“ただ”ほど怖いものはない—なぜ待機児童はゼロにならないのか?

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2019年10月からスタートする幼児教育・保育を無償化が、待機児童を増やし、子育て世帯を苦しめることになるかもしれないという。自らも3人の子どもの“保活”に苦労した経験を持つ経済学者が、待機児童問題の処方箋を示す。

政府は2019年10月から幼児教育・保育を無償化する。3~5歳児は全世帯、0~2歳児は住民税非課税世帯が対象で、認可保育所などの利用料が無料になる。実は、行政や保育関係者の間では、そもそも低所得世帯は今でも保育料が非常に安いし、ほとんどの3~5歳児は既に保育園や幼稚園に入っているので、幼保無償化で待機児童が増える心配はそれほどないだろうと楽観視されていた。

しかしながら、この4月の各自治体の認可保育園の申し込みでは、まだ制度が始まっていないにもかかわらず、今までのトレンドを上回る申し込み増や、これまで待機児童が少なかった3歳児の申し込みが増えるなど、次々に異変が伝えられている。また、無認可保育園が完全無償化とならず、保育料負担が一定程度残ることになったため、「無料には勝てない」と早くも撤退を決めた無認可保育園も少なくない。実際には相当程度の認可保育シフトや利用者の掘り起こし、無認可保育の受け皿減が20年度にかけて起き、待機児童が再び増えることが懸念される。「無料の力」、恐るべしである。

お金の問題として考える待機児童

この幼保無償化の例からも分かるように、保育料が高いか安いかというお金の問題と、待機児童問題の間には実は密接なつながりがある。政治家が子育て世帯のために良かれと思って、保育料を安くしたり、あるいは今回のように無料にしたりすれば、待機児童が増え、かえって子育て世帯を困らせる結果になる。「地獄への道は善意で舗装されている」のである。

実は、そもそも今起きている待機児童問題自体、その根本的な原因は「保育料の異常な安さ」にあると言ってよい。筆者が小池百合子都知事のブレーンとして、待機児童対策担当の特別顧問を務めていた東京都を例に見てみよう。

認可保育園の保育料は、家庭の所得に応じて金額が変わる仕組みであるが、平均額は各自治体とも月額2万~3万円程度である。これに対して、無認可保育園を利用した場合にはこの倍以上の保育料となることが一般的である。東京都には、都と区市が独自の補助金を出している「東京都認証保育所」という無認可保育園が数多くあり、保育の質は認可保育園とほぼ遜色がないが、平均保育料は月額6万5000円に上る。このため、圧倒的に安い認可保育園に人気が集中し、待機児童が発生しているのである。

それならば、認可保育園を必要なだけ増やせば良いじゃないかと思われるかもしれない。しかし、各自治体の懐事情が、なかなかそれを許さない。東京都の各自治体の認可保育園の運営費は、児童1人当たり月額15万~20万円にもなる。特に0歳児は異常な高コストであり、1人当たり月額40万円ほどかかる。公立の保育園では50万~60万円の運営費がかかる自治体も少なくない。これに対して、親から徴収する保育料はわずかであるから、その差額は全て自治体が税金で穴埋めしているのである。

極端な話をするならば、待機児童の多い低年齢児に関しては、各自治体が親に直接、月額20万円の手当を支給し、家庭で育ててもらった方が安くつく。これでは、いくら裕福な自治体が多い東京都であっても、財政上の制約から、おいそれとは認可保育園を作ることができないのである。

認可保育は所得の逆分配

認可保育園を利用する親たちの関心はもっぱら自分が払う保育料にあるから、その裏で膨大な税金がつぎ込まれていることに気付いている人は少ないだろう。しかし、気付いていようがいまいが、児童1人当たり何十万円もの「一種の子育て補助金」を既に受け取っているのである。認可保育園に入れた家庭はなんとラッキーなことであろうか。

一方、無認可保育園を利用している親たちへの補助は全くないか、あってもわずかな金額である。保育園を利用することを諦め、家庭で育てている親には無論、補助金は一切ない。このことは不公平であるだけではなく、弱者を救済するための福祉政策としても大いに問題がある。

