3期目の習近平政権と台湾

半導体の地政学:世界の生産センター台湾と中国の緊張激化、米は巻き返しへ

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世界の半導体業界は現在、重要な大変革期を迎えており、安全保障から社会・経済の運営まで、あらゆる分野で半導体は必要不可欠になっている。その供給力の多くは、台湾や韓国を中心としたアジアに集中しているため、懸念されるのは中台間の緊張激化だ。

台湾には、世界最大の半導体受託製造(ファウンドリ)である台湾積体電路製造(TSMC)が最先端の製造拠点を置いている。一方、中国では党大会を経て習近平総書記の一強体制が明確になった。習総書記は「台湾統一」に強い意欲を示しており、中国が台湾に侵攻するリスクは一段と高まっている。

そうした状況の中で、米国は半導体産業への支援策を強化し、巻き返しに動き始めた。わが国の半導体関連企業は今ある強みをさらに強化して、米台など海外半導体企業との関係を強化することが求められる。それは、わが国の半導体産業が生き残る重要な選択肢の一つになるだろう。

安全保障から脱炭素、医療まで

足元ではスマートフォンやパソコン需要の減少によって、デジタル機器の中核部品となるロジック半導体や、メモリ半導体の価格は下落し、在庫調整が進んでいる。一時的に、世界の半導体産業の成長ペースは鈍化しているが、やや長めの目線で考えると、世界中のあらゆる分野で半導体の需要は増していく。

まず、半導体は各国の安全保障にかつてない大きな影響を与えている。日米豪印は「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて連携を強化し、対外圧力を強める中国に対抗している。この4カ国の枠組み「クアッド」を中心に主要先進国が安全保障体制を強化するためには、盤石な情報セキュリティーの確保に向け、常に安定して信頼できる品質のチップが供給される各国間の連携が求められる。

経済分野では、世界全体でデジタル化が加速する。あまり半導体が用いられてこなかった分野や製品に、より多くの、より多様な半導体チップが使われるようになる。世界のネット業界では「ウェブ2.0」から「ウェブ3.0」へのシフトが進んでいる。それによって、より多くのデータを、個人や組織がより能動的に管理するようになる。クラウドサービスの強化やデータセンターの処理能力向上は不可欠だ。

さらには、6Gなど次世代の超高速通信技術の普及も進む。CASEと呼ばれる、自動車のネットワーク空間との接続・自動運転・シェアリング・電動化も加速する。世界が脱炭素に対応するため、より効率的な再生可能エネルギー利用を目指すことになり、蓄電池を用いたパワーマネジメントの需要も急速に増えるだろう。医療、社会インフラの保守点検など、あらゆる分野でより多くの半導体が使われるようになる。

戦略物資としての半導体の供給能力を強化し、世界的なシェアを持つ企業を育成できるか否かが、世界各国の産業政策にとって最重要課題といっても過言ではない。

先鋭化する米中対立

ところが、世界の半導体供給のかなりの部分がアジアに偏在している。半導体市場調査会社のトレンドフォースによると、2021年の国、地域別のファウンドリーシェアは、台湾が64%、韓国が18%、中国が7%だ。TSMCのシェアは53%に達した。

懸念されるのが、台湾問題の緊迫度が一段と高まっていることだ。例えば、米国は最新鋭の戦闘機F35に使われる軍用チップをTSMCから調達している。習近平体制の下で中国から台湾に対する圧力はさらに強まるだろう。それは、基軸国家である米国の安全保障体制に大きな打撃を与える。

台湾問題の緊迫化の悪影響を回避しつつ、安定した半導体供給体制を確立することは主要先進国にとって喫緊の課題だ。すでに台湾海峡の地政学リスク上昇に対応するために、中国からベトナムやインドなどに事業拠点を移す企業は増えてきた。TSMCや、iPhoneなどの製造を受託する鴻海精密工業などの台湾企業が、中国でのビジネスを拡大することはさらに難しくなる可能性が高い。

こうした中、米国は民主党と共和党が一致して半導体産業の巻き返しに力を入れている。バイデン政権は半導体産業の製造能力、研究開発などをより強力に支援するために“CHIPS and Science Act of 2022(CHIPS法)”を成立させた。さらに10月7日には半導体関連の対中輸出規制も追加的に強化した。

米国は、多くの分野で重要性が高まる半導体分野で主導権を握るため、先端分野での対中制裁を一段と強める可能性がある。制裁が強化されると、中国が半導体自給率を高めるには、共産党政権が想定した以上の時間を要することも考えられる。事実、2015年に習政権が打ち出した「中国製造2025」では半導体の自給率70%の目標が掲げられたが、その達成は遅れている。

今後、中国では、共産党支配が強まり、その代償として経済政策の優先度は低下するだろう。経済政策の指揮を執る李強氏の政策手腕も未知数だ。また、中国は最先端の半導体製造の知的財産や技術を米国などに頼っている。徐々に中国の半導体製造能力は高まるだろうが、それには共産党政権が想定する以上の時間がかかる可能性が高い。

中国が停滞している間に、米国は半導体産業の支援策をさらに強化した。それに呼応して、TSMCやサムスン電子、インテルが米国での設備投資を実施している。欧州委員会も大手半導体企業の誘致を目指して支援策を打ち出しているが、米国ほどの成果は出てはいない。

日本の生き残りに必要なのは

世界の半導体の地殻変動は、さらに激化する。わが国の関連企業は、これまで以上に生き残りのための戦略を強化しなければならない。1980年代半ば以降、日本の半導体産業の競争力は失われた。その要因に、日米半導体摩擦、国際分業の加速、バブル崩壊による国内経済の長期停滞などがある。

ただし、わが国の半導体産業には世界的な競争力を保っている部分もある。具体的に、旧世代の生産ラインを用いて生産される車載用やパワーマネジメント用の半導体、半導体の製造や検査装置、フッ化水素やレジスト、シリコンウエハなど超高純度の半導体関連部材が挙げられる。

各社に求められることは、模倣困難な製造技術に磨きをかけ世界から必要とされる競争力を向上させることだ。そのために、コストカットの重要性は増す。それによって企業は、より多くの経営資源を、より迅速に新しい製造技術の開発のために再配分しなければならない。

今後、インフレを鎮静化させるために米国の連邦準備制度理事会(FRB)は金融政策をさらに引き締める。世界経済を下支えしてきた米国の個人消費は減少し、世界が景気後退に陥る可能性は高まっている。短期的に、半導体市況はさらに悪化するだろう。わが国企業を取り巻く事業環境の厳しさは一段と増す。それでも長期存続を目指して投資し、研究開発体制や海外半導体メーカーとの連係を強化できるか否か、経営陣の覚悟が問われている。

また、政府は先端分野における企業のリスクテイクをより強力にサポートしなければならない。10月28日に岸田総理が発表した「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」の中に1.3兆円規模の半導体産業支援策が盛り込まれた。それは重要だ。

ただし、わが国の半導体支援策の規模は米国などと比較すると見劣りする。岸田政権は、わが国半導体産業の強さがより大きく発揮されるように、具体的な支援内容を早期にまとめ、より積極的な産業育成戦略を提示すべきだ。それが中長期的なわが国の半導体産業の生き残りと、経済の実力に決定的影響を与える。

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