消費増税は何のため?:国民の不信感招かないための議論を

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安倍晋三首相の側近である萩生田光一・自民党幹事長代行の「消費税率引き上げ延期、衆院解散の可能性」発言が波紋を広げている。筆者は、安倍官邸の対応は「国民の疑心暗鬼を招き、ひいては消費税そのものへの不信感にもつながっていく」と警告する。

半年前でも決まらぬ10%への引き上げ

本年10月1日からの消費増税10%への引上げは、この原稿を書いている5月7日現在、最終的に決まっていない。一方で、増税を織り込んだ2019年度予算は通過し、社会保障を全世代型に広げるという施策はすでに動き始めている。

例えば経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体は、待機児童対策や幼児教育の無償化など政府が19年度から実施する2兆円規模の政策パッケージに関し、安倍晋三首相が要請していた3000億円分の拠出を受け入れた。そこで傘下の企業は、すでに4月1日から追加的な負担を行っているのである。
 
また今回の増税時には、飲食料品などに8%の軽減税率が導入されるので、そのためのレジの改修や価格表示、テイクアウトとイートインの区別の方法などの詳細を税務当局と打ち合わせの上で準備を整えつつある。さらに加えて、キャッシュレス決済に伴うポイント還元についても、様々な議論を積み重ね、対象となる店の範囲など最終決定に向けた準備が整いつつある。

このように10%への準備が着々と進みつつある消費増税だが、肝心の安倍首相・官邸の真意はいまだ見えない。夏に予定されている参議院選挙の際に、衆議院も解散して同時選挙を行うとした場合に、消費税の3度目の延期を大義名分にする可能性があるというのがその理由だ。

しかしこのような官邸の対応は、国民や事業者を愚弄(ぐろう)するものではないか。消費税は消費者全員が負担するし、納税義務を負うのは事業者である。引き上げ予定日の半年を切っても最終決定が行われていないという状況は、何のための消費増税かという国民の疑心暗鬼を招き、ひいては消費税そのものへの不信感にもつながっていく。早急に決断すべきだ。

財政再建か社会保障の充実か

消費税は、高齢化社会を支える財源といわれる。そこには以下のような2つの意味が含まれる。

第1は、消費税収は全額社会保障費用に使われる目的税で、消費増税は「社会保障の充実」のために行うこととなっている、ということである。

第2に、わが国の社会保障費の財源を見ると、消費税収だけでは不足し、赤字国債でファイナンスされている。そこで、赤字部分を税財源に置き換えることが「社会保障の安定化」につながる、ということである。
 
しかし、お金に色がついているわけではないので、この区分はあいまいである。とりわけ第2の議論は、「消費増税しても赤字の補てん(財政再建)に回るばかりで、社会保障は充実しないではないか」という国民からの批判を招いてしまう。つまり、この2つの区分を使い分ける政府の説明が、消費増税に対する国民の不信感を生んできたともいえる。

2012年の三党合意に基づく税・社会保障一体改革のスキームを見てみよう。

消費税率を5%から10%に引き上げ、増収分の「全額を社会保障の財源に」充てるとしているものの、税率アップのうち4%分と1%分を区分している。前者(4%)は「社会保障の安定化」として、後代への負担のつけ回しの軽減、つまり国債に依存していた社会保障経費を増税分で賄うために使い、後者(1%)は「社会保障の充実」として、医療・介護、子育てなどの充実に充てることとされている。

国民から見れば、4%分は財政再建に回り社会保障の充実にはつながらないので、受益として実感できないということになる。

そこで安倍首相は18年10月、消費税率を10%に予定通り引き上げるが、「増収となる5兆円を①教育負担の軽減・子育て層支援・介護人材の確保などと②後世代への負担の先送りの軽減(財政再建)とに、おおむね半分ずつ充当する」と表明した。つまり2%の増税分については、財政再建に充当する部分を5分の4から半分に減らしたのである。

