「違法」行為がまかり通るウナギの流通:『サカナとヤクザ』著者・鈴木智彦氏インタビュー

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日本料理の代表的な食材でありながら、絶滅危惧種に指定され、資源管理の必要性が叫ばれるニホンウナギ。稚魚(シラスウナギ)の捕獲量の減少、価格高騰で密漁・違法取引の横行も指摘されている。暴力団取材に精通し、2018年に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネスを追う』(小学館)を上梓した鈴木智彦氏にインタビューした。

鈴木 智彦 SUZUKI Tomohiko

フリーライター、カメラマン。1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経てヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を経てフリーに。山口組分裂の経過も精力的に取材している。著書に『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文芸春秋)など。

国内でとれた稚魚の4割が「違法」流通

ウナギの流通には不可解な面が非常に目立つ。水産庁によると、2016年漁期(15年11月~16年4月)に国内の養殖業者に池入れされた稚魚(シラスウナギ)の総量は19.7トン。うち輸入した稚魚は6.1トンで、残りの13.6トンが国内で採捕された稚魚とみられる。しかし、採捕を許可する立場にある各都道府県に報告された採捕数量は7.7トン。残りの5.9トン(約4割)は「違法」(密漁、または許可を受けた採捕者の過少申告による)状態で流通している。

ニホンウナギ稚魚の国内採捕量の比較

——水産業をめぐる「ダークな部分」について今回取材され、ご著書にまとめられたが、とりわけウナギの密漁・密流通についての特徴、特異点について聞きたい。

鈴木 シラスウナギの採捕者の多くは、一般の人々がイメージするような漁師ではない。例えば1年のうちのその時期だけ寒い海に入って金になるシラス漁をし、夏の間は土木工事などで働くとか。誰が元締めになっているかと探ると、地元の暴力団だったという例があった。

もともとウナギの漁は原則認められていない。しかし、県知事が「県内の(養鰻)業者のためになるなら」という理由で、毎年特別にシラス採捕の許可を出すというシステムだ。「あくまでも県内の養鰻場に入れる」というのが建前。ところが公定価格と流通価格に大きな差があり、例えば県の公定価格がキロ100万円とすると実勢は200万、300万になるので闇で流通してしまう。

宮崎県が最初に決める公定価格をもとに鹿児島県の価格が決まる。ところが公定価格を決めない県もある。例えば岡山県は天然物のウナギが有名だが、県内に養鰻場はほとんどないので捕れたシラスはほぼ全部が他県に横流しされる。

採捕者は、例えば500匹捕った場合、「200匹捕った」と過少に申告し、残りを闇に流しても誰も分からない。シラスは1匹の重さが1グラムに満たない、つまようじ程度の大きさで、隠して持ち運ぶのは簡単だ。買い取る側の集荷業者は一般の業者、暴力団の息のかかった業者などさまざま。ここが一番ダークな存在だ。宮崎県などは規制が厳しくなり、暴力団から足を洗って集荷業者を続ける者もいる。

ニホンウナギの一生
①マリアナ諸島西方海域で産卵
②幼生が海流に乗り、約6センチほどの稚魚(シラスウナギ)に成長
③5年から15年間河川や河口域で生活
④再び海に下り、繁殖地へ

元刑事を雇う大手養殖業者も

——シラスの採捕量は漸減傾向で、かつ近年は年ごとの変動も大きい。闇流通が普通になり、シラスの価格が高騰しても養殖業者はやっていけるのか。

鈴木 池を一つ、二つ持っているような小さな業者は1キロ300万円といったシラスは高くて買えない。闇流通がはびこるのは、元をたどればいくら高値でもシラスを買うという、大規模養鰻業者が存在するからだ。

大規模業者は養殖した活ウナギを市場に出すだけにとどまらず、工場を持ってかば焼きなどの製品に加工もしている。例えば、夏の土用(7月下旬から8月上旬)の丑の日に向けては、大手のデパートやスーパーに「かば焼きにした製品を何万本分出荷する」という契約をする。だから12月から1月までに翌夏の需要に向け、高値になったとしてもまとまった量のシラスを確保して養殖を始めなければならない。

