迫りくるGAFAの足音 : 復活ソニー、成長持続へ試練

経済・ビジネス

2012年3月期に過去最大の4566億円の赤字を出したソニー。その後、PC事業の売却、テレビ分社化などの大胆なリストラと、ゲームやネットワークサービスへの注力で奇跡の復活を遂げた。しかし、背後にはゲーム参入を表明したグーグル、アップルの脅威が迫る。

ソニーが4月26日に発表した2019年3月期連結決算は、税引き前利益が初めて1兆円を超え、純利益も2年連続で過去最高を更新。中国経済の減速という逆風をはねのけ、完全復活を印象付けた。だが、20年3月期は一転減益を予想。復活をけん引してきたゲーム事業では、本格参入を表明したグーグル、アップルの足音が近づき、成長の持続へ早くも試練を迎える。

循環型収益に自信

「2年連続で過去最高益を更新し、高い利益水準を維持している。収益安定は(定額サービスなど継続的に収益を確保できる)リカーリングの売上高比率を高め、収益基盤の強化を図った成果だ」。十時裕樹最高財務責任者(CFO)は決算説明会で、そう胸を張った。

ソニーは2009年3月期から4年連続の連結純損失に沈み、12年3月期には過去最大となる4566億円の赤字を出した。同年に社長に就任した平井一夫氏は国内外で1万5000人を削減する構造改革に踏み切る。不振のパソコン事業を売却する一方で、アジア勢の低価格攻勢を受けたテレビ事業は「規模を追わず、違いを追う」高付加価値戦略へと転換。高画質へのこだわりが欧米市場で評価され、黒字化に成功した。

18年3月期には、本業のもうけを示す営業利益で20年ぶりに過去最高を更新するV字回復を達成。ソニー復活をけん引したのが、連結売上高の4分の1強を叩き出すほどに成長したゲーム&ネットワークサービス事業だ。

12年3月期には8000億円だった同事業の売上高は約3倍に伸び、売上高の事業別構成比では最大となった。製品の売り切りではなく、コンテンツをインターネット配信し、月額制で利益を得られる事業モデルの構築に成功。14年にスタートさせたストリーミング(逐次再生)方式のゲーム配信サービス「プレイステーション・ナウ」の会員数は年平均4割超の伸び率で増え、現在約70万人が登録する。

19年3月期も「プレイステーション4」のハードウエアの販売は減収となったものの、ゲームソフトやネットワークサービスの伸長で増収増益を達成。ゲーム&ネットワークサービスとともにリカーリング収入を支える音楽と映画を加えた3事業の売上高は、全体の5割に迫る勢いだ。

「GAFA」襲来

調査会社のIHSマークイットによると、プレステ4に、任天堂「スイッチ」やマイクロソフト「Xbox One」などを加えた2018年の世界全体のビデオゲーム関連の消費支出は470億ドル(約5兆円)と、前年に比べて12%増加。19年もゲームソフトやネットワークサービスを中心に「さらなる成長が期待できる」(スティーブ・ベイリー主席上級アナリスト)という。

順風満帆の事業環境にも思えるが、好天がいつまで続くかは不透明だ。グーグルは3月下旬、タブレット端末やスマートフォンで高精細な映像のゲームをストリーミング方式で楽しめるサービス、「スタディア」を年内に開始すると発表。1週間と置かず、アップルも今秋に定額制のゲーム配信サービス「アップルアーケード」を始めると発表した。いずれも高価な専用機を必要としない「脱ハード」が売りだ。

十時CFOは「オポチュニティー(商機)だと広く知れわたれば、いろいろな人が参入してくるのは当然だ。われわれは、脅威をチャンスに変えていかなければならない」と述べ、参入は驚きではないと強調。いち早くゲームの定額ストリーミング配信サービスの市場を開拓、世界19カ国で圧倒的な数のコンテンツを提供し、確固たる地位を築き上げた自信をのぞかせた。

もちろん、情勢の変化に安閑としているわけではない。20年3月期のゲーム&ネットワーク―サービス事業の営業利益予想が前年を約300億円下回ることについて、十時CFOは決算会見で、「差分の大半は次世代機の開発に掛かる費用だ」と説明し、かねて噂されていた「プレイステーション5」(仮称)の開発を加速させていることを明らかにした。さらに、ゲームのストリーミング配信サービスの基盤となるクラウド技術の開発で、ゲーム機で長年のライバル関係にあるマイクロソフトとも大胆に手を組む戦略に出る。

