大転換した日本の安全保障政策

木原誠二官房副長官に聞く(前編):厳しい安全保障環境に対応、防衛費増は「大きな転換」

政治・外交

nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院大学教授)が木原誠二官房副長官にインタビューし、岸田政権の外交・安全保障政策について聞いた。前編は、2022年12月に改訂された国家安全保障戦略など「安保3文書」について。

木原 誠二 KIHARA Seiji

内閣官房副長官、衆院議員(東京20区)。1970年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。財務省勤務を経て2005年の衆院選に自民党から出馬し初当選。当選5回。外務副大臣、岸田派事務局長などを歴任し、21年10月から現職。

「極めて厳しい」アジアの安全保障環境

竹中 昨年12月に国家安全保障戦略が改訂・作成され、それと同時に国家防衛戦略、防衛力整備計画がセットで策定された。同戦略はもともと10年程度で改訂するものと認識されてきたが、岸田内閣が発足した2021年10月の時点で、首相に改訂の意向はあったのか、また事務方の準備状況はどうだったのか。

木原 岸田首相の頭の中には改訂はあったと思う。事務方も国家安全保障局を中心に内々の準備はあった。最大の戦略文書である国家安全保障戦略を改訂するのだから、3文書をセットで変えるというのは想定されていた。

竹中 官房副長官として、国家安全保障戦略の策定にはどのように関わったのか。

木原 21年の12月から(自民)党も動き始めたし、政府も国家安全保障局がヒアリングを始めた。有識者へのヒアリングは20回近く、かなり綿密にやった。国家安全保障会議、4大臣会合も18回やって議論を重ねた。私も4大臣会合には参加し、発言している。

竹中 ロシアのウクライナ侵略(22年2月)という事態は、例えば、反撃能力を持つという話や防衛費の増額など、改定の内容に影響を及ぼしているのか。

木原 中身に関して、大きな影響はない。国家安全保障戦略は日本の国益のために策定するわけだから、アジアとインド太平洋の地域を主眼に考える。ウクライナ侵略がなかったとしても、アジアとインド太平洋の安全保障環境は現状でも極めて厳しいことに変わりはない。影響があったとすれば、その厳しい安全保障環境を国民の皆さんがわが事として考えていただくきっかけにはなったと思っている。

リアルな対応に向けた態勢整備

竹中 国家安全保障戦略、また国家防衛戦略の中で、副長官からご覧になって重要なポイントはどこだと考えているか?

木原 重要な点はいくつもあるが、やはり安倍政権の下で限定的な集団的自衛権、平和安全法制をつくって法制的には整えたが、それを今度は現場で現実のものとして運用ができるようにするというのが一番意味がある点ではないか。つまり制度はできているけれども本当にリアルな世界で今の自衛隊が対応できるのかという点を検討し、必要な改善をしていく。制度に対する態勢整備を「車の両輪」として完結させたということだ。

より具体的に挙げると、やっぱり弾薬も足りない、装備品の可動率も低い、部品も足りない、隊舎は古い、そういった現実にまず向き合って、それをしっかりと補充をしていこうと、これが1つ目。

2つ目は日本の防衛の観点から現状欠けている、あるいは不十分ないくつかの能力、例えばスタンドオフ型の防衛能力や、これを活用した反撃能力、更には無人アセットの防衛能力などを追加した。

3つ目は、海保と自衛隊の連携、それから、科学技術の世界と防衛装備品の世界の連携、空港、港湾などの公共インフラと防衛との連結。今まで課題だと言われていながら、なかなか進んでこなかった事に、一定程度枠組みが作れた。

そして、4つ目はサイバーや電磁波などの新領域にコミットできるだけの枠組みと予算を確保した。こうした4点があげられると思う。

衆院本会議で安全保障3文書に関する報告を終えた岸田文雄首相(左)と、木原誠二官房副長官=2023年4月4日、国会内(時事)
衆院本会議で安全保障3文書に関する報告を終えた岸田文雄首相(左)と、木原誠二官房副長官=2023年4月4日、国会内(時事)

変わらない「専守防衛」

竹中 国家防衛戦略を読むと、その中に「我が国を守る一義的な責任は我が国にある」という文言が盛り込まれている。これはごく自然なようにも見えるが、日本防衛に対する日米の役割分担、すなわち「日本は盾、米国は矛」という考え方が変わったので、あらためてこのような文言を盛り込んだのか。

木原 日米の役割分担については、根本的には変わっていない。スタンドオフの能力を持つということは当然、これは別に攻撃能力を持つわけではなくて、スタンドオフの防衛能力を持つということだ。それをもって、「盾」としての能力を高める。そして、一義的に自分たちで守るものは守ると。

