沖縄返還から50年

「沖縄の基地問題」をめぐる誤解: 基地移設でも米軍機は本島上空を飛ぶ

政治・外交 社会

アジア太平洋の安全保障環境の変化に伴い、在日米軍の戦略も以前と同じではない。筆者は「普天間飛行場が県内移転したとしても、沖縄本島の中南部を米軍機が飛ぶ日常は続く」と指摘。騒音問題では、米軍にこれまでの日米合意を尊重させることで、その改善は可能だと提言する。

普天間返還の行き詰まりと世論分断

この約四半世紀の間に、「沖縄の基地問題」を論じることはひどく難しいものになってしまった。その主な理由は、問題の象徴である米海兵隊普天間飛行場(宜野湾市)のキャンプ・シュワブ(名護市辺野古)沖合への県内移設を条件とした返還をめぐって、政治交渉が長期化し、論争が過熱した結果、左右それぞれステレオタイプの見方が定着したことにある。

沖縄で3人の米兵が1人の小学生を暴行・レイプした1995年以来、日米両政府間で、また日本政府と沖縄県との間で、普天間返還に関する交渉が重ねられてきた。96年に移設先未定のまま移設前提の返還が日米間で合意され、99年末に辺野古への移設で地元と条件付きの合意が成立した。2006年になると日米両政府はキャンプ・シュワブ沖合への移設計画の決定と前後して、一度了承した地元側の移設条件を一方的に破棄。さらに、09年に発足した民主党政権の鳩山由紀夫内閣は、移設先を「最低でも県外」に変更すると明言したが翌年、06年の日米合意へと回帰する。

政権や県政が替わり、また北朝鮮や中国の軍事能力・行動が増す中で、日米両政府が普天間返還の条件をたびたび一方的に変更したことで、沖縄側の不信感と反対は強くなる一方だが、それと反比例して、両政府の沖縄に対する譲歩の余地は限りなく小さくなっている。

しかも、日本政府と沖縄が互いに政治的な対抗策をとり非難の応酬をくり返したことで、この問題はイデオロギーやアイデンティティの問題になってしまった。「沖縄は金目当てで反対」「反基地運動の背後に中国」という政府寄りの見方も、「日本本土は沖縄を差別」という沖縄寄りの見方も、互いの歩み寄りや妥協を困難にしている。

そこで本稿では、普天間返還の是非ではなくその原点に立ち返って問題を論じてみたい。具体的には、普天間返還の目的である「危険性の除去」について、よくある誤解を指摘することで「沖縄の基地問題」の何がいま問題なのかを考えたい。

移転すれば静かになる?

2021年に、米ハワイ独立研究機関「東西センター」ワシントン支部のシンポジウムにて、沖縄県「米軍基地問題に関する万国津梁(しんりょう)会議」(※1)委員として、玉城デニー知事に提出した提言の概要を発表したときのこと。コロナ対応上、シンポジウムはオンラインで行われ、時差の関係で深夜10時に開始となった。私に発表の順番が回ってきたときには11時だったにもかかわらず、宜野湾市にある自宅のアパートの上空を米軍ヘリが何機も飛んでいった。自宅は普天間飛行場から徒歩10分のところにある。

これが沖縄の日常だと述べながら説明した日米地位協定に関する提言部分に、同席した米国防総省のポール・ボスティ日本部長は次のように反論した。―普天間飛行場など沖縄島中南部の基地の返還に時間がかかっているため、騒音が減らず沖縄住民の失望を呼んでいるが、辺野古の基地建設や訓練の県外移転は確実に進んでいる。本土でも米軍と自衛隊の基地の共同使用が進めば、日米地位協定の問題は解決する―。

この発言の問題点は何か。米軍の基地や訓練を人口密集地から過疎地に移転すれば、騒音被害は解決すると考えていることにある。1996年であればそうだったかもしれない。当時、普天間飛行場は朝鮮有事に米本国から派遣される増援部隊を受け入れ、補給やメンテナンスを行う拠点として重視されていた。

だが2012年に普天間飛行場へ配備されたMV-22輸送機(通称オスプレイ)は、県内69カ所の着陸帯を使用して本島全域を飛行する訓練を毎日行っている。たとえば、中部にある普天間飛行場から北部へ向かう際は、キャンプ・ハンセンや移設先のキャンプ・シュワブ、金武ブルービーチ訓練場、伊江島補助飛行場を使用し、基地から基地へと移動して離着陸をくり返す飛行訓練を実施している。また、南部の那覇市や浦添市などの市街地上空を飛行し、普天間へ戻る訓練も日常的に行われている。つまり、普天間飛行場がキャンプ・シュワブ沖合に移転しても、沖縄本島の中南部を普天間所属の米軍機が飛ぶ日常は変わらないということだ。

