築地の食文化、どう守る?:市場造らず、国際会議場など整備へ

経済・ビジネス 社会

約500店が営業を続ける場外市場を残し、解体工事が進む旧築地市場。2019年3月末、東京都は国際交流の拠点とする再開発方針を決定した。豊洲移転決定時に「築地は守る」と表明した小池知事だが、約束はどうなったのか。

2018年10月に開場した豊洲市場(江東区)が順調な営業を続ける中で、残された課題である築地市場跡地(中央区)の利用について、都は今春、国際会議場の整備を柱にする基本方針を決めた。同時に「食文化の拠点として新たなにぎわい・集客の創出」という要素も付け加えられたが、小池百合子知事がかつて明言した「市場機能を持たせた食のテーマパーク」構想との隔たりは大きく、批判の声が上がっている。

築地市場再建ちらつかせ、豊洲へ移転

土壌汚染問題により一時移転が延期され、先行きが見通せなくなっていた2017年6月。都議選を控えた小池知事は「決められない知事」といったヤジを振り払うように再度、築地市場の豊洲移転を決めた。土壌汚染の追加対策などを行うなど「専門的・科学的で妥当な対策を講じる」(都)とし、追加工事を経て農林水産大臣の認可手続きを得た上で、移転に踏み切るというプランだった。

豊洲開場への行程を示すとともに、小池知事が築地市場内外に根強かった移転反対派を黙らせたのが「築地を守る」=「市場機能を持たせた食のテーマパーク」構想だった。豊洲へ移転する一方、築地市場跡地は売却するのではなく、「東京の宝」(小池知事)として継続・発展させていく考えを明らかにした。

かつて築地市場を訪れた小池知事は「築地には世界にまれに見るブランド力があり、それは皆さん(築地市場関係者)が培ってきた目利きの力。『築地の心意気』によって歴史が刻まれてきた。それをあっという間に消し去ることなどできない」と仲卸業者らを前に力説している。豊洲・築地の「ツイン・マーケット」とも思わせる構想を披露し、移転問題を収束させたのだ。しかし、移転に大きく反発し、築地から離れたくないと主張する水産仲卸業者をけむに巻くような「夢物語」であったと言わざるを得ない。

小池知事は、築地にも再度市場を造るような構想を語っただけでなく、移転表明の記者会見で「仲卸の方々は、築地だからこそ経営が可能だと考える業者もいるため、そういった方々に対しては、築地へ復帰される際のお手伝いはさせていただく」と、市場機能確保を前提とした仲卸支援にも言及。さらに、移転する豊洲新市場の利用や築地再開発については「関係業者や都民の皆さまとのオープンな場を設け、広く情報公開しながら検討していく」(小池知事)との考えを示し、失いかけた都の信頼回復への努力を強調した。

先の見えなかった築地の移転問題を決着させ、直後の都議選で当時、小池知事が率いた「都民ファーストの会」が大躍進を遂げたのは記憶に新しい。ただ、その陰で積み残されていた築地の跡地利用は、市場関係者が抱いたイメージとはまったく違った方向へ進んでいる。

解体が進む築地市場跡地。2019年3月撮影 写真:筆者提供
解体が進む築地市場跡地。2019年3月撮影 写真:筆者提供

小池知事、「食文化生かす」で批判かわす

都は、築地再開発に関する基本方針の策定へ向け、2017年秋に有識者会議を立ち上げ議論を行ってきたが、市場関係者が委員として名を連ねることはなかった。現在は豊洲で営業する当時の築地仲卸団体幹部は「都に対し、会議への業界側の参加を求めたが認められず、協議内容を伝えるという回答にとどまった」と振り返る。

築地市場の関係業者が不在の中で進められた有識者会議は、18年5月に「築地と豊洲が生かし合えるような開発」といったあいまいな表現を盛り込んだ提言をまとめた。これを基に都が作成した基本方針によると、合計23ヘクタールに及ぶ旧築地市場の敷地について、2020年東京五輪・パラリンピック以降、段階的な開発に着手。近隣の浜離宮恩賜庭園や隅田川など地域資源との親和性を重視し、東京をけん引する先進性と国際性が必要であると強調している。

