「にほんご」教育をどうする

知事会が今、外国人政策の充実をあえて求める理由とは:静岡県・鈴木康友知事に聞く

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全国知事会は「外国人の受入と多文化共生社会の実現に向けた提言」を国に提出した。参院選や自民党総裁選で外国人への規制強化が議論される中、日本語支援や子どもの日本語の指導、受入環境の整備などを政府に求めたのはなぜか。知事会で提言の責任者となった静岡県の鈴木康友知事に意図を聞いた。

鈴木 康友 SUZUKI Yasutomo

静岡県知事。1957年静岡県浜松市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、松下政経塾、企画会社経営、政治団体役員等を経て、2000年に衆院静岡8区から初当選。衆院議員を2期務めた後、07年浜松市長選挙で初当選し4期務める。24年の知事選では自民党推薦候補を破って初当選。

基本法と司令塔組織を

─外国人政策をめぐる全国知事会の提言は、政府の責任で外国人政策を充実させるよう指摘しています。具体的にどのような内容ですか。

提言は、政府に対して、日本に住む外国人を「地域の生活者・住民」として定義づけよう求めた上で、受け入れや地方での労働力としての確保・定着、社会への統合までを政策の中で体系的に位置付けることを提唱しています。また、外国人受け入れの理念を明記した基本法、各省庁にまたがる施策を統括する司令塔組織が必要だと指摘しています。司令塔組織は、日本語教育や労働、生活環境の整備などを一元的に担うものをイメージしています。これらの環境整備の仕組みについて国が積極的に役割を担うことも記しました。近く始まる育成就労制度では、地域の実情を考慮して分野追加の検討も求めています。人口減少による労働力不足の中で外国人が増え、外国人との共生が全国的な課題になる中で、知事会として国に提言しました。

─提言で外国人を「生活者・住民」と位置付けた理由について教えてください。

政府における議論が、外国人を単なる労働力として見る方向に偏りすぎているからです。確かに日本は外国人を働き手として受け入れていますが、彼らはロボットではありません。地方では、外国人も日本人と同じようにさまざまな悩みや問題を抱える生活者として暮らしており、自治体職員は彼らに日々向き合っています。国会や政府の議論ではその点が忘れられがちなのです。

〈外国人政策をめぐる全国知事会の提言のポイント〉

  • 外国人は「生活者・住民」
  • 自治体任せにせず、政府が責任を持つべき
  • 日本語教育など受け入れ環境整備へ永続的な財政措置を
  • 地域の実情に合わせた育成就労の分野拡大を
  • 基本法制定と司令塔組織の設置を

ひずみの原因は国のダブルスタンダード

─知事は衆院議員も務めていました。政府はなぜ、生活者としての外国人に注目してこなかったのですか。

背景には、ダブルスタンダードの姿勢があると考えています。政府は、表では「移民政策は取らない」と言いながら、実態としては労働力不足を補う形で外国人の受け入れを進めています。その結果、関係する制度や財源があいまいなままになっています。そして、そのひずみへの対応は地方自治体が担っているのが実情です。

─地方ではどんな課題が生じているのでしょうか。

例えば、外国人の日本語教育や生活相談などの業務は、市町村の一般財源で賄う部分が大きくなっており、規模の小さな自治体ほど負担感は重くなっています。今後も特定技能制度の分野拡大や育成就労制度の導入で外国人労働者は増えていきます。外国人材の転職も可能になり、都市などへ外国人が集まり過ぎたり、逆に地方で外国人材が不足したりする可能性もあります。外国人をめぐる政策は特定の地域の問題ではなく全国的な課題になりました。政府は現実を直視し、司令塔組織と基本法を整え、恒常的な財政支援などについて責任を持つべきだと考えます。

─地方自治体では具体的にどんな事業が必要になっていますか。

静岡県には2024年末時点で西部の浜松市などの集住地域を中心に120を超える国の外国人12万人以上が暮らし、就労先は製造、介護、観光など多くの分野に広がっています。地域では教育や医療、窓口対応、税や社会保障といった業務の全般で外国人に対する対応が必要になっています。静岡県も外国人のための多言語相談窓口を設置したり、日本語教育関連では不就学ゼロ作戦、進学・キャリア支援、学校での特別な教育課程の編成、日本語指導コーディネーター事業などを実施したりしています。

子どもの日本語教育 小さな自治体には重い

─提言は外国人労働者やその家族の日本語教育の拡充にも触れています。

外国人政策の中でまず必要なのは日本語教育です。言葉は仕事、暮らしの基盤だからです。リーマン・ショック期に雇い止めに直面した外国人が日本語力の不足で転職できなかったケースがありました。税の支払いなどでも、母国に無い制度が理解できず、支払いを滞納するなど、情報不足が生活の不安定さにつながることがあります。日本語教育は入国前に十分に実施することが望ましいですが、ドイツのように入国後に一定時間をかけて言葉や生活習慣を習得させている国もあります。日本語教育は外国人のためだけでなく、日本社会のためでもあるのです。