ソニーが目指すリカーリング売り上げの拡大には、充実したコンテンツとその大前提となる魅力あるゲーム機が不可欠だ。20年にも市場投入されるとの観測がある次世代機は、果たしてスイッチやXboxなどの競合機種や、グーグル、アップルの新サービスを凌駕する価値を提供できるのか。ゲーム&ネットワークサービスが主力事業に成長したソニーにとって重要な試金石となる。

現金創出を重視

「利益の成長よりも質を高めることに軸足を置く。最重要視する経営指標は営業キャッシュフローだ」。2018年5月、経営トップとして初めての経営方針説明会に臨んだ吉田憲一郎社長は、営業活動を通じた現金創出を重視した経営戦略を推進する考えを表明した。中期経営計画では21年3月末までの累計で、金融分野を除く営業キャッシュフロー2.2兆円以上の創出を目指す。

ゲームとともに、V字回復の立役者となった画像センサーは、さらなる成長けん引役にもお荷物にもなり得る。スマートフォンのカメラ向けで需要が拡大してきたが、スマホ市場は成熟から衰退へと向かいつつある。スマホ用カメラの多眼化や画質向上のためのセンサーの大型化で、ソニーの高性能センサーは急激な需要減少を回避できているが、今後成長が見込める自動運転など新たな需要の開拓を急ぐ必要がある。

ただ、そのためには多額の投資が必要だ。吉田社長は2兆円規模の営業キャッシュフローのうち、1兆円を画像センサーを中心に設備投資に充当。残る1兆円から、リカーリング収益を支えるコンテンツの強化や画像センサーの競争力強化に必要な技術の取得のため、M&A(企業の買収・合併)を含む戦略投資の財源を捻出する戦略を描く。問題はどのように現金を創出していくかだ。

エレクトロニクスは下支え役に

ソニーは中期経営計画期間の3年間で最も安定的に営業キャッシュフローを創出する「キャッシュ・カウ」として、かつての花形だったエレクトロニクスを位置づける。キャッシュ・カウとは、市場の成熟で成長余地は乏しいものの、大規模な投資を行わなくても利益を生み出すことができる事業のこと。規模を追わずに黒字を定着させたテレビや、いち早く高級ミラーレス路線にかじを切ったことで、市場全体が縮小する中でも先行者利益を享受しているデジタルカメラなどがこれに当たる。

実際、19年3月期のキャッシュフローのうち、営業キャッシュフローから投資による現金流出分を除いた純額がゲーム&ネットワークサービスの次に大きいのが、テレビやデジタルカメラ、スマートフォンなどで構成するエレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション。エレクトロニクスは当面、研究開発や設備更新のための巨額資金を必要とする画像センサーや、コンテンツの充実化に向けた継続的な投資が必要なゲームや音楽、映画を支えるためにひたすら稼ぐ役回りを担う。

ただ、依然として赤字にもがくスマホ事業の黒字化を達成できたとしても、現在の中期経営計画が終わる21年3月期以降も、エレクトロニクスが安定収益を生み出していけるかは不透明だ。

テレビ、デジタルカメラ、スマホはいずれも成熟市場であり、収益拡大のためには、アップルのiPhoneのような革新的な製品を生み出す必要がある。逆に言えば、そのタネとなる可能性があるからこそ、スマホ事業を手元に置いているとも考えられる。1968年発売の「トリニトロン・テレビ」や79年発売の「ウォークマン」など、時代を画する製品を世に送り出し、「ソニーらしさ」を体現してきたエレクトロニクス部門が再び覚醒できるかどうかも、持続成長実現へのカギとなる。

創業者の警告

「1993年9月、盛田が脳いっ血で倒れる2カ月前、身近で直接話を聞く機会があった」。吉田社長が初めての経営方針説明会で冒頭切り出したのは、創業者の盛田昭夫氏の言葉だった。「ソニーはこれまで多くのことを米国から学んできたが、もう一度謙虚に米国から学ぶべきだ」と諭したという。その翌年、アマゾンが創業。97年にソニーは過去最高益を記録したが、インターネット社会到来への対応の遅れが、その後の経営に深刻な影響を与えた。

経営における危機感や謙虚さ、長期視点の重要性を強調したスピーチから1年。2年連続の過去最高益を達成した吉田社長には、盛田氏の警告が、よりはっきりと聞こえているに違いない。

バナー写真 : 経営方針説明会に臨むソニーの吉田憲一郎社長(時事、2019年5月21日撮影)

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