権威主義化するインドの行方

権威主義化するインド ──モディ政権の10年と次期総選挙

国際・海外 政治・外交

FOIP(自由で開かれたインド太平洋)、そして日米豪印の協力枠組み「クアッド」などで、日本外交におけるインドの重要性は増すばかりだ。しかし、一方ではモディ政権の急速な権威主義化に対し、憂慮する声も高まっている。

普遍的価値の共有?

日本とインドは「自由、人道主義、民主主義、寛容性、非暴力という普遍的な価値」を共有し、それが強固な両国関係の基礎をなしているという点が、日印首脳会談などの場で繰り返し強調されてきた。また、日印両国に米国とオーストラリアを加えた4カ国による連携の枠組み「クアッド」でも、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンの前提として、普遍的価値の共有が強く打ち出されてきた(※1)

ところが、2014年にナレンドラ・モディ首相率いる新政権が発足して以降、インドという国のあり方とそれを支える基本的理念を根底から覆そうとする動きが顕在化し、19年の総選挙での再選を追い風に、その勢いがさらに増していった。「普遍的価値の共有」という概念を実体の伴わない外交辞令にしてしまうほど、モディ政権の2期10年はインドを大きく変えたのである。

悪化するインドの評価

最近、インドを民主主義国と分類することはもはや不可能であるという認識が、インド政治や比較政治を専門とする研究者の間で幅広く共有されている。これに呼応するように、世界各国の政治状況を継続的に分析してきた複数の機関も、インドに対して厳しい評価を下すようになっている。

スウェーデンのV-Dem(民主主義の多様性)研究所が2020年3月に公表した年次報告書は、「インドが民主主義のカテゴリーから脱落する寸前にある」と述べ、メディア、市民社会、野党勢力が自由に活動できる領域が狭まっていると指摘している。また、米国の非営利組織であるフリーダムハウスが同時期に公表した年次報告書は、米国とその同盟国(当然、日本も含まれる)が対中国という観点からインドに接近する一方、「中国とインドとの間で価値観に基づく区別が付きにくくなっている恐れがある」と論じている(※2)

そして、翌年の21年3月に公表されたV-Dem研究所とフリーダムハウスの年次報告書では、インドに対する評価がさらに悪化した。前者では、インドのカテゴリーが「選挙民主主義」(electoral democracy)から「選挙権威主義」(electoral autocracy)へと格下げされ、同様に後者でも、インドのカテゴリーが「自由」(free)から「部分的自由」(partly free)へと引き下げられた(※3)。さらに、英国の経済誌『エコノミスト』の調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が公表している民主主義指標でも、インドのスコアと国別順位は最近大きく下落している(※4)

インドの民主主義が後退しているという見方に、モディ政権は猛反発している。21年3月には、公開されたばかりのフリーダムハウスの報告書について、「誤解を招くもので、不正確で的外れである」と政府が公式に反論した。また、22年11月には、政府の首相経済諮問委員会がワーキングペーパーを刊行し、主要な民主主義指標の恣意性を主張した。その結論部分では、「一握りの欧米系シンクタンクによる独占を打破するために、(中略)同様の民主主義指標を作成するよう、インドの独立系シンクタンクを後押しすべきである」との提言が示された(※5)

その一方で、モディ政権は政府高官を密かに集めて、「一握りの欧米系シンクタンク」による評価を改善するための方策を探っていたとも報じられている。この報道によると、外国企業のインド進出に影響を及ぼす可能性があるため、EIUの民主主義指標について議論が集中したという(※6)

さらに、モディ政権は別の対抗策も打ち出している。22年12月にインドがG20の議長国に就任して以降、モディ政権がインドを「民主主義の母国」として国内外にアピールしているのは、その一例である。23年9月のG20サミット期間中には、「世界最古の民主主義」に関する企画展の開催やパンフレットの配布まで行われた。しかし、民主主義の起源をインドの過去に求めようとする突飛な発想からは、モディ政権の必死さがむしろ伝わってくる。

