ロシアのウクライナ侵攻

ウクライナ侵攻に見るロシアと未承認国家の関係の変化:南オセチアでは親ロ派「大統領」が敗北

国際・海外

ロシアのウクライナ侵攻で注目を集めたドネツクやルハンシク、沿ドニエストル(モルドヴァ)といった旧ソ連の非承認国家。これまでロシアが影響圏形成のために利用してきたが、その相互関係に変化の兆しが見えてきた。

紛争が生みだした未承認国家

旧ソ連地域では多くの戦争・紛争が発生してきたが、それらの中には「凍結された紛争(Frozen Conflict)」ないし「長期に及ぶ紛争(Prolonged ConflictないしProtract Conflict)」となり、「未承認国家(Unrecognized States)」を生み出してきた。未承認国家は、簡単に言えば、「ある主権国家からの独立を宣言し、国家の体裁を整え、国家を自称しているが、国際的に国家承認を受けていない」エンティティ(政治的な構成体)である。現在、もっとも説得力を持つ未承認国家の定義は、ニーナ・カスパーセンによる以下5項目から成るものだといえよう。

  1. 未承認国家は、権利を主張する少なくとも3分の2の領土・主要な都市と鍵となる地域を含む領域を維持しつつ、事実上の独立を達成している。
  2. 指導部はさらなる国家制度の樹立と自らの正統性の立証を目指す。
  3. そのエンティティは公式に独立を宣言している、ないし、例えば独立を問う住民投票、独自通貨の採用、明らかに分離した国家であることを示すような同様の行為を通じて、独立に対する明確な熱望を表明している。
  4. そのエンティティは国際的な承認を得ていないか、せいぜいその保護国・その他のあまり重要でない数カ国の承認を受けているに過ぎない。
  5. 少なくとも2年間存続し続けている。

現在、旧ソ連には、ジョージアのアブハジア、および南オセチア、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ、モルドヴァの沿ドニエストル、そしてウクライナのドネツク、ルハンシクという6つの未承認国家があり、それらをロシアは「近い外国」、すなわち旧ソ連を影響圏に置くために利用してきたという経緯がある。

非合理なドネツク、ルハンシクの国家承認

ロシアにとっては、特に反ロシア的・親欧米的国家の中に未承認国家があることが望ましい。なぜなら、ロシアは旧ソ連の未承認国家のパトロンであるケースが多く(アゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフについては、ロシアは長年あまり影響力を持っていなかったが、2020年のアゼルバイジャンとアルメニアの間のいわゆる第二次ナゴルノ・カラバフ戦争の結果、アゼルバイジャンが勝利し、アルメニアがそれまで統制下においていたナゴルノ・カラバフの4割相当の領域と緩衝地帯をアゼルバイジャンが奪還し、残った同地の6割相当の領域にロシア軍が平和維持を行うようになってからロシアが影響力を持てるようになったが、パトロンにはなっていない)、それらの未承認国家に対してはロシアが影響力を行使し、法的親国の内政・外交にも大きな揺さぶりをかけることができるからである。

法的親国により大きな激震を与えるためには、未承認国家は当然ながら独立していたり、ロシアに併合されてしまったりしてはならず、あくまでも法的親国の中で、法的親国の主権が及ばないエンティティとして存在し続けることに意義があるのだ。しかし、08年のロシア・ジョージア戦争の結果、ロシアはジョージア国内のアブハジアと南オセチアを国家承認し、以後、事実上のロシアへの統合を進めている。この件について筆者は、08年に国際社会のかなり多くの国がセルビア国内のコソボの国家承認をした(中ロは激怒)ことが背景にあり、それに関する欧米への意趣返しであると思っていた。

だが、22年にロシアはさらに非合理的な動きを多々見せた。まず、ロシアはウクライナ東部の未承認国家、ドネツクとルハンシクを2月21日に国家承認したのである。14年のロシアによるクリミア併合に次ぎ、この2州の親ロシア派武装勢力とウクライナ政府軍との内戦が勃発したが、その停戦のために締結された「ミンスク合意」には、2州に幅広い自治権を保障する内容が盛り込まれている。ミンスク合意が履行されれば、仮にウクライナがNATO加盟を望んだところで、国内のこの2州が反対すれば加盟はほぼ実現不可能だ。つまり、未承認国家である2州をウクライナ国家に存在させたままでロシアの影響下に置き続ける、それが最も安価にウクライナを縛り付けることができる効果的かつ有益な作戦であるはずだった。

しかし、今回ロシアは独立を承認し、さらに全く合理性のない侵攻にまで至った。このことは、ロシアの未承認国家政策の転換を意味するだけでなく、ロシアとその他の未承認国家の関係を変えることにもつながった。以下では、ロシアと未承認国家の関係に生まれた変化を見ていきたい。

