中国経済の暗雲

中国の「失った2030年」:習ノミクスで大脱線

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12年前、世界銀行と中国・国務院発展研究センターの合作リポート「2030年の中国」は「中国が30年までに経済規模で米国を抜き、高所得国になる」と見通していた。バブルが崩れ、その青写真は実現しないだろう。

「壮大なバブル」が崩壊

フランスの経済学者トマ・ピケティは「21世紀の資本」(2013年刊)で、日本のバブルを「1970年以降で最も壮大なバブル」と評した。彼が改訂版を出すなら、「日本」を「中国」に差し替えるはずだ。

日本の「バブル期」は86―91年の約5年間。バブル崩壊後に銀行が処理した不良債権は約100兆円とされる。中国のバブルは日本とは桁が違う。官民合わせた総投資が2005年前後から国内総生産(GDP)の4割を超え、民間消費支出を上回り続けてきた。この20年弱を中国の「バブル期」と見なせよう。

傍証もある。世界の超高層ビル「トップ100」中、52棟が中国にあり、49棟がこの時期に建てられた。中国のセメント生産量は年間20億トンを超え、世界生産量の5割強を占める。ちなみに米国が20世紀の100年で消費したセメントは45億トンだった。

バブル崩壊後に金融危機に見舞われた日本と同様、中国も金融危機のフェーズに入ったようだ。年初に、大手信託会社を抱える中植企業集団が破綻した。信託はシャドーバンキング(影の銀行)の一形態だが、業界全体の信託商品の残高は420兆円強。第二、第三の「中植」が懸念されている。

地方政府が設立した投資会社で、やはり影の銀行の「地方融資平台」(LGFV)も資金繰りに苦しんでいる。LGFVの債務総額は約1300兆円に上る。地方の中小銀行でも、これまでに河南省や安徽省で取り付け騒ぎが起きている。

「バブル崩壊不況」の渦中にある中国経済は消費が振るわず、物価が下がり、「デフレ」の様相を深めている。製造拠点をベトナムやインドに移したり、中国市場を見限ったり、撤退したりする外資が相次いでいる。

若年層(16ー24歳)の失業率は昨年6月に過去最高の21%台に達した後、政府が発表を止めた。半年の休止の後、昨年12月分として学生を除いた数値を14.1%と発表したが、実態は50%近いともされる。企業倒産による失職や給与未払い、賃下げが広がり、公務員の賃下げも珍しくなくなった。

「衰退論」には処罰も

習近平政権は「なすすべを知らず」なのか、政権3期目の経済政策の大綱を決める「3中全会」を開けないでいる。その一方で、諜報などが仕事の国家安全部が「中国衰退」といった経済への批判的な論評を処罰する、と言い出した。

苦い思いをかみしめているのが、ロバート・ゼーリック元世界銀行総裁だろう。ブッシュ(子)政権で国務副長官を務め、中国を国際社会に取り込む「関与政策」が持論で、世銀総裁時(07―12年)に中国政府に「2030年の中国」リポートの基になる共同研究を働きかけた。

胡錦涛政権末期の12年2月に公表された「2030年の中国」は、「中国が中所得国のわなを避け、現代的で調和がとれ、創造的な高所得社会を築く」ための6項目の戦略提言を掲げていた。

それは(1)市場経済への移行の完了(2)開かれたイノベーションの加速(3)環境に配慮したグリーン成長への転換(4)万人に平等な社会保障制度(5)持続可能な財政制度(6)国際経済との相互利益の追求──の6項目だが、筆者が注目したのは(1)(4)(5)だ。順に見ていこう。

(1)では国有企業のリストラを勧めた。国有企業の4分の1が赤字で、生産性も民間企業に劣ると指摘。石油化学、テレコム、電力、航空、海運など国有企業の独占・寡占状態にある基幹産業への民間企業の参入を促し、市場経済化を貫徹するよう求めた。政府は民間を邪魔せず「無駄なく、クリーンで透明性を保ち、高効率で法の支配の下に運用すべきだ」とした。

(4)では教育、医療、年金、健康保険などで、都市と農村、沿海部と内陸部の住民の間の大きな格差を指摘。そうした格差の原因になっている「戸籍」制度の見直しを求めた。

(5)では歳出義務が地方政府に偏重し、歳入は中央政府に厚い財政制度の是正を求めた。この指摘は重要だ。地方政府は恒常的な財源不足に苦しみ、地方の収入に区分される国有地(利用権)売却益を増やそうと、競って開発プロジェクトを立案し、LGFVを通じデベロッパーに融資した。不動産バブルは、ゆがんだ財政制度の産物とも言える。

経済より大事な共産党

だが「2030年の中国」リポート公表の9カ月後に発足した習政権は、6項目の戦略提言をほとんど無視するか、むしろ逆行した。習主席は「国有企業はより強く、より優秀に、より大きく」と公言し、国有企業同士が合併し強大化するケースが相次いだ。一方で、戸籍制度や中央と地方の財政制度の改革は手つかずのままだ。

元共産党中央党学校教授で米国に亡命した蔡霞はフォーリンアフェアーズ誌への寄稿で、「習ノミクス」とも呼ぶべき習氏の経済政策を的確に要約している。

「民間部門を自身の統治に対する脅威とみなすようになり、毛沢東時代の計画経済を復活させている。国有企業を強化し、企業経営に口出しする党組織を民間部門に設立した。汚職撲滅と独占禁止法施行の名目で、民間企業や企業家から資産を略奪している」とし、テンセントやアリババが科された罰金などの仕打ちを挙げた。

ゼーリック氏は年初の日経新聞のインタビューで、世銀総裁時代に会談した習国家副主席(当時)とのやりとりを次のように述懐している。

「私は習氏に『あなたの優先的経済事項は何ですか』と聞くと『8660万人の共産党員』との答えだった。(中略)彼が目指したのは共産党の強化で、経済は重視していなかった」

英国のシンクタンクの経済ビジネス・リサーチセンター(CEBR)は昨年末に公表した世界経済予測で、中国経済が37年に米国を抜く、とした。3年前の予測では米中逆転を28年としていた。9年先送りしたわけだ。

中国政府は23年のGDPは5.2%成長と発表したが、ドル建てでは29年ぶりの減少で、世界経済に占める中国のシェアは16.9%と、21年のピーク(18.3%)から1.4ポイント落ちた。23年の出生数は902万人で、1949年の建国以来の最少。2年連続の人口減少となった。

日本のバブル崩壊時に「失われた30年」と呼ばれるほどの長期停滞を予想した人はいなかった。人口が減り始めた中国経済が、米国を抜けないまま「未富先老」(豊かになる前に老いる)に陥るシナリオも無視できまい。

米国のノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン教授は、米紙への寄稿で「中国は日本のようにはならない。もっと悪くなるだろう」とみている。

バナー写真:中国の不動産大手「碧桂園」のマンション建設現場前に止められた車、「権利を守って」などと書かれている=北京(共同)

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