リベラルアーツ教育:日本の大学の新たな潮流

教育 社会

実社会の要請に応えて、いま日本の大学が変わりつつある。「リベラルアーツ」を教育の柱に据える学部が次々に誕生している。立命館大学では、オーストラリア国立大学と共同学士課程を設けた「グローバル教養学部」を4月に発足させる。こうした大学の新しい潮流について、立命館大学の金山勉・新学部長に聞いた。

金山 勉 KANAYAMA Tsutomu

立命館大学グローバル教養学部教授、2019年4月の学部設立で初代学部長就任。同大学とオーストラリア国立大学の共同学士課程「ダブル・ディグリー」実現に向け5年間の交渉を経て、日豪の大学教育史上初の包括学部連携システムを組み込んだグローバル教養学部を発足させた。専攻はメディアコミュニケーション。フルブライト客員研究員として、9.11テロ後の米国の放送政策について研究。

真の「教養」とは何か

編集部 いま、歴史や哲学などの「教養」を身に着けるための書籍やテレビ番組がブームになっています。ビジネスの世界でも「美術を堂々と語る国際人を目指せ」と美術史の案内書などがよく売れています。従来の大学教育でも、専門課程に進む前に広く浅く学ぶ「一般教養」の過程がありました。リベラルアーツを柱に据えた大学の新しい潮流は、従来の一般教養とは一線を画したものなのでしょうか。

金山 リベラルアーツの源流は、ギリシャ・ローマ時代にさかのぼります。文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、そして音楽の「自由7科」がそれです。あの時代、これらの学科は、自らの精神を解き放つ学問として重視されました。単に知識を得るだけではなく、実践的な技量に支えられつつ、創造力を養うことが目的でした。つまり、知識の習得より、しなやかな知性を身に付け、人生を豊かにすることが重んじられたのです。

西欧社会では、リベラルアーツはそれ自体が一つの学問体系として確立されています。とりわけイギリスではいまでも伝統的なリベラルアーツ教育が盛んです。オックスフォード大学やケンブリッジ大学がその代表格でしょう。アメリカでも、ハーバード大学やイェール大学などで重厚なリベラルアーツ教育が行われています。それらの基礎に立って、大学院では法律や医学を修める教育が実践されている。だからこそ、社会のさまざまな分野で幅広い視野に立って活躍できる人材を輩出しているのでしょう。

日本でリベラルアーツを前面に打ち出している代表的な学部といえば、東京大学教養学部、国際基督教大学、早稲田大学国際教養学部、上智大学国際教養学部、国際教養大学などがあげられます。これらの学部の卒業生が社会人となり、高い評価を受けているからでしょうか、最近ではリベラルアーツの学部や学科の新設が相次いでいます。一種の「教養学部ブーム」と言っていいでしょう。理系大学として存在感を誇ってきた東京工業大学でも、2016年からリベラルアーツ研究教育院が設立されました。大学教育がより高度なレベルで実社会のニーズに応えようとする時代に入ったとも言えましょう。

グローバル企業の人材ニーズに応える

編集部 ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』が世界的なベストセラーになりました。人類の歩んできた歴史を人文・社会・自然科学の垣根を超えて俯瞰(ふかん)する視点が新鮮で、多くの読者を獲得したのでしょう。リベラルアーツを学ぶことに通じる面があるのではありませんか。

金山 その通りだと思います。人文・社会・自然科学にまたがる学際的な知の力を養うことが社会から期待されています。すぐに役立つ知識やノウハウはすぐに陳腐化してしまいます。従来の学問領域を越えて学び、洞察力を身に付けることによって、新しい時代を生き抜く知の基礎を築くことが求められています。

立命館大学で2019年4月に開学するグローバル教養学部では、グローバルな文脈の中で世界の横の広がりを学ぶ「Cosmopolitan Studies」、人類の歴史と歩みを縦に学ぶ「Civilization Studies」、そして現代社会の変容・変革に対してタイムリーにアプローチする「Innovation Studies」を軸としたカリキュラムを組んでいます。国内外のグローバル企業が求める人材のニーズに懸命に応えようとするものです。

グローバル教養学部の拠点となる立命館大学大阪いばらきキャンパス(同大学提供)
グローバル教養学部の拠点となる立命館大学大阪いばらきキャンパス(同大学提供)

欠かせない海外との連携

編集部 そのようなリベラルアーツの学びを日本でさらに高めていくための課題は何なのでしょうか。

金山 まずリベラルアーツ教育に対する一般社会の考え方を変えてもらわなければなりません。リベラルアーツを新入生向けの「一般教養」のようなものと捉え、法律、経済、経営、文学といった従来の専門分野を上位に置く旧来の考え方を、ぜひとも改めてほしいと思います。

世界に通用するビジネスリーダーは、自分自身や自分の組織の枠を越え、より広い視野から独自の倫理観をもって社会の動きを捉えていかなければなりません。個々の事象を体系的に洞察し、自分の決断が社会の動向にどのような影響を与えるのかを予測する。同時に批判的な視点で物事を捉え、多様で多元的な文化や価値観にも柔軟に応える人材に育ってほしい。

それ故、リベラルアーツ教育は海外の優れた大学との連携が欠かせません。立命館大学グローバル教養学部も、高い評価を受けているオーストラリア国立大学(ANU)のアジア太平洋学群と密接に連携しながらリベラルアーツ教育を展開していきます。こうした試みがリベラルアーツ教育にさらなる新風を吹き込むことになればと願っています。

9月入学の選択も可能

編集部 グローバル時代のリベラルアーツ教育を実社会の実践と結びつけ、幅広い人材を世界から集めていく。そのためにも入試制度を含めたいまの大学のシステムを大胆に変える必要がありませんか。

金山 私たちのグローバル教養学部を例に具体的にお話ししましょう。日本国内だけではなく世界各地から意欲ある学生たちを集めることが全てです。キャンパス内にある寮での生活も含めて、4年間の学びの様々な場面で、世界中から集まった多様な背景を持つ仲間と共に過ごし意見を交わす。それは、卒業後さらに広い世界へ出ていく上での確かな基盤となります。それ故、日本の4月入学制度は、大きな障壁になっています。

新しい学部での教育内容を豊かなものにするには、現行の4月入学のみを中心とした入試はなじみません。入試制度も国際水準に改める必要があります。そこで私たちは4月と9月の2回の入学時期を設定し、世界中から意欲ある学生を積極的に迎える入試制度に本格的に取組みました。具体的には、2019年9月の入学を希望する人には19年3月初旬まで入試の出願を受け付けています。

編集部 なるほど。日本のリベラルアーツ教育が、世界を変えてくれる多様なグローバル人材を生み出す時代に入りつつあるのですね。それが、アジア・太平洋の結節点に位置する日本でダイナミックに展開されることを願っています。

金山 ご期待に沿えるよう、私たち日本のリベラルアーツ教育に関わる全ての者がベストを尽くしていかなければと思います。

バナー写真:立命館大学の金山勉教授

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