内政治上の理由から再生可能エネルギーの普及は進んでいない。インドはそもそも電力需要の約7割を石炭火力に依存している。「グラスゴー気候合意」への「石炭火力の段階的廃止」の明記をインドが拒んだのは、そのためである。しかしインドに限らず途上国では今後景気が回復すれば道路や鉄道などの建設需要が見込まれ、それに伴って発生する電力需要を安価な石炭火力発電に頼らざるを得ないであろう。ここに先進国と途上国を分断する脱炭素化の大分水界がある。

はたして、この分水界を放置することが日本の国益に合致するだろうか。これまで先進国は途上国に毎年11兆円の資金援助を行うという約束を果してこなかった。しかし石炭火力の廃止に向けた途上国への資金援助はこの分水界を超えるのに不可欠である。さもなければ21年夏、米東海岸に甚大な被害をもたらしたハリケーン「アイダ」のような極端気象が今後も先進国を襲うことになろう。

つまり気候変動の影響はもはや水没の危機に瀕した島しょ国に限られたことではない。気候変動をめぐる原因(CO2排出)と結果(災害)の非対称性はまさに解消されつつある。気候変動がグローバルな公共財というのは、そういう意味である。わが国が石炭火力発電への自身の依存度を減らし、脱炭素化のための途上国支援を実施することこそ国益に合致する選択であると言えよう。今回のグラスゴー気候会議での岸田首相による途上国への1兆円の追加支援表明はまさにその意味において注目に値する。

バナー写真:英グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で、大きな地球の模型の下に立つ参加者ら=2021年11月13日(DPA=共同)

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