日本の新たな半導体戦略

生産を最適化できる形で製品を設計:ラピダスの小池淳義社長に聞く(後編)

経済・ビジネス 政治・外交

nippon.comの竹中治堅・編集企画委員長(政策研究大学院大学教授)による、ラピダスの小池淳義社長へのインタビュー。後編は独自の生産方式への挑戦や、今後の半導体技術者育成策などについて。

小池 淳義 KOIKE Atsuyoshi

Rapidus(ラピダス)株式会社社長。1952年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。東北大学で工学博士号取得。日立製作所を経て、2002年にトレセンティテクノロジーズ社長に。サンディスク社長、ウエスタンデジタルジャパン社長などを歴任し、2022年8月にラピダスを設立し現職。著書に『人工知能が人間を超える シンギュラリティの衝撃』(PHP研究所、2017年)

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「チップレット」生産に挑戦

竹中 ラピダスは今後、次世代のGAAテクノロジーを採用して線幅2ナノという最先端のロジック半導体を生産していく計画だ。実際の製品は、どのようなところに使われるのか。

小池 まずハイエンドのハイパフォーマンスコンピューター。これには、量子コンピューターへの応用も含まれる。もう一つは、エッジコンピューターと言われているポストPCとか、ポストスマホとなる製品。これらは徹底した低消費電力が必要な条件になってくる。AIの時代、これまでと比べて情報処理能力が飛躍的な向上する際に、同じような電力を消費しているようでは電池ばかりが大きくなってしまう。この点で、GAAのテクノロジーを使う半導体がどうしても必要となってくる。

竹中 それから、用途が異なるチップを組み合わせて1つのチップのように扱う「チップレット」を活用するということだが、この重要性について教えてほしい。

小池 チップレットというのは、実は30年前ぐらい前からあった考え方で、いま出てきた新しい話ではない。どういうことかというと、半導体の一つのチップの中には、さまざまな機能が埋め込まれている。ロジックだったり、アナログだったり、メモリだったりと、異なる機能を一つのチップに入れ込んでいる。このチップを微細化し、性能を上げていくのがこれまでの進め方だった。

ところが、このやり方が本当に効率がよいのかという議論は昔からあった。これに最初に気づいたのは、スーパーコンピューターを作っていた富士通やIBMの技術者だ。一つひとつの機能ごとにチップを分けて後で組み合わせて作ればいい、配線してパッケージをつくる中でつなげればいいのでは、というのがチップレットの原点だ。

一つのチップの中にさまざまな機能を入れ込もうとすると、チップの設計がすごく複雑になる。さらにそれぞれの機能で要求されるパフォーマンスが違うから、全体の性能が落ちる。これを機能ごとに分けて作れば、パフォーマンスが向上する上、チップ一つの大きさも小さくなるので歩留まりも上がる。いいことは多いのだが、一方で、バラバラに作ったものを後工程で配線するというのは煩雑な作業になる。加えて、チップレット技術の標準化が遅れた。これは半導体設計者が、製造部門での効率化というところまで考える必要がなかったからだ。

今回われわれは、半導体製造の前工程、後工程を一貫して行うことで、Manufacturing for Design、すなわち製造部門を活かし、生産を最適化できる形での製品設計を目指している。

ラピダスの小池淳義社長(撮影・花井智子)
ラピダスの小池淳義社長(撮影・花井智子)

北海道に新たな半導体産業を集積

竹中 事業の拠点として北海道千歳市を選んだ。この理由について伺いたい。

小池 半導体製造にかかわる主要な条件というのはいくつかある。水が豊富であることや電力供給に不安がないこと、雇用の問題などだ。しかし、最も重要なことは、われわれの構想を実現するには、世界で一番優秀な人材を集めなければならない、そのために、それらの人材が「そこで働きたい」と思ってくれるかどうかだと考えている。

