台湾の民意は「民主政治の維持」:頼次期総統は蔡英文路線を継承―謝長廷・駐日代表に聞く

国際・海外 政治・外交

台湾・民主進歩党の頼清徳氏が5月、蔡英文氏に代わって新たな総統に就任する。新政権の外交姿勢や、中台・日台関係の現状分析などについて、nippon.comの川島真・編集企画委員(東大大学院教授)が謝長廷・台湾駐日代表にインタビューした。

謝 長廷 HSIEH Chang-ting

台北駐日経済文化代表処代表。1946年、台北生まれ。国立台湾大学卒業、京都大学大学院法学研究科博士課程修了。弁護士から政界に転身し、86年の民主進歩党結成に参画。立法委員(国会委員)、高雄市長、同党主席などを歴任し、陳水扁政権の2005年から06年に行政院長(首相)を務めた。16年6月から現職。

立法と行政の「ねじれ」を学びのチャンスに

川島真 1月の選挙で頼清徳氏が勝利し、3期連続で民進党が政権を握った一方、立法院で第一党の地位を得ることができなかった。有権者がバランスを取る投票をしたとも考えられる。

謝長廷 今回の選挙では、前台北市長の柯文哲氏が率いる民衆党が300万票以上を獲得。民進党に影響を与える存在となった。民進党にとってはやっかいな状況だが、だからこそ慎重に物事を進めるべきだ。さもなければ容易に人々の不満が高まり、政権運営で苦労することになるだろう。

 (野党との)争点は内政の分野であり、予算審議などだ。私は、民進党はコミュニケーション力を高めるべきだと思っている。議会で過半数を獲得できず、立法と行政が完全に連携する状況ではなくなった。しかし、これは民主的に成長する段階の、学びのチャンスと捉えるべきだ。このような角度から振り返れば、台湾有権者の賢い選択だったとも受け止められる。

川島 民衆党は若者の支持を得たが、このことは同時に台湾における家族や世代間のギャップが深まっていることも示している。

 民進党が政権を担ったこの8年でも、依然として多くの社会問題が残されている。若者の関心が高いのは彼らの賃金であり、物価の動向だ。日本と同様、不動産などは年配の世代が握っている。若者が与党に不満を持つのは当たり前だ。

「現状維持」の真意

川島 次期総統の頼清徳氏は蔡英文総統の政治路線を継承するのか?また、引き続き「移行期正義」(編集部注:台湾においては、長く続いた戒厳令下で国民党政府が反体制派に対して行った政治弾圧に責任を負い、被害者の権利回復を進める一連の政策)を進めるのか。

 頼氏は中国を刺激せず現状維持を模索すると言っている。その意味は、蔡英文路線の継承だ。移行期正義についても引き続き進めるだろう。

川島 中国は、総統選での頼氏当選は統一工作の失敗を意味するとみなしていると思うか。それとも、得票率の低さから可もなく不可もなくと考えているだろうか。

 頼氏当選は「失敗」と受け止めていると思う。もちろん、報告書には、立法院では民進党が過半数を取れず、統一工作は成功したと記すだろうが……。

川島 中国との統一問題で、台湾人の6割が支持する「現状維持」とはどういうものと考えるか。

 私は、台湾人は民主政治が行われている現状の維持を望み、その意味で自らの将来を決定付けられる今の状況を支持していると考えている。今すぐに中国と統一すれば、民主的な現状を維持できないだろう。これは李登輝氏が言っていた「統一するかどうかは、あなた方(中国)が民主化した後に話し合いましょう」ということと合致している。

川島真氏(左)と謝長廷氏(撮影:花井智子)
川島真氏(左)と謝長廷氏(撮影:花井智子)

中台緊張をめぐって

川島 どのような方法で民主的な現状を維持していくのか。

 平和な世界では武力の使用は許されない。これは国連の精神でもある。日本は国際社会で(中国の台湾への)「一方的な武力の使用は認められない」と強調している。中国は、内政問題だと言うが、内政か否かの前にそもそも許されないことだ。仮に可能であれば、世界各地のいさかいは、武力によって解決されてしまう。

川島 2023年2月には、中国の民間漁船が馬祖の海底ケーブルを切断する事件があった。武器を使用しないのはもちろんだが、中国が「平和」と「戦争」との間のグレーゾーンでの動きを活発化させている。これをいかに防いでいくのか。

 ほとんどの国が、単独で中国に対抗するのは不可能だ。もはやグローバルな問題であり、台湾単独の問題でもない。台湾の軍事力のみで対抗することは不可能だ。世界が武力の行使に反対したり、プレッシャーをかけ続けたりすることで、中国はいよいよ国際社会からの圧力を認識することになるだろう。仮に開戦となれば、ロシアと同じように国際的な苦境に陥る。中国経済はさらに衰退し、多くの人が祖国を離れるだろう。

