トランプショックと日本

日米関税合意:「よかった」でよかったのか?まだ3年半続くトランプ政権との戦い

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難航していた日米関税交渉は急転直下、25%から15%への引き下げで合意が成立した。だが、関税負担は重いうえ、合意には曖昧な点が残りトランプ米大統領の在任中、日本は振り回され続ける可能性があると、加藤出氏(東短リサーチ社長)は指摘する。

加藤 出 KATŌ Izuru

東短リサーチ代表取締役社長、チーフエコノミスト。1965年生まれ。1988年、横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業後、東京短資株式会社入社。金融先物、CD、CP、コールなど短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2013年2月より現職。マネーマーケットの現場の視点から各国の金融政策を分析している。主な著書に『日銀は死んだのか』(日本経済新聞社/2001年)、『バーナンキのFRB』(ダイヤモンド社/共著/2006年)、『日銀「出口」なし!』(朝日新書/2014年)、『デジタル化する世界と金融』(きんざい/共著/2020年)など。

それでも15%は重い

急転直下の日米合意の背景には、トランプ大統領自身が関税交渉の成果を早く発表して、自身のスキャンダルから世論の注目をそらしたいという思惑があったのだろう。日本は最初に25%と大きくふっかけられて、目線が高いところに向いていたので、特に株式市場では「15%でよかった」として株価が急騰したが、15%という数字は実は重い。特に元々2.5%だった自動車関税は15%に跳ね上がり、関係者は数字の重みを感じている。

7月31日までの各国との合意を基に、エール大学の研究所が推計した平均実効関税率は18.3%と、1934年以来の高さだ。同研究所は米消費者の今年の負担増を2400ドル(35万円強)とみている。企業が関税をどの程度、価格転嫁するかによるが、この政策は日本を含め世界経済にとって悪材料だ。また、トランプ政権の政策は予見可能性が低く、企業は中長期的な計画が立てづらく設備投資にも慎重になってしまう。

ただ、対日関税率は欧州連合(EU)や韓国と同水準であり、米国における外国企業の中で日本の相対的な競争力が落ちるわけではない。また為替相場は現在、1ドル=140円台後半であり、購買力平価などと比較しても、1970年の「1ドル=360円」時代に匹敵する歴史的な超円安水準だ。15%の関税をある程度吸収することはできるだろう。

日本企業はこういう時に「がんばりズム」を発揮して、米消費者への関税コスト転嫁を過度に避けようとする傾向がある。これでは国内の下請け企業にもしわ寄せが行く恐れがある。一方、欧米企業も値上げには慎重だが、株主を意識して収益を削り続けることは避けようとして、緩やかに値上げを始めている。

急に値上げして、消費者が離れてしまってはまずいが、日本企業は消費市場の様子をよく見ながら、徐々に価格転嫁を進め、米国民に関税は消費者が負担するものと自覚してもらう必要があると思う。

曖昧な合意

今回の日米合意はそもそも大枠合意に過ぎず、これで終りではない。詳細はこれから煮詰めていくので、今後もいかにうまく交渉するかが重要だ。

【米国が発表した日米合意の骨子】

  • 日本に対する関税率は15%(従来は25%)
  • 日本は米国に5500億ドル(約80兆円)投資
  • 投資利益の90%は米国側に
  • 日本は米国からのコメ輸入を75%増やす
  • 米国の自動車(認証)基準を日本で適用
  • 日米でアラスカのLNG開発
  • 日本はボーイング機100機を購入
  • 日本は米国の防衛装備品を年数十億ドル追加購入

出典:The White House, fact sheets (July 23,2025)

既に日米で認識の違いが表面化している。ベッセント財務長官は「合意の履行状況を四半期ごとに点検し、トランプ大統領が不満を持てば、関税を25%に戻すこともある」と言い出した。日本はそんなことは聞いていないという。来年11月の中間選挙が近づいてくると、インフレを加速しかねないさらなる関税引き上げに動く確率は低いと推測するが、非常に気が変わりやすい大統領だから、注意が必要だ。

日本が交渉カードとして切った「5500億ドル(約80兆円)の対米投資」にも不透明な面がある。米国はすぐにでも日本企業が投資することを期待しているかのような表現なのに対し、日本はあくまでも投資を政府系金融機関が後押しする「融資枠」だとしている。日本企業がもともと自発的に投資しようとする部分を5500億ドルの中にうまく盛り込むなど、いかに努力しているか米政権に見せていくのが勝負どころだ。