現在、各自治体とも入所選考として、各家庭の保育の必要度を点数化し、点数が高い順に認可保育園を割当てる仕組みとなっている。この点数付けは、生活保護世帯など貧困世帯を除き、両親ともに正社員の場合に有利となり、非正社員の場合には不利となる。つまり、待機児童問題が深刻な自治体では、非正社員の多くは無認可保育園や家庭での保育を選ばざるを得ない。一般に、正社員は非正社員よりもかなり所得が高いので、現行の認可保育制度は、両親ともに正社員という恵まれた家庭に多くの補助金を与え、それ以外の人々を冷遇するものになっている。まさに、「強きを助け、弱きをくじく」倒錯した政策なのである。

幼保無償化はこの状況を少しは改善するのであろうか。確かに、無認可保育園の利用者に対しても一定額の補助が行われ、保育料軽減が図られる。しかしながら、一方の認可保育園の保育料は無料である。しかも、現在、高めの認可保育料が課されている高所得者ほど、無料化の恩恵は大きい。これでは、所得再分配の状況はむしろ悪化するだろう。さらに、その財源は、低所得者により重い負担感がある「逆進性」の高い消費税の引き上げで賄われる。

利用者への補助金に切り替えよ

こうした状況をどのようにすれば改善できるのであろうか。「消費税引き上げによる幼保無償化」という大方針が政治的に変えられないのであれば、その中身を工夫して、なるべく実害が少ない「運用」を行うことが求められる。最も簡単にできる工夫は、保育料を無料にするための財源を自治体や保育園に渡すのではなく、利用者に直接渡すことである。ついでに、自治体が現在、認可保育園に補助している財源の一部も利用者補助に切り替えて、児童1人当たり月額6万5000円の「子育て補助金」を、政府が対象の子育て世帯に配ることにする。これだけで、劇的に状況は改善する。

認可保育園の保育料を所得にかかわらず、月額6万5000円に設定すれば、各家庭は子育て補助金をそのまま保育料として保育園に支払うだけであるから、幼保無償化であることには変わりがない。ただし、この6万5000円は、認可保育園の利用者だけではなく、無認可保育園や幼稚園の利用者、家庭で保育する人々にも同じ金額を配ることにする。こうすれば、不公平や不平等の問題は大きく改善される。

待機児童は増えるだろうか。恐らく、増えないだろう。無認可保育園は、保育料が6万5000円であれば、質の高い保育サービスを行っても十分に採算が取れるようになる。利用者にとっては、認可だろうが無認可だろうが保育料は同じであるから、特徴的な教育や、利便性の高いサービスを提供する無認可保育園を選ぶ家庭も多いだろう。つまり、認可保育園がおいそれとは作れない状況は変わらないが、質の高い無認可保育園を大量に増やすことができる。

もし、無認可保育園の質が心配なのであれば、例えば東京都認証保育所と同じ基準を達成することを法律に定め、規制強化を行えばよい。利用者への補助金を通じて、税金が無認可保育園にも投じられるのだから、これは当然の措置である。また、今まで単に保育料が安いから認可保育園を利用していたという家庭の中には、保育園を利用せず、6万5000円をそのまま手元に残したいと考える場合もあるだろう。幼稚園の月謝を支払っても、まだずいぶんとお釣りが来る。このため、認可保育園の利用希望者が減少し、待機児童問題はむしろ改善することが予想される。

問題は財源であるが、これは認可保育園に投じられている多額の税金を徐々にカットすることで賄えば良い。既に述べたように、認可保育園は異常な高コスト体質に陥っているから、効率化できる余地は大きい。無認可保育園と競争する中で、民間のノウハウを学んで経営努力を行うべきであるし、競争に負けて無認可保育園に置き換わっても良い。官業の民業圧迫によって健全な競争が妨げられないように、公立保育園は全て民営化する。いつまでも認可保育園だけ特別扱いをするのは不公平というものである。

このように、幼保無償化を筋の悪いバラマキ政策に終わらせず、保育制度の改善につなげる発想をすることが重要である。こうした方法であれば、消費税引き上げに対する国民の理解も得られやすいのではないだろうか。

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