土用の丑の日に出すということでない時期のシラスは、それほど高値の取引にはならない。最近はいいウナギをじっくり育てる養殖業者と、味や食の安全にこだわるうなぎ屋が直接つながり、共存共栄を図るという動きも広がりつつあるようだ。

話を戻すと、大手の養鰻業者は必要なシラスの量を確保するため、集荷業者の分野にも事業の手を広げるという動きがある。その中で、暴力団担当が長かった元警察官を雇用している業者もいる。シラスの流通では、どうしても暴力団の権益とぶつかり合うことになる場合があるのだろう。

台湾からの密輸シラスが香港経由で日本へ

——その大手業者が、輸入シラスをめぐっては密輸の黒幕になっている、と鈴木さんは『ヤクザとサカナ』で指摘している。

鈴木 台湾は日本より早く、10月下旬からシラスが捕れる。つまり、土用の丑の日に向けた出荷が確実にできるシラスは台湾のシラス。大手の業者はここでまとまった量を確保しておきたい。漁期を前に業者たちは台湾詣でをして、地元のブローカー(マフィア)と飲み食いをして歓心を買い、契約にこぎ着ける。その時点で代金も決まる。

実は、台湾はシラスの輸出を禁止している。日本が必要な「漁期初め」のシラスを輸出する代わりに、時期をずらしてその分のシラスを日本が台湾に供給してほしいというのが台湾の要望だったそうだが、日本が輸出を制限し続けるので報復措置を取った。

そこで台湾のブローカーは密輸専門の業者と組んで、シラスを香港経由で日本に入れている。香港からは建前上は正規の輸入となり、領収書も出るという。しかし、香港ではシラス漁は行われておらず、状況証拠からしても全くブラックな商取引がまかり通っている。

——鈴木さんは香港で、実際にシラスを集荷、出荷する施設に入ったそうだが。

鈴木 ウナギの問題を追っている記者たちは、これまで密輸の大方の構図は知っていた。ただ、香港のシラス集荷場を「実際に見た」人は誰もいなかった。私は業者の紹介で、「日本の新しいウナギ業者」を装って現場に入った。

外観は田舎にポツンとある倉庫という感じだが、高いフェンスに囲まれ、監視カメラがあり、放し飼いの犬が敷地内を歩き回っている。高価なシラスを盗難されないため、厳重警戒が施されていた。

その施設の“ボス”は、「本業はとばく場をやっている」と自ら話した。地下とばく場は当然違法。マフィアそのものではないかもしれないが、組織暴力に関係している人であることは明らかだ。

台湾詣でをする日本の業者たちはこの流通ルートについて、おそらく「台湾からシラスが輸入できないためのう回措置」ぐらいに考えて、罪悪感は持っていないのかもしれない。しかし、こういうダークな実態があるからこそ、一流企業はウナギの流通、輸入ビジネスには入っていけない、いかないという面がある。

——日本の水産庁や都道府県、取り締まり当局の対応について、どう考えるか。

鈴木 世界的にウナギの資源減少が指摘され、取引を規制しようという動きがあるのに、いまだに県知事がシラスの採捕許可の権限を持っているのはおかしい。国で一括管理するべきだ。各県で規制の在り方がまちまちであることが、密流通がはびこる根本要因になっている。

水産庁が決める養鰻業者の池入れ規制量(上限21.7万トン)も不可思議だ。日本国内で一生懸命シラスを集め、さらに輸入した分を含めても上限値に達していない。これでは資源管理にならない。日本の漁業は、どの魚種を見ても実際の漁獲量を上回る漁獲可能量(TAC)が設定されている。

ウナギを巡る状況を取材して、この魚は大量消費に乗せる食材ではないというのは実感した。消費は絞っていくべきだ。やり方については多くの人が議論を尽くし、実効性のあるものにしなければいけないのではと思う。

聞き手・文:石井 雅仁(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:吉野川の河口で冬の夜に行われるシラスウナギ漁=2017年1月、徳島市(時事)

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