ウクライナでの苦戦で進む「ロシア離れ」

まず、今回独立を承認したドネツク、ルハンシク両州の住民は、ロシアの残虐な攻撃により、完全にロシアに背を向けたといえる。ウクライナ全土はもとより、同両州ですら、ロシアの支配下に入ろうとは思わないはずである。脅迫と恐怖によってロシアに併合する可能性はなきにしもあらずだが、永遠に恐怖政治を展開する以外に、同地を確保することはできないはずであり、そこにはポジティブな未来は絶対に描けないのである。

そして、今回のロシアのウクライナ侵攻でロシアが苦戦していることは、旧ソ連諸国のロシア離れを導いたと言ってよい。つまり、旧ソ連諸国が「ロシアはこれほどまでに弱かった」「ロシアはもう恐るべき相手ではない」という認識を持つようになり、ロシアを軽侮するようになったのである。そのため、アゼルバイジャンはロシアの平和維持軍がいるナゴルノ・カラバフに3月に攻め込んだし、ロシアが主導する安全保障条約機構(CSTO)のベラルーシを除く全加盟国がロシアの侵攻を事実上批判した(拙稿「ロシアと「近い外国」― ウクライナ危機で変わる関係性」『三田評論』7月号、2022年7月、30-35ページ)。

そして、ロシア軽視の傾向は、未承認国家の南オセチアでも見られた。南オセチアはロシアに極めて忠実であり、同胞がコーカサス山脈で分断されているロシアに属する北オセチアとの統合(すなわちロシアに吸収されることを意味する)を目指していたはずであるのに、南オセチア兵の約300人がウクライナへの派兵を拒否した。また、5月8日の「大統領選」決選投票では、親ロ派でロシアとの統合を急いでいた現職のアナトリー・ビビロフ大統領が敗北を喫し、アラン・ガグロエフ氏が当選した。このことは、南オセチアの住民がロシアへの統合を急ぐことに反発していること、そして、かつてロシアは未承認国家で不本意な選挙結果が出た場合、すなわち、親ロシア派が当選できなかった場合は、容赦なく介入し、選挙をやり直させたりもしていたのだが、今回、ロシアの動きは皆無であり、そのことからもロシアの余裕のなさが強く感じられる。

モルドヴァEU加盟の動きとロシアの思惑

そして今回のウクライナ危機で注目された未承認国家がモルドヴァの「沿ドニエストル共和国」である。沿ドニエストルはウクライナのオデーサに近接しており、仮にロシアがウクライナ南部の黒海沿岸を全て制圧した場合、その支配地域が沿ドニエストルと繋がって、ウクライナの南方を完全に抑え込めたため、南部戦線の動きと合わせて沿ドニエストルの動向が注目されていた。実は、ウクライナ侵攻開始後の4月などに、沿ドニエストルの「首都」ティラスポリにある治安当局の建物などが連続爆破された。ロシアが行った挑発と見られる一方、ロシアが「偽旗作戦」に利用し、沿ドニエストルからウクライナを攻撃するシナリオなども危惧された。結局は大ごとに至らなかったものの、沿ドニエストルの脅威が侵攻開始後にとても高まったのは事実である。

だが、沿ドニエストルをめぐる緊張は、その法的親国がウクライナとそろって6月23日に欧州連合(EU)加盟候補国になったことで、新たな段階に入ったように思われる。

沿ドニエストル問題は、モルドヴァのEU加盟の足かせになる可能性が高く、ロシアが今後、関与を深める可能性が高いのである。そもそも、ロシアはモルドヴァのEU加盟には10年などの長い年月がかかり、実現しない可能性が高いとすら考えているようだ。

だが、そのようなロシアの思惑とは裏腹に、沿ドニエストルの住民は、モルドヴァがEU加盟候補国になれば、沿ドニエストルをロシアが救ってくれ、ロシアへの統合が進むと考えているという。実際、沿ドニエストルの上層部は2014年のクリミア併合以降、特にロシアへの統合を望むようになったという。

他方、モルドヴァは沿ドニエストル問題が未解決な状態でもEUに加盟でき、沿ドニエストルの住民もEU域内での生活・労働の恩恵にあずかりたいという思いを持つであろうことから、EU加盟国になることが沿ドニエストルの再統合にポジティブな影響をもたらすと信じているようだ。

このようにロシア、沿ドニエストル、モルドヴァはそれぞれが都合の良い解釈をしているが、結果、三者の立場は乖離(かいり)する一方である。

このように、ロシアは自国に都合よく使ってきたはずの未承認国家に対する政策を明らかに転換し、また未承認国家のロシアに対する目も侮蔑に満ちたものになったり、期待に満ちたものになったり、反応は多様であるが、そもそも旧ソ連諸国の対ロ恐怖心がかなり軽減された今、未承認国家の法的本国における意味合いも変わり、ロシアにとっては未承認国家の使い勝手はこれまで通りとはいかなくなるだろう。

バナー写真:ウクライナ南東部マリウポリで、地名標識をロシア語に付け替える作業員=親ロシア派「ドネツク人民共和国」提供、2022年5月5日撮影(AFP=時事)

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