さらに、米海兵隊は17年から新たな対中作戦構想「遠征前方基地作戦」(EABO)のもとで、中国のミサイル能力向上に対応して、大規模な基地に依存しない分散された小規模な部隊の運用を志向している。EABO は、小規模の分散した部隊が重要な位置にある離島に進出し、一時的なミサイルや航空機の基地を構築、敵国の海洋進出を阻止したり、制海権を確保したりするという内容である。構想を実現するために訓練拠点を沖縄全域、日本全国に作り、訓練を質量、地域ともに拡大している。

米空軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)に駐留する空軍も、同じく対中作戦構想ACE のもとで普天間飛行場を訓練で使用し、外来機の離着陸回数増大の要因となっている。空軍の特殊作戦機 MC-130 が慶良間諸島周辺や沖縄本島最北端の辺戸岬で低空飛行し、周辺住民に不安を与える事案も発生している。

アジア太平洋の安全保障環境が変わり、米軍の戦略もまた変わる中で、沖縄では米軍基地の所在に関係なく県の全域で米軍の訓練が行われるようになっている現状において、基地の県内移設はもはや騒音被害の解決にはなり得ないのだ。

守られない日米合同委員会合意

それよりも、騒音被害の改善のためにいますぐできることがある。在日米軍の運用を話し合う日米合同委員会(※2)が決めた合意を米軍に尊重させることだ。

日米地位協定には、在日米軍の基地外の訓練に関する規定がない。米軍は協定の第5条第2項の、米軍機は「施設及び区域に出入し、これらのものの間を移動」できるという規定を用いて、飛行訓練を基地から基地への「移動」として正当化している。

横田、厚木、普天間、嘉手納の各米軍基地については、日米合同委員会で騒音規制措置が取り決められ、深夜・早朝の離発着や低空飛行などを制限している。ただし、これらの騒音規制措置は、米軍の努力目標にすぎない。在日米軍が必要もしくは緊急だと判断した場合には、規制が除外されると明記されているためである。

1996年に合意された普天間飛行場の騒音規制措置には、「進入および出発経路を含む飛行場の場周経路は、できるかぎり学校、病院を含む人口稠密地域を避ける」という取り決めがある。これが尊重されなかった結果、2004年には隣接する沖縄国際大学に普天間飛行場所属のヘリコプターが墜落・炎上する。日米両政府は07年に再度、学校上空を避ける普天間離着陸経路を確認。この合意も尊重されず、17年末には近隣の緑ヶ丘保育園と普天間第二小学校の真上で、普天間飛行場所属のヘリが部品を落下させている。

私の勤務先である琉球大学(西原町)は普天間飛行場から約3キロの距離にあるが、毎日、敷地上空を通る米軍のヘリや戦闘機に講義の声をかき消される。大学入試センター試験(現・大学入学共通テスト)の英語のリスニング試験中に、米軍機が校舎の上を通ったこともある。現在は新型コロナウイルス対策で教室の窓を開けねばならないので、音を防ぎようがない。授業を中断して何機、十何機もの米軍機が通り過ぎるのを待つしかない。

沖縄県は解決策として1990年代から、日米合同委員会合意という形での日米地位協定の運用改善ではなく、日米地位協定の改定を求めてきたが、もし協定が改定されても守られなければ同じことだ。日本政府はこれまで改定の検討には一貫して応じていないが、日米合同委員会合意を尊重するよう、米側に働きかけることは可能ではないか。実際、公務外で事故や犯罪を起こした米軍関係者の身柄を起訴前に拘束するという運用改善は、二度の日米合同委員会合意をへて実現している。

バナー写真:米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に駐機する輸送機MV22オスプレイ=2021年10月24日(ロイター)

(※1) ^ 編集部注:「万国津梁会議」は沖縄県が設置した有識者会議で、米軍基地問題のほかにも「人材育成」「観光」「文化振興」などさまざまなテーマ別の会議がある。

(※2) ^ 編集部注:日米地位協定で定められた正式な協議機関。日本の官僚と在日米軍のトップがメンバー。

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