今後消費増税を行う必要が生じた場合、「社会保障の充実」か「社会保障の安定化」(つまり財政再建)かをめぐって再び議論となることが予想される。とりわけ消費税の使途について、安倍首相は今回、事実上幼児教育の無償化など「教育」にまで使途を拡大した。社会保障充実・教育無償化・財政再建、どれも国民にとっては重大な関心事なので、分かりやすい議論を行っていくことが必要だ。

「受益」と「負担」について国民的な議論を

今後のわが国の経済社会情勢を考えていくと、財政赤字リスクの軽減と増加する社会保障費などのために、消費税の10%を超える引き上げは不可避の選択となる。その際の論点をまとめてみた。

第1は、国民的な「受益」と「負担」の議論を行うことである。図2は、OECD諸国の国民負担と社会保障の規模を比べたものだが、大きなトレンドにあることが見て取れる。社会保障の規模が大きい国は、国民負担も重いし、その逆もあるということである。

筆者は、前者を「親切・重税国家」、後者を「冷淡・軽税国家」と呼んでいるが、わが国はこのトレンドからはずれ、「親切・軽税国家」になっている。結果が世界最大規模の財政赤字である。

この状況を抜け出すには、「受益」と「負担」についての具体的な姿や選択肢を示して国民の選択として議論していくことが必要である。

第2は、経済との関係である。消費税は1997年に5%に引上げられたが、同時に社会保険料負担も上がり、さらには内外の金融危機も加わって、この税率引き上げが「失われた20年」の引き金になったという議論が行われている。

筆者は、冷静に経済指標(GDP)から判断する限り、それは正しくないと思っている。93年1-3月期は駆け込み需要が生じ、4-6月期はその反動で大きく減少した。しかし、7-9月期は前年同期比プラスとなった。ここから判断する限り、その後引き続く経済不況は、消費増税より金融危機の影響の方が大きかったと考えている。

また2014年4月の8%への引き上げでは、大きな駆け込み需要と反動減が生じ、それが経済を混乱させ、正常化するのに予想以上の時間がかかったという点が反省点である。4-6月期はGDPマイナス7.3%と大きな反動減を記録したが、7-9月期はほぼ横ばいとなり、その後はプラス成長が続き増税の影響が徐々に払しょくされていった。

わが国の消費増税の経済に与える影響を考えるには、駆け込み・その反動といった経済変動を平準化することが極めて重要である。そのためには、価格決定に対する小売事業者の自由度を拡大することがポイントで、今回その方向で対応がなされている。

小刻みな税率引き上げも今後の選択肢に

今後の対応としては、消費税率引き上げの幅を小刻みにしていく工夫が必要だ。1%ずつあるいは0.5%ずつ数年かけて継続的に引き上げるという方法を検討すべきだろう。1%であれば、わが国の潜在経済成長率とほぼ同様で、経済に与える影響も少ない。

小刻みな引き上げはこれまで事業者の手間がかかるということで現実的な選択肢ではなかったが、軽減税率の導入でレジが近代化され、インボイスも入る状況では、このような選択肢は決して非現実的なものではなくなった。

現に、2005年度の年金見直しで行われた社会保険料の改定は13年かけて行われた。例えば厚生年金については05年10月から毎年0.354%ずつ引き上げ、17年度に18.30%となり終了した。国民年金も05年4月から毎年月額280円引き上げ、17年度に1万6900円となった。これを見習う必要がある。

最後に、消費税の導入・引き上げは、基幹税として税収を安定的なものにした一方で、合わせて行われた累次の所得税減税が、わが国の所得再分配機能を脆弱なものにした。わが国の所得税収の国民所得比は、先進諸外国の6割程度と低い水準になっている。

中間層の健全な世論形成を促すためにも所得再分配機能の弱体化は問題で、所得控除の税額控除化など再分配機能の強化に向けた税制改革が必要となろう。また、歳出である社会保障と一体的に設計をすることも、忘れてはならない重要な点である。

(2019年5月6日記)

バナー写真:萩生田光一・自民党幹事長代行(左)の「消費税発言」を巡り、記者会見の場で発言する二階俊博幹事長。二階氏は、萩生田氏が消費税増税を見送り、衆院解散で信を問う可能性に言及したことについて不快感を示した=2019年04月22日、国会内(時事)

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