トランプ氏は国内向けにいい顔をしたいので、うまく対外交渉しているという印象を与えられればいい。日本はそこをうまく突いて、有利な方向で交渉していくことになろう。

トランプ氏の任期はあと3年半もある。決して合理的な判断で政策を決めず、「脅し」によって政策を運営していく方針は基本的に変わらないと覚悟する必要がある。第1次政権時は、常識的な「大人」の側近らが大統領が望む過度な政策にかなりブレーキを掛けていたが、今回は自分に忠誠を誓う人材しか周囲に据えておらず、暴走を止める人が極めて限られている。

FRBの独立性を脅かすトランプ氏

トランプ氏の無茶な政策によって、ドルが基軸通貨の地位から滑り落ちるということはなくても、第2位通貨のユーロとの差がじわりと縮まるなど、相対的な強さが弱まる可能性がある。2008年のリーマンショック後、米経済はデジタル産業を中心に生産性を高めて立ち直り、ドルの地位は一層高まっていた。しかし、重厚長大産業の保護に動くトランプ政権は米経済の強みを自らそごうとしており、相対的なドルの地位はじわじわと低下していくと思う。

米国債についても、無条件に買える状況ではなくなりつつある。4月にはトランプ関税への懸念から、米国債が売られる危機的な状況を招いた。現在、再び非常に危うい話が出ている。米連邦準備制度理事会(FRB)の独立性をトランプ氏が脅かそうとしているのだ。目先、政策金利を下げさせようと圧力を掛けているが、長期的には大きなしっぺ返しを受けるだろう。

FRBが政権の利下げ要求に屈して、経済情勢が必要とする以上の利下げをすれば、ドルの信認が崩れ、物価上昇は今よりも恒常的に高まる。米国債は売られて長期金利が上昇し、景気悪化の悪循環に陥ってしまう。

もしそうなったら、日本の国債市場にも金利上昇圧力が広がる恐れがある。FRBのパウエル議長の任期は2026年5月。後任の議長人事が焦点になる。

振り子は当面、戻らない

先日の米国出張時に2028年の大統領選の見通しを各所で聞いてみたが、共和党が勝つか民主党が勝つかはまだ誰にも分からない状況だ。これだけトランプ氏が混乱を引き起こしているのに、民主党は依然として人気が上がって来ない。仮に4年後に共和党系の大統領になった場合、さすがにトランプ氏よりは常識的な政策になりそうだが、基本的には自由貿易を否定する「アメリカファースト」は変えなさそうだ。

ある米国の国際政治学者は、米国が第一次世界大戦後にアメリカファーストに傾いてから、第二次世界大戦後の冷戦下で世界秩序への関与へと、振り子が戻るには1世代(約30年)かかったとして、米国自身が今回のアメリカファーストは間違いだったと思うようになるには、同じぐらい時間が必要だと分析している。

関税問題で各国は背に腹は変えられず、とりあえず米国との間で、手打ちが始まってきている。しかし、米国が自国第一主義に傾いた振り子を当面、大きく戻すことはないとすれば、残念ながら現状を「ニューノーマル」と認識しなければならないだろう。米国は日本にとって今後も経済面でも安全保障面でも重要な存在であるものの、過度な依存を避け、欧州やアジア諸国など信頼関係を維持できる国々と一段と協力し、両面作戦で行くことが必要だろう。

同時にトランプ氏が聞く耳を持たなくても、自由貿易体制の重要性という正論を言い続けるのは、協力関係を構築すべき他国へのアピールという点でも非常に大事だと思う。

反グローバリズムのトランプ政権誕生の背景には、国内の深刻な経済格差の拡大がある。日本も米国ほどではないにせよ、経済格差が大きくなりつつある。ただ、米国と違い、天然資源もなく食料自給率も低く人口も急速に減少する中で、反グローバリズムや「日本ファースト」で行く余裕はない。米国のゆがんだ政治状況を他山の石としていくべきだろう。

(聞き手:ニッポンドットコム編集部・持田譲二)

バナー写真:日米貿易交渉の様子=スカビーノ大統領補佐官のX(旧ツイッター)より(時事)

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