川島 中国の台湾政策は、ここ4、5年で大きく変化している。民進党あるいは台湾の対外関係に対する中国の圧力をどう見ているか。

 中国の大使館は、日々、外国政府に抗議している印象だ。これは幹部らが政治闘争に巻き込まれて消えてしまう可能性があり、常に不安な状況にあることの裏返しだと考えられる。例えば私が自民党のある議員を訪問し、中国大使館が抗議をしないと、中国国内で「なぜ謝長廷の訪問を抗議しなかったのか」と誰かが指摘し、責任を追及される可能性がある。だから、保身のために、大使館は常に声を上げている。一方、私個人の見方だが、より深刻な問題に直面した際には国務院が抗議しているようだ。

川島 現在、中国で台湾実務を司っている人物は誰だと考えているか。

 おそらく中国共産党中央政治局常務委員、全国政治協商会議主席の王滬寧(おう・こねい)ではなないか。以前のチームは皆、いなくなったようだ。台湾政策がうまくいかなかった上に、総統選でまたしても民進党が当選したことで責任を取らされたのかもしれない。

半導体が取り持つ日台の連携

川島 半導体製造の台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に工場を建設し、熊本は革命が起きたような熱気だ。熊本大学をはじめ、九州の大学が続々と半導体に関連するカリキュラムを導入し、人材育成に力を入れている。現地の給与水準も上がり、人が集まるようになっている。

 TSMCは熊本第2工場の開設に向けて動いている。第1工場と同規模の1700人以上の人材が必要だが、まだ足りていない。台湾は日本の雇用にも貢献できる。

川島 1980年代、日本の半導体製造技術は世界一だったが、米国の圧力の下、大きく様変わりした。

 日本は過去30年の間に、さまざま分野でモノづくりを諦め、自動車産業に集中した。しかし車の電動化が進む中、台湾有事でサプライチェーン(供給網)に問題が生じれば、自動車産業に大きな打撃となる。台湾有事を防ぐことは、日本の製造業を守ることでもある。

川島 目下、非常に良好な日台関係の次なる目標は?

 経済面では、自由貿易協定(FTA)の締結だ。現在は台日経済パートナーシップ委員会(EPC)で、総合的な貿易・投資問題を協議している。台湾はASEANのメンバーでないため、例えば果物ではフィリピンより16%も高い関税が課せられている。日本とのEPCやFTA締結で、関税を低くしていくことが重要だ。しかし日本は中国の反応も考慮して、目立った行動はしないだろう。

川島 状況打開は難しいと考えるか。

 戒厳令下の台湾では、人々に自由はなかった。考えや意見を表明することをはばかり、徐々に自己検閲することが当たり前となり、自主性を失っていった。中国に気を使って、言わなければならない事を言わないままでいれば、その国も独立性を失うことになる。

岸田文雄首相は言うべきことは言うと発言しているが、実務上では中国に過度な気を使っているのではないか。中国は時に「強気に出るとおそれ、弱気に出ると強く出る」ことがある。日中関係の安定を考慮するのは理解できるが、過度に気を使っていては、期待する効果は得られない。中国は、彼らが望まないことは、全て彼らの「核心的利益」と称している。台湾も、釣魚台(尖閣諸島)問題も全部彼らの核心的利益だという。しかし、私は平和こそが真の核心的利益だと考えている。

民主化発展の歴史に理解を

川島 日本が台湾への理解を深めるために必要なことは?

 日本には台湾の民主化発展について知ってほしい。世界的に見ても非常に優秀な例だと思う。私たちは武力を用いず、平和的に民主化した。その後は(民主的な価値観が)社会にすぐ浸透した。1月の総統選が好例だ。負けた陣営も勝った陣営も、互いにたたえ合って結果を受け入れた。中国による強い圧力の中で、通常通り投開票が行われたことも特筆すべきだ。

川島 大変重要な指摘だ。残念なことに、日本の議員が台湾を訪れると、多くの場合、安保関連の話し合いだけで、人権博物館や二二八国家記念館などの施設を訪問することはあまり見られない。先に訪台した米国のペロシ元下院議長は訪問の際、民主化に深く関係する台湾人権博物館を訪れている。

 この方面での台湾理解を深めてほしいと思う。さらに台湾の民主化において、1970年代から80年代には日本人からの支援があったことも知るべきだ。

インタビューは台湾東部沖地震発生前の2024年2月29日、東京で行った。

まとめ:鄭仲嵐(nippon.com海外発信部)

バナー写真:インタビューに答える謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表=2024年2月29日(撮影:花井智子)

中国 台湾