北海道千歳市は、すばらしい環境だ。道や地元の経済団体も、ラピダスの事業が一大プロジェクトであることを認識し、全面的に支援いただいている。

竹中 2021年にTSMC(台湾積体電路製造)が日本進出の際に、熊本を拠点に選んだ。九州はこれまでも「シリコンアイランド」と呼ばれるなど、半導体関連の産業の集積があった。これに比べると、北海道は違う環境にある。その点については、どのように考えているか。

小池 もちろん九州はすばらしいが、今からわれわれが進出していっても何もよいことはない。まず人材獲得競争が激しくなる。北海道の場合、北海道大学はじめ地元の大学を出た人材は、十分に雇用がないために道外に出ている現状がある。ラピダスがそのような人材を受け入れるとともに、世界中から優秀な技術者、研究者を呼び込めば、地元の経済も活性化する。「北海道バレー構想」は苫小牧から千歳、札幌、石狩市にかけて半導体の関連会社を集積し、シリコンバレーのようにするという考え方だ。

先にお話しした、半導体微細化技術のコンソーシアムの拠点となった米オールバニは、「ニューヨーク・クリエイツ」と命名しニューヨーク州政府が事業用地を確保し、IBMなどの企業を誘致するとともに、インターンシップの受け入れなど人材開発の場としても整備している。私は北海道にも、これと同様のコンソーシアムをつくって互いに人材交流したらどうかと呼びかけている。

大学連携で研究深化・人材育成を

ラピダス設立の際、私が打ち出した「3本柱」がある。一つは人材育成。二つ目は「最終製品を意識したものづくり」。ユーザーとわれわれがしっかりと手を組んで、最新の半導体とその設計技術を使って今までにない製品を世に出していく、新しいイノベーションを起こさなければ意味はないということだ。3点目は徹底したグリーン化。デバイスはもちろん、工場もすべてグリーン化する。

また大学に関していうと、これまでにほとんどの日本の主要大学のトップにお会いし、われわれの理念を説明した。日本の大学に、半導体を研究する優れた学科はある。ところが、それを総合的に見る大学は一つもない。「半導体インテグレーション大学」のようなものが必要だと考えている。例えばプラズマをやっている名古屋大学とか、東大の半導体設計をやっているところとか、それらを融合し、インテグレートするような仮想の大学をつくったほうがよい。その機能の一部にラピダスが参画してもよい、という話もしている。

この話は日本にとどまらず、米国や欧州の大学も巻き込む必要がある。米国ではオールバニのRPI(レンセラー工科大学)、MIT(マサチューセッツ工科大学)、スタンフォード、欧州ではベルギーのルーベン大学など、すべて連携して学位を一緒に取るとか、そんな構想も議論している。

技術者の応募「面接者が足りないほど」

竹中 事業資金について、2025年までに2兆円を調達し、27年に3兆円を追加投資するということだが、この調達は国の助成をベースに考えているのか。

小池 日本の法制度上、助成が必ず実現すると断定することはできない。また、事業の全額をあてにするという甘い考えはない。最初のR&D(研究・開発)のところは国のご支援を頂くとしても、そこから先の量産に関しては民間からも資金を調達していくべきだと考えている。

竹中 半導体技術者をどのように確保するか、現状を伺いたい。別のインタビューで、海外に流出した日本人の技術者を呼び寄せており、平均年齢は50歳とうかがっているが。

小池 毎月入社式をしていて、30人ほどが次々に入ってくる。その平均が50歳ということになるわけだが、まなざしはギラギラしている。ラピダスがいま欲しいのは即戦力。英語ができて、入社してすぐに米オールバニに派遣されて技術を習得する。2年間で技術移転の作業を終えなければならない。

技術者については、当初の心配とは裏腹に、面接者が足りないほどの応募が来ている。海外で仕事している技術者も「日本でそういう動きがあるなら、ぜひ参画したい」と、志の高い人たちが多くいるという印象を持っている。

(2023年7月25日)

まとめ:nippon.com編集部・石井雅仁

バナー写真:ラピダスの小池淳義社長(左)と竹中治堅nippon.com編集企画委員長=2023年7月25日、東京・麹町(撮影・花井智子)

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