もちろん、「世界最大の民主主義」がかつてどれほど民主的だったのかという点については、大いに議論の余地がある(※7)。しかし、近年の権威主義化が意味するのは、インドがこれまでとは異なる政治体制の国に生まれ変わりつつあるということなのである。

モディが変えたインド

長年にわたって民主主義を維持してきたインドで、一体何が起きているのだろうか。

インドの政治体制が根底から大きく揺らぎ、これまで当然視されてきた「インド=民主主義国」という前提が怪しくなってきたのは、2014年5月にモディ首相率いるインド人民党(BJP)政権が成立して以降、特に19年の総選挙を経て二期目に入って以降のことである。その要因として、大きく分けて次の2つの点を指摘することができる。

第1に、民主主義にとって不可欠なアカウンタビリティの仕組みが、制度としての体裁を保ちながら着々と骨抜きにされてきた。具体的には、立法府は審議の空洞化と議会手続きの無視が常態になり、司法府は政府の決定を追認するような判断を繰り返し示している。また、捜査機関は野党政治家や反対勢力を「合法的」に弾圧するための手段として政府に利用され、選挙管理委員会や会計検査院などの監視機構は独立性を失ったのではないかと疑いの目を向けられている。そして、テレビ・新聞といった主要メディアはアメとムチによって巧みにコントロールされ、NGOなどの市民社会組織は法規制の厳格化により活動を制約されるようになっている。

2000年代半ばから、民主主義が徐々に後退する傾向が世界的にみられるようになり、最近では、権威主義が勢いを増しているのではないかという懸念が一段と深まっている。このような議論が主に念頭に置いているのは、ロシア、ベネズエラ、トルコ、ハンガリー、ポーランドといった国々が経験してきた、民主主義から権威主義への漸次的な移行過程である。その新たな事例として注目を集めているのが、インドなのである。

第2に、モディ政権が成立して以降、インドの国是ともいうべき「世俗主義」の理念ははるか後景に退き、それに代わって「ヒンドゥー至上主義」が政治の中心的空間を占めるようになった。ヒンドゥー至上主義とは、人口の約8割(2011年国勢調査)を占めるヒンドゥー教徒が一体不可分の存在であるという前提に立った上で、インドを「ヒンドゥー教徒のヒンドゥー教徒によるヒンドゥー教徒のための国」にしようという、きわめて排他的な政治思想である。

1925年に創設された民族奉仕団(RSS)はヒンドゥー至上主義の中心的組織であり、与党BJPの支持母体として知られる。現在、「インド独立の父」と呼ばれるM・K・ガンディーの暗殺者を輩出し、ファシズムとも歴史的に深いつながりを持つRSSの関係者が、政府・与党の要職を多数占めている。RSSのなかでめきめきと頭角を現し、ついには首相の座にまで上り詰めたモディは、その筆頭というべき存在である。

モディ政権の10年で、ヒンドゥー至上主義の「理想」の実現を目指して、宗教的少数派を狙い撃ちにした差別的な法律が次々と成立した。特に、人口の14.2%を占める、最大の宗教的少数派であるムスリム(イスラーム教徒)は、その主要な標的となっている。それだけにとどまらず、あからさまなヘイトから直接的な暴力に至るまで、あらゆる手段に訴えながらムスリムを「二等市民」のような立場に追いやろうとする組織的な動きも顕著になっている。

例えば、22年10月にデリーで開かれた集会で、与党BJPの国会議員は次のように述べて、ムスリムを経済的に締め出すよう呼びかけた。「私の後に続いていってください。私たちは奴らをボイコットする! 奴らの店では何も買わない! 奴らに仕事を与えない!」。このような「経済の脱イスラーム化」の呼びかけはもちろん、ムスリムの大量虐殺を示唆するような発言であっても、警察による取り締まりは一切行われず、完全に野放しになっている(※8)

