日米関税交渉は難航必至:頼みの米欧合意はならず、日本のカードは「乏しい」
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決め手に欠くカード
米国は「日本が相手なら真っ先に成果が得られる」と思い、各国の中で最初に日本と交渉を始めたが、日本側はかなり強気の対応をしてきた。米国にとって、関税を引き下げるほどの納得できる材料はなく、交渉期限の7月9日を迎えて協議は行き詰まった。それでも米国は交渉を打ち切らず、国別の相互関税を25%(従来は24%)に引き上げる案を示しただけで、懲罰的な対応をしなかった。米国は焦っており、譲歩したのではないか。

トランプ米大統領がSNSに投稿した日本に対する25%関税の通告書簡(時事)
しかし、日本は交渉を続けても、おそらく決め手になるような追加的な材料を示せないだろう。関税を引き下げさせようとしたら、中国が成功したようにレアアース(希土類)の輸出規制並みの「強いカード」が必要だ。今、そんなカードは日本にはない。
7月20日の参院選直前にベッセント財務長官が来日し、何らかの話し合いは行われるだろう。本格的な協議は参院選後になるので、短期決戦となる。野党は政府の足を引っ張るような変なことは言っていないので、万が一、参院でも自民・公明が過半数を割り、新たな連立政権発足に発展したとしても、交渉に影響はないと思う。新政権発足までレームダック政権が交渉するべきではないといった話も出て来ないだろう。
トランプ大統領は新たな交渉期限の「7月末」を動かすつもりはないと強調しているが、金融市場は「どうせ延長するだろう」と思い込んでいる。トランプ氏は「今回は本当に最後だ」と自分に言い聞かせているのだと思うが、新たな期限までに合意しなければ、期限を伸ばし続けると思う。取引にこだわってきた同氏が本当に打ち切りを決断できるだろうか。それぐらいに関税と取引が好きな人だ。
米欧合意ならず
今後の交渉には手詰まり感がある中、唯一、期待されていたのが米国と欧州連合(EU)間の関税引き下げ交渉だった。現在の交渉の延長線上ではトランプ氏の心を動かす決定的な材料が見えてこない日本にとって、EUは頼みの綱だった。というのは、米国は対EUで相当な貿易赤字があって、日本と状況が似ていたし、事前の観測ではEU側が対米交渉で善戦していると伝えられていたからだ。
相互関税は上乗せ分なしの10%で済むとか、自動車関税の引き下げでも何らかの合意を得られるかもしれないと言われていた。その通りならば、それが日本の今後の交渉のベンチマーク(指標)になり、交渉次第では関税引き下げに現実味があると思っていた。
しかし、トランプ大統領は7月12日、対EUの相互関税を8月1日から30%(従来は20%)に引き上げると発表。交渉は続けるものの、予想を超えて相当厳しい内容だった。米欧間で相互関税の引き下げで合意していれば、日米間でも歩み寄る余地ができたはずだ。
米国は対EU自動車関税についても、現状の25%から引き下げることはしなかった。日本は一時、貿易赤字削減に向け、米国での現地生産車の逆輸入を増やし、それに応じて関税を引き下げる案を示したが、実らなかった。EUも日本と似たような案を提示していた模様で、もし、これが受け入れられて、関税引き下げにこぎつけていたならば、日本も再度、米国に迫ることができるはずだった。日本にとっても自動車関税の引き下げは一段と困難になった。
第1期トランプ政権は2019年、通商拡大法232条に基づき「自動車関税引き上げには正当な理由がある」との調査結果を得た。しかし、参院選を控えていた当時の安倍政権が、関税措置の発動を控えるように米国に求めた経緯があり、トランプ政権にとって長年の懸案だ。自動車関税の引き下げは相当に厳しい。
「3つの要求」の論理矛盾
トランプ氏の対日要求は「貿易赤字の削減」「自動車の非関税障壁の撤廃」「コメ輸入の拡大」の3点だが、この3つは理屈がつながっていない。日本が自動車の非関税障壁を撤廃したり、コメの輸入を大幅に拡大しても貿易赤字はわずかしか減らない。トランプ氏の主張には矛盾があるが、それを訴えてもトランプ氏はけむに巻くだけだろう。
日本が「米国車は実力がないから売れない」といくら言ったところで、「本当は実力があるのに障壁があるから売れない」と言い返されたら、堂々巡りになる。ここは安全規制なりを緩和し、その先売れるかどうかは米国の自動車各社の努力次第と応じればいい。
トランプ氏の頭の中にあるのは、日米自動車摩擦が激しかった1980年代的な発想だ。しかし、当時以上に米自動車業界のビッグスリーが「日本に車を輸出したい」と強く言ってきていない。伸びしろがあるのはテスラだが、同社を率いるイーロン・マスク氏はトランプ氏と仲たがいしてしまった。
また、コメの輸入拡大についても、大幅に増やしたところで輸入額は限られ、赤字減らしの効果はわずかにしかならない。米国の輸出余力にも疑問がある。今の日本のコメ不足に間に合うような産品をどれだけ提供できるかも不透明だ。それでもトランプ氏がこだわっている以上、日本はコメの輸入拡大に努力すると一歩踏み出し、その上でコメ輸入が拡大しても貿易赤字が減らないことも説明すればよいと思う。
日本経済への影響は?
交渉がどう推移するにせよ、米国市場への入場料を引き上げる高関税政策に変わりはない。米国の製造業の衰退を見ると、「トランプ後」に民主党政権に変わったとしても、積極的に高関税政策を撤廃する理由はなかなか出てこない。ただ、その前に高インフレが起きる可能性はある。関税を負担するのは米国の消費者だから、「なんでこんな負担をさせられているんだ」と抗議の声が上がってくるだろう。
仮に相互関税、自動車関税とも25%で固定されるような事態になれば、日本政府は直接打撃を受けるセクターに何らかの支援が必要になると思う。国内総生産(GDP)の押し下げ効果については、われわれ(丸紅経済研究所)は試算していないが、各種シンクタンクの間では、0.8~1%との見方もあり、マイナス成長に陥る可能性が示されている。
自動車業界は25%という高関税を吸収しきれないものの、輸出よりも現地生産の方が多いのが現状だ。他の業界も現実には、輸出志向というほどでもない。高関税を避けて現地化を進めれば、国内の製造拠点は空洞化するという議論もあるが、人手不足の中でそもそも生産がフル稼働できていないのが現実だ。現地生産の活用と政策支援があれば、業種としては混乱が生じたとしても、乗り切れる可能性があると思う。
(聞き手:ニッポンドットコム編集部・持田譲二)
バナー写真:各国別の相互関税を発表するトランプ米大統領。この日を自ら「解放の日」と呼んだ=2025年4月2日(ロイター)