─子どもたちの日本語教育の重要性についてはどう考えていますか。

子どもにとって日本語学習は、単なる学習ではなく、社会からこぼれ落ちないようにする意味があります。言葉を理解できない子どもを放置すれば社会的なトラブルにつながる可能性がありますが、適切に支援すれば日本で暮らす外国人が地域の力に育っていく可能性があります。私は浜松市長を4期務める中で、外国にルーツを持つ子どもの「不就学ゼロ作戦」に取り組み、役所の旧庁舎を活用して日本語の学習拠点となる外国人学習支援センターを作りました。10歳で来日し、日本語が全くできなかった子が、支援を受けて日本語を学んだ結果、今では日本語、英語、ポルトガル語を操って国際業務に就いています。国が日本語教育について国や地方、民間の役割分担を定めて、安定した財政基盤と制度を整える必要もあります。小さい自治体では日本語教育に取り組みたくてもできない現状があり、国が財政支援をするべきです。

─地域での外国人との共生について、国の財政支援はどのような状態ですか。

政府の地方への外国人関連の補助事業は予算が不十分で、各地方自治の補助額は減額されています。知事会の提言では国の補助制度の拡充と恒久化を求めました。静岡県は本年度、国の補助が不足した県内16市町の日本語教育事業を財政的に支援しました。外国人労働者は国として受け入れているので、本来は国が施策と財源を明確にするべきです。

受け入れた以上、国が責任を持つ制度を

─提言を公表した時期は、7月の参院選の直後でした。当時、選挙の争点の1つとして外国人政策が注目されていました。

提言の内容は、昨年11月から知事会で議論を始めていました。7月末の全国知事会議で採択し関係省庁に要請しましたが、その時のタイミングがちょうど参院選で外国人政策がクローズアップされた時に重なりました。

外国人受け入れに関する全国知事会の提言書を青木一彦官房副長官に手渡す鈴木康友静岡県知事(左)=2025年7月20日、東京・永田町(時事)
外国人受け入れに関する全国知事会の提言書を青木一彦官房副長官に手渡す鈴木康友静岡県知事(左)=2025年7月20日、東京・永田町(時事)

─参院選での注目テーマであったこともあり、提言には「外国人優遇策では」と厳しい意見も寄せられました。

提言に対しては、批判的な内容の意見を多く頂きました。しかし、提言の最大の狙いは、外国人政策を自治体に任せ過ぎず、国がしっかり対応してほしいとアピールすることです。私は外国人の受け入れは厳格なルールを適用し、人数もコントロールすべきだという立場です。その上で、受け入れるのなら国が責任を持って地域で共生できるよう対応する必要がある、と表明しています。

─地域では治安に対する不安も出ています。

外国人の問題はイメージで語らず、正しいデータに基づいて理解し、冷静に議論することもお願いしたい。日本は今でも外国人の受け入れには厳しい国の一つですし、生活保護や医療なども含め、優遇だというのであれば具体的にどう優遇しているのか、事実に即して検証すべきです。外国人による犯罪は中長期的には大幅に減っています。一部地域で起きた事件を全体の治安悪化のイメージで捉えるべきではありません。

─先の自民党総裁選では外国人への規制の強化が議論されました。どう感じましたか。

法律やルールの厳格運用は前提です。ただ、「まず取り締まり強化を」と主張するなら排外主義だと取られかねません。先に外国人の受け入れに対する国の基本的な考え方を明文化し、一元的組織を設置するべきです。そのうえでルールを守らない外国人に対する取り締まりや処罰をする必要があります。自民党総裁選で、外国人に厳しい姿勢だった方々も、政府としてかじ取りする立場になれば現実的な政策へ踏み出さざるを得ないでしょう。7月の知事会の決議では、排外主義に抗うことを表明しました。これには、外国人の受け入れを増やしてきたのに、急に排外主義的になっていく雰囲気への危機感も含まれています。

12カ月以上滞在 国際的には「移民」

─石破茂前政権では、外国人の統合政策や入国枠の設定などの議論が始まりました。

介護や観光、製造の現場での人手不足は深刻です。外国人の受入れを止めれば、地域経済や生活に影響します。政府として受け入れ数の管理をしっかりしたり、日本語や日本社会の習慣などを受け入れてもらう統合支援を充実させたりすることは当然、必要です。地道な施策こそが外国人と日本人の間の摩擦を減らし、地域の安心につながると考えます。

─新しい政権が誕生しました。外国人政策で求めたいことは何でしょうか。

外国人政策のダブルスタンダードを終わらせることです。国際移住機関では、12カ月以上の滞在が認められた外国人を「移民」と定義づけています。この定義によれば、日本で働く外国人労働者の多くは実質的に移民です。受け入れが進み、日本社会の外国人依存度が増している以上、いつまでも「移民は受け入れない」という建前にとらわれ、外国人の生活に関わる政策を放置していては、社会が混乱します。繰り返しになりますが、外国人政策を地方任せにせず、国が責任を持つ体制の構築を強く求めます。

在留外国人数の推移

聞き手:nippon.com編集部 松本創一

【資料】

バナー写真:全国知事会で外国人に関する政策提言をまとめた静岡県の鈴木康友知事(nippon.com編集部撮影)

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