このような動きと並行して、BJPは「政治の脱イスラーム化」を着々と進めている。2022年7月に連邦議会上院で議員の改選が行われ、約400人いるBJP所属の国会議員からムスリムが一人もいなくなった。また、各地で行われる州議会選挙では、BJPがムスリムの候補者をはじめから一切立てないことも珍しくなくなっている(※9)

さらに、BJPが州政権を握るいくつかの州では、この1、2年の間に当局が法的許可なしにムスリムの家や商店をブルドーザーで破壊することが平然と行われるようになった。そして、一部のBJP支持者の間では、ブルドーザーが「正義」のシンボルにさえなっている(※10)

迫る次期総選挙

モディ政権の10年で、首相自身が「最も偉大で最も聖なる文献」と呼ぶインド憲法の理念は踏みにじられ、それを食い止めるための制度的な歯止めも次々と解体されていった(※11)。そして、憲法が体現してきた正義は失われ、別の「正義」に取って代わられようとしている。

インドでは、2024年前半に総選挙が予定されており、各党は選挙モードに入っている。現時点では、モディ首相の個人的人気を背景に、与党BJPが有利な状況にあるとみられている。モディ政権が3期目に入った場合、インドでは権威主義化とヒンドゥー至上主義のメインストリーム化がさらに進むことは避けられないだろう。

バナー写真:インド南部テランガナ州での選挙を前に、インド人民党(BJP)の集会で演説するモディ首相=2023年11月7日、ハイデラバード(AFP=時事)

(※1) ^ 冒頭の引用部分は、2018年10月の日印首脳会談の共同声明からのものである。これまでの日印首脳会談およびクアッド関連の会合の共同声明やその他の関連文書は、日本の外務省のホームページから入手できる。

(※2) ^ V-Dem Institute, V-Dem Annual Democracy Report 2020: Autocratization Surges–Resistance Grows, Gothenburg: V-Dem Institute, 2020の6ページ; Freedom House, Freedom in the World 2020: A Leaderless Struggle for Democracy, Washington, DC: Freedom House, 2020の2ページを参照。

(※3) ^ V-Dem Institute, V-Dem Annual Democracy Report 2021: Autocratization Turns Viral, Gothenburg: V-Dem Institute, 2021; Freedom House, Freedom in the World 2021: Democracy under Siege, Washington, DC: Freedom House, 2021を参照。

(※4) ^ Economist Intelligence Unit, Democracy Index 2022: Frontline Democracy and the Battle for Ukraine, 2023を参照。

(※5) ^ Ministry of Information and Broadcasting, “Rebuttal to Freedom House Report on India’s Declining Status as a Free Country,” 5 March, 2021; Sanyal, Sanjeev and Aakanksha Arora, “Why India Does Poorly on Global Perception Indices,” EAC-PM Working Paper Series 06/2022, 2022の24ページを参照。

(※6) ^ Dutta, Anisha “India Secretly Works to Preserve Reputation after ‘Flawed Democracy’ Rating,” The Guardian, 22 June, 2023を参照。

(※7) ^ 独立以降のインドの現代史については、ラーマチャンドラ・グハ(佐藤宏訳)『インド現代史 上・下』(明石書店、2012年)を参照。

(※8) ^ NDTV, “After BJP MP’s ‘Community Boycott’ Call, A Case Filed but Not over Speech,” 10 October, 2022; The Wire, “Hindutva Leaders at Haridwar Event Call for Muslim Genocide,” 22 December, 2022を参照。

(※9) ^ Kuchay, Bilal, “India Ruling Party Has No Muslim MP for the First Time in History,” Al Jazeera, 6 July, 2022を参照。

(※10) ^ 川上珠実「印、強権『ブルドーザー政治』 イスラム教徒の住宅破壊 ヒンズー至上主義、与党に批判の声」『毎日新聞』、2022年6月7日; Human Rights Watch, “India: Surge in Summary Punishments of Muslims,” 7 October, 2022を参照。

(※11) ^ モディ首相の個人ホームページを参照。

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