その上で「築地にとって重要な要素の一つである食文化など、歴史的、文化的ストックを十分に生かす」といったコンセプトを明記しながら、市場業者が注目した「フィッシュ・マーケット」については「築地に都として卸売市場を整備することはない」と、市場再建の可能性を否定した。

築地市場再建の道が絶たれたことで、都議会では自民党から小池知事に対し「裏切り行為」と非難する声が上がった。豊洲へ移転した一部の仲卸業者は「小池知事にだまされた」と怒りをあらわにしている。

小池知事は自身への批判に対し、市場機能については「築地の食文化を生かすという意味で述べた」などとして「(移転表明時の)基本方針を変えたわけではない」との姿勢を崩さない。

ただ、水産卸会社や多くの仲卸は、築地への復帰を望んでいない。風評が払拭(ふっしょく)された豊洲で懸命に営業を続けるベテラン仲卸は「みんな一斉に豊洲に移ったのだから、また築地に魚市場ができるわけないよ」と気持ちを切り替え、新天地で魚取引に励んでいる。

今後、築地の跡地利用は具体化されていくが、都は「食文化」をどのように再生させるのか興味深い。築地の食文化とは、少なくとも美食やグルメといったものだけではない。国内外の高級魚から大衆魚、それも天然・養殖魚や生・冷凍、さらに多くの水産加工品などが集まり、それぞれプロの目利きによって評価され、小分けされながら、築地から去っていく。多くの「人とモノ(魚)」が築地で混ざり合い、拡散していくエネルギーが食文化をつくり上げたと言っていい。

深夜から水産物などが運ばれ、活気ある取引が行われた旧築地市場 写真:筆者提供
深夜から水産物などが運ばれ、活気ある取引が行われた旧築地市場 写真:筆者提供

豊洲・千客万来施設との調整で不安も

築地再開発計画で「食文化」の重要性が盛り込まれたことで、市場移転によって割を食っている築地場外市場の業者は、期待を膨らませている。

豊洲市場開場後もおよそ500店が営業を続ける場外市場では「人出が減って売り上げが落ちている」と嘆く声が多い。国際会議場だけでなく、市場跡地に新たな食文化の拠点が誕生すれば、再び共存共栄の道が開かれるとあって、多くの業者が熱い視線を送っている。築地へやってくる観光客にとっても、以前の築地市場とは違った食の魅力を楽しめることになる。

これまで野球やサッカーのスタジアムをはじめ、カジノなど、築地市場跡地にはさまざまな利用方法が取りざたされてきた。今回、都の基本方針により青写真が描かれ、豊洲との調和も含めた築地再開発が進められていくが、なお火種は残されている。

豊洲市場に造られる集客施設「千客万来施設」の事業予定者・万葉倶楽部(神奈川県小田原市)は、かねて築地再開発の動向に警戒を強めていた。同社は飲食店や土産物店などを手掛ける予定だが、築地に一般向けのにぎわい施設が誕生すれば、競合して経営が成り立たなくなると反発していた。都との交渉の末、2020年東京五輪・パラリンピック後の着工を目指すことで一応決着したが、今後、築地利用の中身次第で、再びもめる可能性は否定できない。

一難去ってまた一難。移転後の築地がどのように生まれ変わるのか。世界最大級の台所「築地市場の豊洲移転」という巨大プロジェクトの終焉(しゅうえん)までには、まだ時間がかかりそうだ。

豊洲市場の水産仲卸売場棟横にある千客万来施設用地 写真:筆者提供
豊洲市場の水産仲卸売場棟横にある千客万来施設用地

(バナー写真=食料品などを求める人々でにぎわった2018年末の築地場外市場 時事)

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