竹中 反撃能力は、「我が国から有効な反撃を相手に加える能力」が反撃能力で、これを保有するためにトマホーク(米国製巡航ミサイル)を買うとか、今ある地対艦ミサイルの射程を伸ばすとか、そういう話がされている。これはあくまで、その「盾」の機能を延長したという意味なのか。

木原 専守防衛という日本の原則は一切変えていない。相手を攻撃することなどは目指していない。これはあくまでも、 抑止力として持つということ。この能力はもちろん、相手の能力に対応し、変化しなければいけない。

野球のキャッチャーに例えると、昔の野球でカーブとストレートしかない時代から、投手にフォークがあり、スライダーがあり、いろいろな変化球を投げる時代に変わると、今までと同じ考えではいけないわけで、キャッチャーも能力を上げている。変則軌道のミサイルもあり、あるいは極超音速のミサイルもある時代に、今まで通りの「盾の能力」では防げない。抑止力としての反撃能力なり、スタンドオフ型の能力を持っておこうということだ。

竹中 もちろんこちらから仕掛けていくことはないのは分かるが、もし相手が攻めてきた場合…、

木原 いや、もちろんBMD(ミサイル防衛)の能力向上は引き続きやっていく。しかし、BMDだけで守れないようなミサイルが現実に誕生してきていることも事実なわけで、そういう時に現実感として自らを守るために反撃能力を持っておこうと。それは別に日米の基本的な役割分担を変えたわけではない。

竹中 ただ、今までのように「迎撃のみ」でやっているのと、相手国の領域が日本の射程に入ってくるのとでは質的に違うのではないか。

木原 国会答弁では、これまで反撃能力は、「許されるけれども、現時点では持たないと判断している」ということだった。今回は、持たないと守り切れないと判断した。BMDだけでは、完全ではないと。一番の目的は相手が思いとどまることなので、その相手が思いとどまるだけの能力を持とうということだ。

防衛費増額は「大きな変化」

竹中 この反撃能力の保有というのは、集団的自衛権を部分的に使えるようにした憲法解釈の変更、平和安全法制という2014年、15年の動きに並ぶような、戦後の安全保障防衛政策の一大転換と評価できるのではないか。こうした捉え方についてはどう思うか。

木原 これまでの日本は、実態上、防衛費はGDP(国内総生産)の1%という大きな枠が残っていたと言われているわけで、それを取り払うというのは大きな転換だと思う。反撃能力については、これまでもその能力はあると言ってきたわけだから、そこは大きな変化とは言えない。

竹中 スタンドオフ防衛能力について伺う。長射程のミサイルなどを使って反撃しますよ、というほかに、国家防衛戦略では、日本に接近・上陸してきそうな相手に対して、達するはるか前の地点で叩くということも同時に考えているというように読めるが。

木原 同時に考えているというよりも、それがメインの考え方と理解してほしい。空からの攻撃にしろ、海からにしろ、そのような相手にできるだけ遠くから対応する。自衛隊の限られた人員と、貴重な命がかかっているわけだから、それをむやみやたらと危機にさらすわけにいかない。

竹中 防衛費をGDPの2%にするという方針だが、これはNATO(北大西洋条約機構)の水準を参考にされたということか。

木原 国際社会が平和を守るために、それぞれの国のGDPを基準に一定程度の貢献をしている。そのことへの意識はあるが、だから2%ありきというのではなくて、必要とされる防衛力の内容を積み上げた上で、同盟国・同志国等との連携を踏まえ、国際比較のための指標も考慮し、わが国自身の判断として導き出されたものだ。同時に、今後5年間の防衛費としてこれだけが必要だというのが43兆円(編集部注:2023年度から5年間の防衛費総額)であり、5年後の8.9兆円(27年度の防衛費)ということだ。もちろん防衛費は充実していれば充実しているほどいいのだが、2%という基準が国際社会の中にあるという意味では、この水準は目安にはなる。

竹中 国家安全保障戦略の中では中国について、その対外的姿勢や軍事動向について「これまでにない最大の戦略的挑戦」と記載している。このような記載がなされる経緯について教えてほしい。

木原 事実のままだ。東シナ海、南シナ海における一方的現状変更の試みを見ても。また、残念ながら軍事費の中身も不透明である中で、軍事力を広範かつ急速に増強している。そういう意味では、ありのままを淡々と記述していると思う。

(2023年5月10日)

(後編に続く)

まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁
バナー写真:木原誠二官房副長官=2023年5月10日、東京・永田町(撮影・花井智子)

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